第3話:火焔魔王、人間に転生する02
「ほー」
王都は広い。実際に建物が乱立しているし、王城に至っては丘に作られている。魔族対策だろう。外壁もそびえ立っている。戦術レベルでも有用な都市だ。その外に馬車で移動していた。
「本当に危ないと思ったら逃げろよ? というか俺から離れるなよ?」
「それは。はい」
彼としても否やは無かった。父は傭兵として信頼されているらしく、ギルドでそれなりの扱いを受けている。その息子アリストテレスも何者為るや程度は見定められていた。
「今回は魔物か」
王都近くの森に厄介な魔物が出たとのこと。魔物とは魔族に感化された獣を指す。殊更何か能力が変わるでも無いが、行動面で凶悪かつ狂奔状態になる。中には爪や牙が鋭くなる例も見受けられるが、まずもって獣はそこそこ人を襲うので珍しい類でも無い。ただ魔物となると連鎖的に獣同士に魔が感染する可能性があるので王都の騎士団と傭兵が導引されるわけだ。
「魔物ね」
アリスはあまり実感も湧かない。元々活火山で活動していたので現存生物という観念に意識が働かなかった。獣の肉は人間としての食事で美味しいと感じたが、ソレとコレとも結びつかない。屠殺の経験も皆無だ。
「坊ちゃん大丈夫か?」
からかう様に騎士が声を掛けてきた。様にというか、からかって。
「まぁそこそこに」
魔物の発見された森まで馬車で移動しつつ。森林に入ると、そこからは
商人用の道を歩きつつ、鬱蒼とした森で警戒を高める。
「俺の傍を離れるなよ」
「アイサー」
父親の心配も理解しつつ、気配を探る。ここからは戦力も分散する。戦力集中はたしかに戦術の基礎だが、こんな森で魔物を見つけるためにゾロゾロ集団で動いても疲弊するだけだ。なので少人数のグループに割り振られ、各々が森を探索するのだった。
「お前も奇特だな」
騎士団の団長がアリスの父に軽口を投げる。
「そうか?」
「可愛い息子を戦場に立たせるか普通?」
「そこは考えんでも無かったが」
困ったとでもいうように、父は表情を選んだ。
「吾輩が無理矢理付いてきましたので」
「吾輩……」
一人称のツッコミもまぁ妥当だ。子どもには似つかわしくない言葉だろう。
しばらく森を数人で歩いていると、遠吠えが聞こえた。
「狼か?」
「だろうな。魔物に襲われているのか」
あるいは狼が魔物化したか。魔物を発見したら警笛が鳴らされる手筈だ。
「――――――――」
同時に血に飢えた嘆きが聞こえてきた。猪だった。だが目が狂奔を映し、理性を失っている。不気味な咆吼をあげつつ突進すると、細い杉が根元から折れる。
「人間なら一撃だな」
父がそんな論評。
警笛が鳴らされた。これで周囲の騎士団や傭兵も集まるだろう。
剣を構える。
「――――――――」
ダークボアと呼ばれる猪の魔物は巨体で俊敏。毛皮は強靱で、突進力は相応だった。
狂うように襲ってくる。
「正面からは上手くないな」
「俺が引きつける。散開!」
だいたいの予定は決めていた。魔物を発見したら騎士団の団長かアリスの父が囮になり、他のメンツは側面から攻撃。とはいえ強靱な毛皮を剣で貫けるかという話で。
「ふむ」
トンと地を蹴って、木の幹を蹴るアリス。そのまま枝に足を引っかけて宙ぶらりんにぶらさがった。密集する森林で火属性はうまくない。場合によっては山火事にまで発展する。じゃあどうしようかという話で。
「おおぅ」
「――――――――」
樹々を障害にしつつ父が魔物を翻弄する。そして散開した戦力が横から剣や魔銃で攻撃を重ねた。
「刃ぁ!」
「雄ぉぉ!」
「
「
それなりに弱ったところで、逆さの状態のままピッとアリスの指鉄砲がダークボアを指し示す。火の亜属性。
「
呪文は一瞬。光が収束して魔物を貫通する。それは正確に脳を射貫いた。もちろん山火事も起きないし、巻き込まれた人間もいない。そのままコウモリのように木の枝から逆さにぶら下がって彼は周囲を索敵する。
「
だが騎士団の長はそうもいかなかったらしい。
「アイツが放ったのか?」
「だなー」
父親の方に問うている。
「何者だ?」
「愛しのアリスだ」
親馬鹿炸裂。
「お前が教えたのか?」
「いやアレで刻苦勉励なカルマでな」
そんな家族自慢をしつつ魔物の警戒にも奔る。
「ふむ……」
重力に流されながら、アリスも彼で肉体への負荷を計算していた。誤差の範囲だ。スピリットはまだ潤沢に存在するし単なる一節呪文では枯渇させる方が難しい。どちらかと云えば問題はマギバイオリズムの方。魔術と呼ばれる生命には本来存在しない機能が肉体に与える負荷がちょっと憂鬱だった。魔族だった頃には懸念もしていない案件であったから。
*
「疾!」
「風!」
それからしばし。アリスは父親と剣の訓練に明け暮れていた。魔術主体の戦闘行為は慣れているので、魔術に頼らない戦闘判断の培いだ。
距離。
間合いの取り方。
姿勢と次瞬予測。
それらは魔王としておざなりに扱っていた領域だった。父もダークボアでの一件で、息子が評価以上に戦いに慣れているのを認識すると、自分の遺産を継承させようと指導するようになった。もちろん傭兵などと物騒な職種に就けるつもりは無かったが、出来る事が多いならソレに越したことは無いとの理解だ。
ちなみに魔術の技量で言えば父親は一般平均レベルだ。こちらは母親の領分。というかアリスが今更何を教わるのかという話で。
キィンと清澄な音が響いた。剣と剣がぶつかり合う。
「はーい。そこまで。お昼にしましょ♪」
ルンと跳ねる母親の一拍で戦闘の雰囲気が散逸した。バスケットにサンドイッチを詰めて見せる母に、食欲を湧かせて父とアリスが席に着く。
「美味しい? アリスちゃん」
「とても美味しゅうございます」
食事の至福は人間のアドバンテージだ。しばし昼餉を堪能していると、
「よう」
どこかで見た騎士が気さくに声を掛けてきた。
「えーと」
「アーノルドだ。よろしくな」
王国の騎士団の一角。聖盾騎士団の団長だと彼は名乗った。
「しかしあのAランクにここまで食い下がるか」
父親の元のランクだ。今はギルドを脱退しているが影響力は大きいらしい。
「見てらっしゃったので」
「ああ。ちょっとな」
「?」
サンドイッチをモグモグ。
「はい。アリスちゃん。紅茶」
「ありがとう母さん」
水筒から飲み物を差し出される。受けとる愛息子。父親はスキットルを傾けてウィスキーを飲んでいた。
「これだけ見ると平和だな」
「平和ではないので?」
ちょっと物騒な言葉が団長から漏れた。
「王都が震撼する事態にはなっておらんよ。ただ昨今魔族が活発化してな」
「ほう」
「魔術学院の卒業生も少し慌ただしい様子だ」
もちろん魔術を使えば世界のアレルギーも活発化する。魔族とは本来、人間を掣肘するための自然の理だ。
「それとは今回は関係ないんだが」
スッと団長は肩をすくめた。
「お前様。魔術学院に通ってみないか?」
「いえ。学費が」
学院も色々あるが、この場合の話題は王国と帝国の出資機関だろう。無論、魔術を研鑽する意味で最高の環境だ。一応補助金もある。だがそこまでして通いたいかと言われると首を傾げてしまう。
「青田買いか?」
父の方がそんな言葉を紡いだ。
「そうだな。騎士団としては有用な人材を求めている。それに所属するなら学費も騎士団持ちで、むしろ給料さえ出る」
「むー! アリスちゃんを危険には晒せないわ!」
母親は反対らしい。
「むしろ騎士団に居た方が安全では在ろうがな」
もちろん戦闘行為は必須だが、戦争や魔族討伐で徴兵制度に適えば、むしろ平民の方が危なくはある。とはいえ政治的には塩梅もあろうぞ。
「魔術使えるんだろ?」
「そこそこには、ですね」
謙遜のつもりだったが結果的に詐称だ。
「なわけで騎士団の代表として学院に所属してはくれまいか」
そこが本音らしい。
「代表」
「将来性のある学生を送れば、こっちとしても利益がある。ついでに騎士として大成すれば政治的にも有利にことが及ぶ」
「父様。母さん」
サンドイッチもぐもぐ。
「俺はアリスの意思を尊重する」
「うー」
父親はサラリと大人の意見。母親は不満そうだが、学院でのアドバンテージは知っているらしい。魔術を使えるという意味でなら確かに母も事情は察せる。
親馬鹿としては離れて暮らしたくはない。
だがアリストテレスのことを思えば送り出すのも有益ではある。結果として声にならない葛藤があった。
「何も今此処で決めなくても良い。その気になったら王城に来い。俺の名前を出せばシャンシャンで通るから」
騎士団長アーノルドは名刺を差し出して、この場は去った。
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