火属性魔術師のベタな活躍 ~勇者に討たれた火焔魔王は人間に転生いたしまして~

揚羽常時

火焔魔王再臨

第1話:プロローグ


「雄ぉぉぉっ!」


 勇者が光王剣を振りかざす。光の奔流が斬撃となって繰り出される。およそ聖剣による魔法はそれだけで現象の極北を位置指す。スピリットの運用さえ間違わなければオメガ級の魔術にすら匹敵する奇蹟だ。


極大オメガ奔流ヴァイスト光輝砲ライテルシア!」


 その光王剣の光撃に、魔王の高熱がぶつけられた。

 同属性相剋。

 電体に対して電体がぶつけられる。克服されるスピリット。この世の観念が自然現象へと変容した魔術と呼ばれる御業だ。あまりに強烈な光の奔流は、仮に都市部で放てば直線上に万物を焼き払い、ぺんぺん草も残らないだろう。もはや魔術と言うより災害と認めた方がまだしもニュアンスは近い。


 此処は生命を拒絶する熱死の火山。ヒンノムの谷とも呼ばれる魔族の溶鉱炉だ。


 赤く照らされる月は夜を示し、乾いた風は灼熱を運ぶ。マグマが地面を流れており、どう考えても知性が及ぶ場所ではない。元々の魔族が住まう霊地の一つとして有名で、四大魔王が一角……火焔魔王グランギニョルの御座として人類に畏れられている。


極大オメガ加速アクセリット純麗水クォータリー!」


 さらに勇者のスピリットが吠える。四大魔王にも劣らぬ魔術だ。オメガ級を使えるだけでも人間をかなり止めている。超常的に時間を加速させた水が、その時素の強烈性をもって炎の地獄を蹂躙する。


 ちなみに四属性には相剋関係があり、火の属性は水の属性に弱い。


 魔術を運用するにあたって誰もが頭を抱える難点だが、勇者の魔術の多彩さはあまりに有名だ。普通は一極か汎用かに落ち着くところが、彼の者は汎用性を持ちつつ威力が極められているという理不尽を備えている。




 ――どうすればそうなるのか?




 襲われている火焔魔王グランギニョルも聞きたい気分だった。


 理性はある。人間も襲う。およそ人に恨まれることは魔族特有の文化ですら在る。概念としての立脚からして魔族は人間と相容れない。ワールドアナフィラキシーと呼ばれる世界そのものが持つ人間に対するアレルギーだ。魔王レベルになると人への理解もあるが、およそ魔族と呼ばれる大多数は反射神経で人を襲う。


(だからって吾輩が勇者に襲われるのも不条理ではあるが)


 スピリットを練る火焔魔王も自己状況の不条理さは理解しているようで、嘆息しつつも呪文を宣言する。


極大オメガ強盾シルド火焔フレイヤ!」


 オメガ級の炎の盾。あらゆるモノを熱して防御する魔王の御業だ。万物を蒸発させ、その障壁と熱量の維持だけで絶対防御と為す不条理。


「ぐぅぅ!」


 問題は水属性の勇者の魔術が同じオメガ級であったこと。幾分か相殺はしても完全に無力化するのは難しい。炎で出来ている身体は鎮火によって息災を奪われる。それこそ相克していなければその場で終わっていただろう。


「強いな御主」


 心底から魔王は勇者を褒め称えた。


「税金貰っているので」


 そして勇者の方も中々不貞不貞しい。魔王相手に単独で対処しているのだ。利にそぐわない荒行であるのは万人の認めるところ。


「魔族を殲滅する気か?」


「可能ならば」


 自分が何を言っているのか。勇者も理解はしていないだろう。魔族を滅ぼすのなら、それは世界を滅ぼすようなものだ。元々の性質として人間の存在に対するカウンターなのだから、人類か世界が摩滅しなければ魔族は無限に湧いて出る。


「妥協の余地は?」


「あるようなないような」


 すっ惚けるように述べる勇者もどうだろう。


「この火山の無力化をしないと人はまた襲われ申し……」


「我が家なのだが……」


 この熱死の火山で生まれ錬成された魔王にしてみれば、人間の都合だけで拓かれるのもどうにもこうにも理不尽ではある。


大羅ギガラ火焔フレイヤ! ツヴァイ! ドライ!」


 ギガラ級呪文を立て続けに放つ。超常的な熱量が、炎を伴って勇者を襲う。


「覇ぁぁぁ!」


 勇者の右腕の聖剣がその魔術を斬り散らした。あらゆる不条理を切り伏せる人間賛歌の聖剣だ。


「無茶苦茶よな」


「魔王にだけは言われたくない」


 ちなみにどっちもどっちだ。


「必要悪って奴も中々いなせだな」


「魔族と戦っているせいで人間同士は手を繋げる」


「人柱になれと?」


「いや。そこまでは言いませんけど悪役らしく散ってくださるとこっちとしても仕事に張りがあると言いますか」


「つまり死ねと」


「無抵抗で……とは申しません。もちろんバリバリ殺す気ですので、そっちに殺し返されても文句は言いませんよ」


「それで何も得をしないのが業腹なんだが」


 勇者を殺したところで一銭にもならないのは魔王の哀しい性だった。


「とまぁ。そんな感じで」




 右腕の聖剣。不条理を伐る聖滅剣グランズベル。

 左腕の聖剣。光を支配する光王剣ヴァシャール。




 しかも其れを腕骨の代わりに腕に封入しているというのだから狂気此処に極まれり。


「その二つの聖剣はどうにかならんか?」


「純粋な魔術勝負じゃ勝てませんし」


 いけしゃあしゃあと勇者の述べる。


「まぁそうだよな」


 とは火焔魔王。勇者も人間だ。いくら規格外とはいえ、魔術は元より世界の機構で動かす物。世界そのものに根ざした魔族の方が上手くは使えるのだ。

 というかぶっちゃけ火焔魔王に単身挑んでいる勇者がどうかしているのであって、本来の魔術師の技はもうちょっと穏当である。


「業が深いな貴様も」


「それですよねー」


「そろそろスピリットも尽きるんじゃないか?」


「ですよ」


 魔王の見立てに見栄もなく勇者は肯定した。




 ――スピリット。



 魂魄を接続してワールドポテンシャルを発現するのが魔術だが、もちろん無制限とはいかない。聖剣にオメガ級。超常的な魔術の応酬でスピリットは消耗の一途だ。


「魔王さんもそうでは?」


「まこと以て」


 魔族の方も世界端末なので星のバックアップは在るが、個体制限は掛けられている。四大魔王はそれでも破格のスピリットを持って生まれるが、常軌の逸し方では勇者と同等。要するに勇者と魔王が戦うと頂上決戦で互角の消耗戦になってしまう。


「退くって手は無いか?」


「これでも大切な人を貴方に殺されているので、仇討ち程度はしておきたいんですよ」


「魔術師か」


「魔術師でした。過去形を使わなければならないのが残念ですけどね」


「ワールドエラーだ。人が魔術を使うから魔族は襲う」


「そうなので?」


「食物連鎖とはシステムが違う。別に魔族は人を喰らって生きているわけでも無い。じゃあ何なんだって考えれば妥当だろ」


「ふむ」


「関係ない人間殺すのは……まぁ誤差の範囲」


「それでは浮かばれません」


「だからこうやって殺し合ってるだろ」


 ボッとスピリットがマテリアル光と化して不吉な色を周囲に彩る。


「次で最後だ」


「なんにせよ最後ですね」


 オーラにも似たスピリットが勇者のものと魔王の物とでぶつかり合い、制圏を奪い合う。


極大オメガ斬撃グラディオ流水ウィータ!」


極大オメガ暗黒ダーキオン灼火焔ヴォルボー!」


 オメガ級の水属性と火属性の超常魔術がぶつかりあう。


 ボシュウッ!!!

 と炎が聖水に消され、その斬撃が魔王を軋ませる。ついで聖滅剣グランズベルの一撃が襲った。およそ完全に詰みだ。


「ああ。麗しきは人の想念」


「残念無く星に還れ」


「そうだな。また人が必要悪を捨てられるようになることを願って――」


 肩から心臓……腰にかけて上段から聖滅剣の斬撃が奔った。不条理を伐る奇蹟グランズベル。幾ら魔王でもこれでは滅びるしかないではないか。




    *




 勇者と魔族の大戦から数千年が経った。四大魔王の悉くを勇者が下し、人の繁栄が極まった中、それでも魔術は損なわれず技術として飛躍する。


「お前の名前はアリストテレスだ。アリストテレス・アスター」


 とある中流家庭の夫婦は、神から授かった子どもを自分たちの宝物として大事に扱っていた。ベッドに寝かし、開いた瞳を覗き込んでいる。


(で、吾輩は何してんだ?)


 脳機能が上手く働いていない。というか魔族は意識を星からアクセスしてリンクさせているので――『自己演算機能を自前で持つ』という能力とは縁が無い。仮に頭部を破壊されれば人間は意識を奪われて死ぬ。その点に関して言えば魔族の人を虐殺するための効率の良さは生物としても数歩先を行っていた。


 しばらく腕に力を込める。込められなかった。立つことも出来ない。言葉も発せない。ぶっちゃけ何も出来ない。ただ火焔魔王グランギニョルは自分の身に一体何が起きたのかは把握していた。


(人間に……転生か?)


 そう相成って候ひて。

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