第10話 真実は想いが芽生え、嘘はその花を閉じる~夏合宿~⑤

「誠、おはよう。朝だよ」


 秋城の声で目が覚める。深夜に春雨と話した後はぐっすりと眠ることができたようだ。


「ああ、ありがとう。すぐに行く」

「下で待ってるよ。階段に気を付けて」


 秋城はドアを閉めて一階に行ったようだ。俺は着替えだけ取り敢えず済ませて部屋を出る。


「まこちゃん、おはよー」


 二階の廊下で丁度部屋から出てきた夏野と鉢合わせる。髪は整っているので、早めに起きて、準備を色々と済ませてあるのだろう。


「ああ、おはよう」


 俺はまだ少しかすむ目を擦る。


「まこちゃん、もしかしてあんまり寝れなかった?」

「いや、少し寝るのが遅くなっただけだ」


「へえー、夜更かしはよくないよ? あ、そうだそうだ。さっき一階の部屋の隅でこれ拾ったよ」


 夏野はグラペンをポケットから取り出す。


「また財布から取れちゃったんだね。もっとしっかり付けとかないと」

「何回も悪いな」


 防犯上、貴重品は一応先生に預けるので、ポケットに入っていた財布を取り出す。


「ん? 俺のは取れてないぞ」


 財布には変わらずグラペンが付いていた。


「そうか。それは霜雪のだ。あいつ登山の時じゃなくてコテージで落としてたのか」

「どういうこと? 真実ちゃんとまこちゃんのお揃いなの?」


「ああ、昨日霜雪がいなくなってたのも、俺がすぐに霜雪を連れて帰ってこなかったのも、それを探してたからだ。見つけてくれてありがとな。後で霜雪に渡しといてやってくれ」


「……そう……なんだ。じゃあ、まこちゃんが渡しといて……。あたし部屋に忘れ物したから取ってくるね。下で朝市先生と政宗君が朝食用意していてくれてるから先に行ってて」


 夏野はそう言うと俺にグラペンを渡してすぐに部屋に戻ってしまった。見つけた本人が渡した方が自然な気もするが、夏野にもう渡された以上は俺が霜雪に返すしかない。


 朝食が終わって落ち着いたら霜雪と話そうと決め、俺はグラペンをポケットに仕舞って、階段を下りた。


 

 夏野が言っていた通り、朝市先生と秋城が全員分の朝食を準備してくれたようだ。テーブルには夏野以外全員揃っており、すぐに夏野も来て、朝食の時間となった。


「輝彦やるわね。秋城君と二人体制と言えども全員の朝食を用意するなんて」

「まあ、手間がかかるものなんか作ってないしな。サンドイッチなんて具材があれば少しの時間でできる」


「朝からありがとうございます。政宗も早くからありがとう」

「早く目が覚めたからそのついでだよ。僕が起きて来た時には朝市先生も起きていらしたしね」


「あら、そんな早くに何してたの?」

「いや、別に何も。前に来た時はこんなことがあったなーとか懐かしさに浸っていただけだ」


「ふーん、まああなたにとっては忘れたくても忘れられない思い出もあるしね」

「それ以上言うなよ。おい夏野、月見、教えて欲しそうな顔でこっち見ても絶対に教えないから諦めろ」


「えー、なんでですかー」

「俺が忘れたい話だからだよ。それより今日はどうするんだったけな」


「取り敢えず午前中は近くの川でも行ってみましょうか。みんな水着は持ってきた? あそこは水浴びには丁度良くて、涼しいから最高なのよ」

「はーい!」


 夏野が元気よく答える。


「午後は夜のバーベキューのための買い出しね。今日は私が行くわ。取り敢えず朝食を食べ終わって準備したら、またコテージの前に集合でいいわね」


 全員が了承の返事をして、別の話題へ移っていった。

 

 朝食の後は各自、着替えなどの準備をしながら自由に過ごした。そして川に行く時間になったので俺は部屋を出る。階段を下りて一階に行くと霜雪がいた。


「霜雪、ほら」


 俺はポケットから夏野から渡されたグラペンを出す。


「え⁉ どこにあったの?」

「コテージに落ちてたのを夏野が拾っておいてくれたらしい。今日の朝渡された。お礼は夏野にな」


「ええ、けど散々探すの手伝ってもらったのに、コテージに落としてたなんてごめんなさい」

「気にするな」


 霜雪はスマホを取り出して、そこに揺れている俺が渡したグラペンを見つめる。


「ね、ねえ……、もう少しだけあなたのグラペンを預かっていていいかしら? それで代わりにその子をあなたが預かってもらえる?」


「ん? ああ、わざわざ外すの面倒くさいしな。じゃあ、こいつが付いてた紐とネジの部分だけ後で渡してくれ。というかこのまま交換でいいだろ?」


「……いいえ、お互いがお互いのを預かっているだけ。だめかしら?」


 霜雪が少し俺に近づいて、下から俺を見上げながら言う。


「霜雪がそれがいいなら別にいいよ。じゃあ、俺のグラペンを大切にしろよ」

「ええ、ありがとう」


 霜雪はスマホを胸に抱きしめながら少し微笑む。


「じゃあ、行きましょうか」

「そうだな」


 コテージの外に出ると月見以外は揃っており、星宮が部屋で二度寝しているだろう月見を起こしに行ってから、近くの川へ向かった。


 川に着くと女性陣は水着にTシャツ姿になって、川に入って遊ぶ。


「ひゃー冷たい! 小夜先生も来てくださいよー!」


 夏野の呼びかけに小夜先生も同じ姿になって、参加する。


「涼香、俺は少し上流で釣りしてくるから、ここ頼んだぞ。見えるところにはいるから、何かあったらすぐに呼べよ」

「ええ、任せて」


 川に入った小夜先生は朝市先生に水をすくって少しかける。


「おい! 後で覚えとけよ」

「返り討ちにしてあげるわよ」


「ふん。月見、あそこは飛び込みスポットだから、気が向いたら行ってみろ。周りより深いから気を付けてな」

「はい! ありがとうございます!」


 朝市先生は釣り道具を持って上流に向かって行った。


 女子に続いて月見も秋城も川に入る。


「政宗先輩、誠先輩、早速飛び込みに行きません?」

「いいね、行ってみよう」


 俺たちは対岸に渡って周りよりも少し高い岩場に行く。


「ひゃっほー!」


 早速月見が飛び込み、それに俺も秋城も続く。川の水は想像よりも冷たいが、この暑さの中では気持ちいい。


 


「月見、秋城、俺は少し休憩してくる。お前らもほどほどにしとけよ」

「ああ、行ってらっしゃい」


 喉が渇いてきたので、俺は来た方の岸に戻り、手ごろな岩に座って水分補給する。


「えい!」


 少しぼーっとしていると、急に冷たい水がかかってきた。


「夏野か、何すんだよ」

「えへー、冷たかった?」


 そう言いながら夏野は俺の隣に座る。


「なんでここに座るんだよ」

「あたしもちょっと休憩!」

「そうか」


 俺はなんとなく川で水をかけあっている星宮たちを見ていたが、その間夏野は一言も話さなかった。


「……どうしたんだ? こんなに黙ってるなんていつもの夏野じゃないみたいだ」


「ん⁉ い、いや、何でもないよ。ちょっと考え事してただけ。……ねえ、まこちゃん。まこちゃんって真実ちゃんと付き合ってるの?」


「急にどうした? そんなわけないだろ」


「そんなわけないって言われても、もう納得できないくらいまこちゃんは真実ちゃんと過ごしてるよ。お揃いのキーホルダーも持ってるし」


「あれは合宿の前に買い物に行ったときに買ったんだよ」


「二人で買い物?」


「いや、美玖もだ。キーホルダーを買ったのも美玖。だから俺と霜雪のお揃いじゃなくて、どちらかというと美玖とお揃いだ」


「そう……だったんだね。あたし勘違いしちゃってた。ごめん。けどさっきも言ったけどまこちゃんはもうずっと一人だった頃と違うんだよ。もしかしたら誰かを好きになるかもしれないし、誰かがまこちゃんを好きになるかもしれない」


「あまり考えられないな」


「けどいつかはその時が来ると思うし、もう来てるかも……。その時はちゃんと……ちゃんと向き合ってね!」


 夏野はそう言うと目の前の川に入り、水をすくって俺にかけてくる。


「何すんだよ!」

「えへー、まこちゃんもやってみる?」


 俺も川に入って、夏野に水をかける。


「冷たい! えい!」


「やったな、そう!」


 俺は何を言ってるんだ。目の前にいるのは夏野だろう。


 昔の記憶が蘇る。





「ひゃー、まこちゃん、川の水って夏なのにこんなに冷たいんだね」


 そうが素足になって川に入る。


「だな。冷た! やったな、そう! お返しだ!」

「冷たい! えい! 」


 夏休みのある一日、近くの川で同じように遊んだ。真夏の太陽のようなそうの笑顔。





「すまん、昔のことを少し思い出して、つい間違えた」


「ううん、あたしも子どもの頃のこと思い出しちゃった」


 夏野は目の近くにかかった水を手で拭う。


「まこちゃん、あたしもあそこで飛び込んでみたい! 付いてきてくれる?」

「そうだな、行くか」


 女性陣も夏野に連れられて、結局は全員で飛び込み合戦をして昼食の時間になった。


 


 誰にも知られない熱い水が頬を伝う。

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