このラブコメは噓か誠か真実か
堂上みゆき
第1章 第1話 生徒会発足
第1話 彼、彼女らの嘘はいつ始まったのか~生徒会発足~①
「私はやっぱり誠が好きみたい」
「冬風君、あなたのことが大好き」
「あたし、あたしは……まこちゃんのこと大っ嫌い……!」
答えを出すのがこんなに辛く、難しいとは思わなかった。真実に生きるのは楽な道だと思っていた。
まるでコメディだ。それまで何もなかったはずなのに、全てがそう運命づけられたように絡まり始め、ほどけていく。じゃあ、このラブコメは噓か誠か真実か。俺の答えは……だ。
昔、恋に落ちた。通っていた小学校は違いながらも、家は近かったようで、いつも放課後には彼女と遊んだ。お互いあだ名で呼び合い、無邪気に辺りを駆け回った。彼女は学校で仲間外れにされているのだと言った。嘘は良くない、自分は自分の思っていることを言っているだけなのに、周りからはぐれてしまった、と。
俺も仲間外れだった。俺は周りに色々な嘘をついていた。悪気はなかった、ただ嘘をついた方がみんなともっと仲良くできると思っていた。小学生ながらにして思った。この世界は難しい。本当のことを言っても、嘘をついても誰かが傷つく。何が正解なのだろう。
ただ彼女と触れ合ううちに嘘より真実の方が正しいと思うようになった。好きなことは好きと、嫌なことは嫌という彼女に惹かれた。嘘なんかついて何になる。真実こそが正しいに決まっているじゃないか。真実が誰かを傷つけてもそれは避けられないことだ。
今日もまた、いつものように二人で遊んだ。夕日が沈みかけ、家路につく中、先を歩いていた彼女が無邪気にこちらに振り向く。
「まこちゃん、明日も遊ぼうね!」
そして俺は嘘をつく。
「うん、また明日な」
高校に入学した後の一年間が気付けば過ぎ去り、学年が変わってからというもの、よく昔の夢を見るようになった。私立四季高校への通学途中に
俺はあの時のことを後悔しているのか? もう会うことはできないと彼女に真実を伝えるべきだったのか? 同じ夢を見るたびに答えを求めるが、この疑問が解決することはない。
確かなのは、あの時の嘘は自分さえも深く傷つけたということだ。今となっては知りようもないが、おそらく彼女も傷ついただろう。ただ、あの頃の自分は彼女を守るために嘘をつくことしかできなかった。それが正解だと思った。だから心に誓った。
もう俺は嘘をつかない。嘘も真実も等しく人を傷つける。だが真実で傷つくなんて当り前じゃないか。あの時だって分かっていたはずだ。俺が嘘をつこうが、真実を言おうが事実は変わることなんてなかった。嘘は真実の前借りだ。遅かれ早かれ、いずれそのツケを払う時が来る。なら嘘なんてつく必要はない。そこにある事実が人を傷つけるものだとしても、俺はごまかさない。俺は嘘で自分を傷つけたりなんてもうしない。
そんな嘘をつかないと誓った正直者にとってはこの世界はどうやら生きにくいものらしい。まだ高校生と言えど、年を取れば取るほど、こぞって嘘で人は自分を覆い隠し、思ってもいないことを言って相手の機嫌を取る。ニュースを見るといつもお偉いさんが謝罪している。嘘をついていたことを嘘の謝罪で取り消そうとする。嘘の地産地消。なんてすばらしい循環だ。そんな目も当てられない現実において、俺が孤立するのなんてリンゴが木から落ちるより必然だ。
人は嘘をつくことで周りの人間との調整を図る。自分のステータスをごまかし、よりステータスの高い者から認められるために、思ってもいないお世辞を言ったり、話を合わせたりする。そんなこんなでできた関係のことを友情と世間では言うらしい。
なんてつい言わないようにしていたら新クラスになって二か月経った今でも友達と言える奴なんて出来なかった。ただ、ありがたいことに小学校の頃のように靴を隠されたり、水をかけられたりなんてすることはなく、家族にそれらがバレないようにする手間もかからない。クラスに一人はいる話が合わないやつ。話しかけてこないから、話しかけることもないやつ。それが俺だっただけのことだ。嘘をつかなければ友達ができないのなら、俺は友達なんていらない。
朝から陰鬱なことを考えているな、と自分でも思っているうちに学校の近くまで来た。徒歩での通学なので電車の時間も自転車の交通ルールも何も考えることなく学校に通えるのはいいことだ。代わりに別のことを考えてしまうが。
複数の道が合流し、学校まであと一直線になったタイミングで背中に衝撃が走り、前のめりにこけてしまう。
「いってー」
「ご、ごめんなさい! 急いでて前を……って冬風君? 冬風君じゃない? 同じクラスの
振り向くと同じように前のめりにこけて両手両ひざをついている女子生徒と目が合う。緩いウェーブがかかった茶髪のショートヘア。確かに今年から同じクラスになった夏野奏だ。
「ああ、知ってるよ」
「えへー、なんかこれってよくある運命の出会いっぽい? もしかしてあたしと冬風君始まっちゃう感じ?」
夏野は嬉しそうに一人で騒ぐ。
「運命の出会いってのは、大抵は曲がり角の出会いがしらでぶつかるんだろ? これはただの夏野の不注意の事故だ」
ああ、ここで「確かに運命の出会いかもね」などと気の利いたことが言えればいいだろう。ただ心にも思っていないことを言うことはしない。
「だよね、ごめんなさい」
夏野は一気にテンションが下がり、しょぼくれる。この落差はなんか悪いことした気分だ。
「ほら、立てよ。別に怪我もしてないし、気にしてない。それより夏野こそ怪我してないか?」
夏野に手を差し出して、立たせる。見たところ怪我はしてないようだが、衝突の当事者として気にはなる。
「いや、大丈夫だよ。それよりあたしのキュンキュンセンサーがすごく反応してる! やっぱり冬風君と始まっちゃう感じかも!」
「思ってもいないことを言うのはやめとけ」
クラスのカースト上位女子なんてそれこそ嘘の塊だ。
「それより急いでたんじゃないのか? 今度はしっかり前見て走ってくれよ」
「そうだ! 冬風君、本当にごめんね! また教室でねー!」
夏野はまたテンションを上げ、学校に向かって走り出す。なんて忙しいやつだ。あれが陽キャのバイタリティなるものなのか。まあ、考えてもしかたがない。もう関わることなんてないだろう。所詮人との関係なんていかに嘘をつくかということしかない。先ほどの夏野のように相手が喜びそうな嘘をつくことができる奴が人気者になり、世の中で上手くやっていき、俺のように空気を読めないやつは集団から、そして個人の関わりからフェードアウトしていくのだ。
今日はあの日の夢を見たり、後ろからぶつかられたりと散々な日だ。だが代わり映えのない日々のちょっとしたアクセントとして受け入れるしかない。今日も明日も明後日も、学校に来て、授業を受けて、家に帰るというルーティンをこなすだけだ。
始業間近になり、クラスに人が溢れる。溢れるといっても教室内に均一に人がいるわけではない。各々がそれぞれのグループで固まり、昨日見たテレビや動画、最新のファッションなどについて語り合う。それぞれのグループが対立しているわけではない。むしろこのクラスは上手くやっている方だ。ただ人というものは数が限られたグループというものを好むらしい。より多くの人に関わるとおのずと集団の中でついている嘘がバレやすくなる。そのリスク管理を意識してか、無意識かで行えるのだから、人は集団での生活というものにつくづく向いているらしい。
一人でいても、いやむしろ一人だからこそクラスの人間関係ははっきりと分かる。カーストの高い者、低い者。こっちのグループと話すときと、あっちのグループで話すことが全く違う者。少人数でこそこそと誰かの陰口をいう者。俺のように周りと関わりを持たない者。それらを意に介さず分け隔てなく人と関わり合おうとする者。
思えば、夏野奏は仲が良いのはカースト上位の男女グループのようだが、比較的誰とでも話し、関わりを持っている。八方美人。夏野奏を悪く言えばそういうことになるのだろう。自分にも他人にも嘘をつき、表だけの関係を維持しようとする。それが尊いことかどうかは個人の考え方の違いだろうが、俺は嫌いだ。いつの日かそれらの嘘は彼女自身を傷つけることになるだろう。
俺の知ったことではないが、今日見た夢のせいで、昔の自分と重ねてしまう。離れろ。あの時の俺はもういない。俺は嘘をつかない。
「おいっ、冬風。聞いてるか?」
ふと気づくと目の前に担任の
「すみません、考え事していて何も聞いてませんでした。何か僕に用事ですか?」
「まったく。朝礼ももう終わってみんな教室移動してるぞ。一限、視聴覚教室だろ」
「ありがとうございます。じゃあ僕も移動します」
「お、ちょっと待て。そんな親切をわざわざしに来たんじゃない。今日の昼に英語準備室に来いよ。じゃあ要件はその時で」
「ちょ、ちょっと。先生それは急過ぎ」
「どうせ暇だろー」
朝市先生は俺の抗議を躱すようにあっという間に教室から出ていった。授業と同じでまったく無駄がない先生だ。
昼に担任に呼び出されるようなことなんてした覚えはない。生活態度は悪くはないし、成績は県内トップクラスの学校であるこの四季高校の中でも上位をキープしている。あとは人間関係だが、誰とも関わっていないのでプラスでも、マイナスでもないだろう。もし関りを持たない事それ自体がマイナスと言われるなら呼び出しも納得できるが、その考えには納得できない。
何にせよ、俺がやることなんて変わらない。ただ俺の思っていることを言うだけだ。朝市先生も何かを無理強いしたりなどはしないだろう。
そして朝の出来事らが嘘のように午前中の授業は何事もなくいつも通り終わった。
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