第3話 お茶会
〈断捨離〉とは、不要な物を〈断ち〉〈捨て〉、物への執着から〈離れる〉ことである。
「ですから私、オスカー殿下を断捨離しようと思いますの」
「……断捨離ですか」
オスカー殿下の浮気発覚からの婚約破棄宣言の翌日、本当なら今日は学園へ行かねばならないのですが特別にお休みを貰いました。1日くらい休んでも勉学に支障はありませんわ。授業の先の先くらいまでならとっくに習っておりますので。学園での授業は私にとっての復習ですわね。
「ええ、頑張って調教したのに覚えた芸も忘れて他所のメスに尻尾を振り噛み付いてくる婚約者などもう不要だと判断し、捨てることに致しました。公爵家に王家の血を入れたがっていたお父様たちには申し訳ないのですがオスカー殿下を跡取りにという執着から離れていただくことにしたんですの」
「貴女はそれでいいんですか?カタストロフ公爵令嬢。3歳からの婚約者だったし、
私の目の前にいる男性は優雅な所作でティーカップを口に運びます。流れるような手の動きは完璧ですわね。これがオスカー殿下だったらお茶をがぶ飲みしていますもの。
え?誰とお茶会しているのかって?
オスカー殿下の兄上……第二王子ハルベルト殿下ですが、なにか?
実は私、第二王子とはお茶友達ですの。本日は我が公爵家の客間でお茶会を致してますわ。もちろん各々が信頼している侍女や執事も待機してるのでふたりっきりではありません。
ハルベルト殿下は私より2歳上で、とても博識です。落ち着いていらっしゃるので大人っぽい雰囲気な殿方ですわ。学園では最上学年ですので先輩でもありますわね。ちなみにハルベルト殿下はとても優秀で、すでに卒業までの単位を取得されております。ですので私に付き合ってお休みしても支障はないと、こうしてお茶会をしてくださってるのですわ。ありがたいですわね。
「確かに見た目
「相変わらず、女性を惑わす弟ですね」
少し複雑そうに笑うハルベルト殿下は、ご自分の見た目にコンプレックスを抱いていらっしゃいます。
灰色がかった銀髪も紺色に近い濃いアクアブルーの瞳も『くすんだ色、濁った色』だと自虐し、なによりご自分の顔にそばかすがあることを気にしていらっしゃるのです。
確かにオスカー殿下は“美しい輝きの王子”、ハルベルト殿下は“くすんだ地味王子”なんて揶揄している愚かな輩がいることも事実ですが……。
私はハルベルト殿下のその色味、とても落ち着くので好きなんですけれど。お顔のそばかすだって元々肌が弱くていらっしゃるのに領地に赴いて日焼けしてしまったせいですわ。強い陽射しを浴びすぎると火傷したようになってしまう体質なんてかわいそうですわ。
「実際に惑わされているのはオスカー殿下ですわ。ご自分がモテているからと自慢ばかりなさって、男の価値は付き合った
「相変わらず手厳しいですね」
ふふふ、と静かに微笑むハルベルト殿下。やっぱりハルベルト殿下は笑ってらっしゃる方がいいですわ。
しかし「あっ」とあることを思い出しました。こんな風に私とハルベルト殿下がお茶会をするのはいつものことなので気が付くのが遅れましたわ。
「そういえば、ハルベルト殿下は先日婚約者が決まったのではなかったですか?確か隣国の王女だとか」
私たちの関係を知ってる方々は今さら気にしてませんが、その婚約者の方から見たら自分の知らない女性と会ってるなんて嫌だと思いますわ。
「あぁ、それなら破談になりました。王女が僕の顔を見た途端に怒って嫌がり、なんでもオスカーに一目惚れしたからオスカーが良いと言い出しましたので白紙になったのです」
別段気にする様子もなくハルベルト殿下はおっしゃりますが、私は見たこともないその隣国の王女に怒りを感じました。
「その王女も見る目がありませんわね。ハルベルト殿下ほど優秀で素敵な方なんてそうそうおりませんのに」
私だって、婿養子をとらねばならない立場でなければ……なんて考えてしまいます。だってハルベルト殿下は私の初恋なんですもの。内緒ですけれどね。
「そう言ってくれるのは、貴女くらいですよ」
そう言って微笑むハルベルト殿下。この方の妻となられる方は絶対幸せになれますわ。未来のその方が羨ましいです。私がこっそりそんなことを考えていると、ハルベルト殿下は「あぁ、そういえば」とため息をつかれました。
「たぶんですが、貴女の前でわざと転んだり暴言を言ってきた見知らぬ令嬢はその王女ですよ。オスカーから貴女のことを色々聞き出していましたし、オスカーと仲良くなりたいからと無理矢理学園に転入してましたから」
「あら、どうりで見たことない方だと思いました」
あのちゃらんぽらんのアホ王子に何を吹き込まれたのか知りませんけれど、国同士の政略結婚を蹴り飛ばしてその時点では婚約者のいるオスカー殿下を略奪しようなんて浅はかですわね。
「そういえば、私の髪や瞳のことを蔑んできましたわね。どこかで聞いたフレーズだと思ったらオスカー殿下からの受け売りでしたのね」
「貴女の髪と瞳を?」
「ええ、昔、オスカー殿下から言われた言葉と同じでしたわ」
私が昔『お前の髪は虫がよってきそうな甘ったるい髪だな!』とか『お前の瞳はまるで提灯アンコウが泳いでいそうだな!』などと蔑まれた事があると伝えると、ハルベルト殿下の纏う空気が一瞬凍りついた気がしました。
「ハルベルト殿下?」
不思議に思った私が首を傾げるが、ハルベルト殿下はすぐにいつも通りに戻っていました。なんだったのかしら?
「いえ……貴女の髪は芳醇な香りのする魅惑の花の蜜のように美しいし、その瞳も深海の神秘のような美しさなのに、オスカーの目は節穴ですね」
「まぁ、お上手ですわ。でも例えお世辞でもそんな風に言われると嬉しいですわね」
やっぱりハルベルト殿下はお優しいです。誉め言葉もお上手だし、
ハルベルト殿下が再びにっこりと微笑むと灰色がかった銀髪がさらりと揺れました。あ、この角度、素敵ですわ。
「では例の件ですが……カタストロフ公爵令嬢のご要望は必ず叶えて見せましょう。お任せください」
「ありがとうございます」
このお茶会のメインは私がハルベルト殿下にあるお願いをしたかったからなんですの。まぁ、ハルベルト殿下とお茶会をして癒されたかったのも事実ですけれど、そんなこと言えませんし。
こうして端から見れば終始穏やかなお茶会は幕を閉めました。
断捨離とは、あと腐れなくバッサリやるべし。と、どこかの誰かも言っていましたし徹底的にやることにしましたのよ。ふふふ。
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