第31話
新緑の風を心地よく感じられるのは、今だけだと思う。あと数日もすればきっとうだるような暑さを迎える。そしていくつかの雨が過ぎたら五月雨がやってくるのだ。
「それじゃあ今日は体育祭実行委員と文化祭実行委員を決めるからなー。やりたいやつは挙手しろよー。」
HRで西野っちがそう言うと、「いや、やりたいやついないでしょ」というつっこみが大地から入った。私もそう思う。実行委員なんて委員会で時間をとられるし、受験生にやらせる意味がほんと分からんわと思う。
「仕方ないなー。昨年と同じように紙配るから投票しろー。」
そう言うと、前から順番に投票用紙を配られた。体育祭、文化祭それぞれの実行委員に推薦する男女の名前を記入するようになっている。
「今まで何かの実行委員をやったメンバーとはできるだけ被らないようにしろよー。」
西野っちの一言でクラスがざわつきだす。「実行委員やったことないの誰だっけ?」と、隣の席や前後の席で話が始まる。ちなみに私は実行委員をやったことがないけれど、自分から挙手をするほど頭悪くない。
「今までやったことないやつはー。」
それなのに西野っちは生徒名簿を見ながら、実行委員経験のない人たちの名前を書いていった。なので私の名前も当然書かれてしまう。
「え!百合子まだなんもやってねーの?じゃあ、百合子じゃね?」
私の名前が書かれた途端、声をあげたのは大地だった。こいつは本当に余計なことしかしないなと思ったけれど、なにか言われるかもしれないことは予想していた。
「私の名前を書いてもいいけど、私、体育祭実行委員だけは絶対に嫌だから。暑いの無理だから。」
大地が騒ぐからそう言っておいた。これで体育祭実行委員になることはないだろう。正直、文化祭実行委員になるのは仕方ないと思っている。実行委員はみんなが協力して引き受けているのだから、自分もしないわけにはいかない。
「書けたやつから提出しにこいー。」
ざわざわしながらではあったけれど、推薦する人を迷う質の人はあまりいないらしく、15分もすれば全員が推薦用紙を提出した。そして、西野っちはそれを1枚ずつ広げていくと、さっき書いていたメンバーの名前は消して、推薦されたメンバーの名前を書いていった。
重複した人には正の字が書かれていく。思った通りに文化祭実行委員の女子の方では、どんどんと私の名前に正の字が連なる。「これもう、絶対百合子は文化祭実行委員じゃん」と蓬が言うと、「俺も百合子って書いたもん」と大地が言った。
「じゃあ、体育祭実行委員は駒田と松島だな。そして、文化祭実行委員は佐藤と穂高。よろしく頼むなー。体育祭実行委員はこの後、実行委員会があるからなー。」
圧倒的多数で、私は文化祭実行委員になった。HRが終わると、吉永さんが私のところへと近づいてきた。吉永さんは昨年の文化祭実行委員である。
「なにか手伝えることがあったら言ってね。」
「ありがとう。よろしくね。なにからやったらいいのか分からないから本当に何でも聞いちゃうかも。」
「穂高さんなら大丈夫よ。みんなのこと、ちゃんと俯瞰して見てるんだなっていうのがよくわかるもん。」
「そうかなあ。」
そんな話をしていると、吉瀬が私たちのところへとやってきた。吉永さんと吉瀬は付き合っている。
「今日、いつもの時間に部活終わりそう。」
「分かった。頑張ってね。」
「おう。」
吉瀬は「穂高もまた明日。」というと、爽やかに教室から出て行った。吉瀬が吉永さんにベタ惚れなのは周知の事実だ。蓬と恩田を見ていると微笑ましい気持ちになり、吉永さんと吉瀬を見ているとこういう風に好かれたいなって思う。
「吉永さん、愛されてんね。」
「んーまあ、いつまで続くんでしょうって感じかな。」
「付き合い始めてまだそんなに経ってないんだっけ?」
「もうすぐ2ヶ月とかかな。よく2ヶ月の壁とかいうから、どうなんだろうって思ってる。」
「吉永さんは吉瀬のこと、そんなに好きじゃないの?」
「好きだよ。だから思っちゃうよね。」
「あー。でもまあ、いいんじゃない?今を楽しんだら。」
「そういうもん?」
「振り返ったときに、楽しかったなあって思えたら成功なんじゃないの。」
世の中のほとんどのカップルは別れる。今、仲良さそうにしている蓬と恩田だって先のことは分からない。もちろん、みんな幸せになってほしいと思うけれど、一緒に居ることだけが幸せじゃないこともある。
だけどきっと、この高校生という青春時代を振り返ったときに、「青春だったな」とか「楽しかったな」って思うことができればいいんだと思う。純粋に好きだから一緒に居るっていうのは、学生の特権だと思うのだ。
「そっかあ。まあ、なるようにしかならないしね。」
「そうそう。好きな間はその気持ちを大事にしたらいいよ。」
「穂高さんは?」
「え?」
「好きな人。彼氏居るって聞かないなあと思って。」
「あー。まあ。」
「穂高さんの好きになる人って、同級生じゃなさそうだよね。」
私は苦笑いをするしかなかった。「その通りだよ。」とは言わなくても、吉永さんには伝わってしまったと思う。
「でも、穂高さんって意外と、年下とか合うかも。」
「年下ねえ。付き合ったことないなあ。」
年下と言われて浮かんだのは、大河の顔だった。大河から告白はされていない。あれから本当に普通の先輩後輩としてしか接していないから、今でも好きで居てくれているのかは謎だ。
仮に大河が他の誰かを好きになっても、それはそれで良いと思う。申し訳ないけれど、大河の気持ちには応えられないからだ。
吉永さんと「また明日ね」と別れた後、私は写真部の部室へと向かった。大河から渡したいものがあると言われていたからだ。視聴覚室の隣にある写真部の部室をノックすると、中から「どうぞ。」と大河の声が聞こえてきた。
「お邪魔します。」
「百合子さん。」
扉を開けて中に入ると、大河や写真部の部員が一斉にこちらを見た。写真部の部室を訪れるなんて初めてだから、なんだか居心地が悪い。
「じゃあ俺、今日はこれで失礼します。」
「ああ。お疲れ様。」
大河は部員たちに挨拶をすると、荷物を持って私の方へとやってきた。スクールバッグを肩から下げており、両手には大事そうにA4サイズの封筒を抱えている。渡したいものってそれなのかな?
「百合子さん、一緒に帰りましょう。」
「ああ、うん。私はいいけど部活はいいの?」
「はい。思ったより早く終わったんで。」
「そっか。」
大河が「公園に寄っていいですか?」と言うから、私は了承をした。校門を出ると、学校近くの小さな公園へと立ち寄った。ベンチに並んで座ると、大河が封筒を開いて中身を取り出して私に差し出した。
「これ……。」
「どうしても百合子さんに差し上げたくて。」
そっと差し出されたものを受け取ると、私はそれに釘付けにならずにはいられなかった。文化祭のときに大河が撮ってくれた写真だ。夕陽に輝く私の横顔が、なんとも言えない感情にさせられる。ベランダの手すりに肘をかけて、私は何かを話している。それは文化祭でも見た写真だったけれど、額縁に入れられていた。
「でもこれ、大河の作品でしょ。」
「だからです。……俺、百合子さんのことが好きです。」
公園を吹き抜ける風が、私の髪を吹き上げる。それでも私は大河から視線を逸らせない。なんの前触れもない大河の告白に、私は一瞬、時が止まったのかと思った。
「百合子さんさえ良ければ、俺と付き合ってもらえますか。」
それは前回と違って、私に回答を求めるものだった。
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