第25話
年を越すと時間はあっという間と言われるけれど、毎年それをちゃんと実感するのはなんでだろう。1月は31日あるはずなのに、気づけば2月を迎えていた。
「蓬、恩田、おはよう。」
「おはよ~。」
「おはよう。」
まだ太陽も登り切らない時間に、私たちは大きな荷物を抱えてクラスごとに校庭で整列している。今日から修学旅行だ。修学旅行委員に出席を伝えて自分のクラスの列に並んでいると、蓬と恩田が一緒にやってきた。
どこのクラスも、みんないつもより早起きして登校しているはずなのに、どこかテンションが高い。今から北海道に出発すると思うと、私も逸る気持ちがある。スキーだって楽しみだし、観光地巡りも楽しみだ。
なにより、班が仲良しで組んでいいと言われたのが嬉しかった。中学のときは「なにか問題を起こすといけないから」と、仲の良いメンバーとは徹底的に別々にされた。だから本当に嬉しい。
他のクラスの仲良い子たちとの班は別々だけど、一緒に過ごす時間がとれるよう計画している。自由時間も結構多いからひょっとしたら先生たちも北海道を満喫したいと思って居るのかもしれない。先生たちも普段はスーツなのに、今日はカジュアルだ。西野っちを見ると、ダウンジャケットにチェックのスラックスを履いている。
彼女になんて言って来てるのかな。仕事だから仕方ないって思ってくれる人なのかな。それとも5日も離れるのは寂しいって言う人なのかな。
思い浮かぶのは、西野っちの隣に居た大人の女性だ。控え目な印象だったけれど、ストレートの黒髪が綺麗で、西野っちの隣に立っていても違和感のない人だった。そう、ちょうどうちのクラスで言うと吉永さんのような人だった。
文化祭実行委員をした吉永さんは、眼鏡をかけていて長い黒髪を1つに束ねている。賢そうな面持ちで清純派だけれど綺麗な印象のある人だ。私とは少し世界の違う人。ずっと真面目に生きてきて、1番偉い人だ。
「穂高さん、飴いる?」
飛行機に乗ると、隣の席になった花村さんから飴をもらった。御返しにチョコレートをあげると、彼女は喜んだ。花村さんは、今回の修学旅行委員だ。吉永さんと仲が良いからか、彼女も身綺麗にしているだけで派手さはない。男子からモテると聞いたことがあるけれど、それはそうだろうなと思う。
「花村さんは今、彼氏居るの?」
いつもあまり話さない人とも仲良くなれる機会かと思って尋ねてみた。すると、彼女は頬を染めてたどたどしく「一応、いるかな。」と答えた。
「一応なの?」
「いや、なんか……。そんなイチャイチャするとかそういうやつでもないから……。一緒に帰って連絡を取り合うくらい?」
「でもキスとかはしたでしょ?」
私がそう言うと、花村さんは思いっきり首を何度も横に振った。勢いよく首を振っているせいで、ツインテールにしている黒髪がふわふわと靡く。そして、白い肌が耳まで真っ赤に染まっている。
「そうなんだ。付き合ってどれくらいなの?」
「2ヶ月……。」
「え!2ヶ月でチューしてないの?!彼氏、誰?!この学校の人?!」
花村さんは慌てながら、人差し指を口元で立てて「しーっ!」と言っている。可愛い。可愛いからついついからかいたくなってしまう。
「隣のクラスの原くんって知ってる?弓道部の……。」
「ああ。背が高い人だよね。」
いつもすれ違うと、「この人足が長いなあ~。」と思う。彼と付き合っていたのか。想像の中で二人を並べてみると、お似合いな気はする。
「うん。私から告白してOKもらったの。だからなのか、そういう空気にはならなくてね。」
花村さんは眉尻を下げながら笑った。好かれているのか不安なのだろう。でも、OKした時点で多少なりとも男側にも好意がないわけじゃないと思うのだけれど、私がそれを言ったところで気休めにしかならない。
それに花村さんってどこまで手を出していいのか分かりづらい。ひょっとしたらそういうところが、大事にされる秘訣なのかもしれない。
「いいじゃん。大事にされてるってことじゃん。」
「そう、なのかな?」
「そうそう。まあでも、ほっぺチューくらいなら、花村さんからしてもいいんじゃない?」
「どうやって?」
子犬のようなつぶらな瞳で私を見つめる花村さん。これはちょっとしたいたずら心だ。
「ちょっと耳貸して。」
内緒話をする仕草をしながら、手招く。花村さんは何の疑問も持たずに、私の方に右耳を近づけてきた。「よしきた!」とばかりに、近づいてきた花村さんの頬に、私はチュッというリップ音を立てながら、唇を寄せた。
驚いて頬を抑えながら身体をはねのけた花村さんの顔は、ゆでだこだ。
「こうやってほっぺチューしたらいいじゃん。」
私が満面の笑みを浮かべると、彼女は金魚のように口を開けたり閉じたりさせた。
北海道は私たちの地元とは比べ物にならないくらい寒かった。第一、自分の背丈ほどに積みあがっている雪を人生で初めて見た。1日目は札幌の観光地巡りをして、2日目と3日目はスキーだ。
スキーの休憩中にどこからともなく話題となったのは、修学旅行2日目の今日がバレンタインデーということだった。「告白しよう」と話している子たちもいるし、好きな人にチョコレートを渡す計画を立てている人もいるらしい。
スキーをしているときに花村さんに聞いてみると、彼女もチョコレートを準備しているらしかった。なんて健気なんだろうと思う。私にはできないなあ。
「穂高さんは誰か渡す人は居ないの?」
花村さんにそう聞かれて思い浮かぶのはたった一人だ。
「うーん。でも私にもらっても困らせるだけだからさ。」
何も関係ない花村さんだからこそ、つい本音が漏れてしまった。花村さんならきっと、私の好きな相手が誰なのかも聞かないだろうと思ってのことだった。
「穂高さんにもらって困る人なんていないと思うけどなあ。」
「いや、いっぱいいるでしょ。」
「でも、告白までしなくても、チョコレート渡すだけでもいいんじゃないかな?それだったら迷惑にならないんじゃない?」
「チロルチョコとか?」
「うん。いいよ。何もできなかった後悔より、何かできた後悔の方が、私は良いと思うんだよね。あ、何かできた後悔っていうのは、今の自分にできることをするってことね。」
「だから原くんにも自分から告白したの?」
「うん。」
おっとりしているのに、行動力のある彼女はすごいと思う。今の自分にできることかあ。
「ありがとう、花村さん。」
「ううん。私も頑張って原くんに渡すから。」
「うん。頑張って。」
スキーが終わってホテルに帰ってから着替えを済ませると、私は一人で売店へと向かった。御土産がたくさん置いてあるけれど、コンビニみたいにジュースやちょっとしたお菓子も置いてある。陳列されている商品を見ると、ブラックサンダーやチロルチョコが並んでいた。
コンビニお菓子じゃ色気はないかもしれない。でも、今の私にとってはその色気のなさが丁度良い。
ブラックサンダー1つとチロルチョコ5つを購入すると、私はぶらぶらと館内を歩いた。男子がぞろぞろとホテルに入ってきているから、西野っちもそろそろ帰ってくるのではないかと思う。
ロビーの椅子に座って中庭を眺めていると、「穂高。」と後ろから声をかけられた。私が待っていた人の声だった。
「西野っち。」
「なにしてるんだ?」
「売店にチョコレート買いに行ったら中庭が綺麗だと思って。」
「ああ、確かに。」
西野っちはそう言うと、おもむろに私の隣に腰を下ろして一緒に中庭を眺めた。組んだ彼の足が視界に入り、ごくんと唾を飲みこむ。
「……。」
「……。」
無言で中庭を眺めていると、息が苦しくなってくる。心臓の音が西野っちに聞こえてしまわないか心配になる。
「西野っちはもうチョコレートもらった?」
「ん?」
「今日、バレンタインデーでしょ。」
「ああ。言われてみれば。チョコレートもらうのとか諦めてたわ。」
「かわいそー。」
「うるせー。」
「じゃあ、これあげる。」
私は買い物袋からブラックサンダー1つとチロルチョコ1つをとって西野っちに渡した。
「私からのバレンタインデー。」
なんてことないように笑った私の掌は、いつもより湿っていた。
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