第6話BLACK COFFEE

朝、つまり作戦決行前日。俺は緊張感に駆られていた。傭兵団を離れて初の大仕事ということだけでなく、王族へ刃を向ける罪悪感が混じり口から内臓が飛び出てしまうほど緊張していた。正直この場から立ち去りたい、逃げ出したい、大声で今の状況を叫び開放されたい。そんな気持ちだった。


「緊張したって仕方ない。もうここまで来てしまったんだからな。大丈夫だ。もし失敗しても俺と君が犠牲になってでもティルナシアは逃がすからさ」


「そんなこと言わないでください。犠牲はあなただけでしょうが……」


「そんだけの減らず口を叩けるんだったら大丈夫だろうよ」


デルクは俺に珈琲を出した。一口飲むと口に苦味が広がりつつもほんのりと甘さが残った。


「ゼフィス君、今の君感情はその珈琲みたいなものだ。一見苦味が濃いようにも思える。少しの甘さが君の覚悟のようなものだ」


この珈琲のようにか。俺はデルクの淹れた珈琲を味わいながら飲んだ。


「ところでティナはどこに行ったんです?」


「ガルシアスと一緒に買い出しさ。もしかしたら最後の晩餐になるかもだからな。成功すれば宴に早変わりだがな」


そう言いデルクは倉庫に行った。俺ができることはなんだろうか。戦闘しかできないというのは昔から変わらない。唯一変わるとしたら珈琲を人並みに淹れることができるようになったぐらいだ。とりあえず装備のチェックをしておこう。俺は剣の手入れや幻式の整備をしながら精神統一をした。今回は国を相手にするわけだ。もしかしたら荒塊の力を発動しなくてはいけないかもしれない。そうこう考えながら整備をしているとノックが2回鳴った。その後3回、6回とリズミカルにノック音が鳴った。誰か来たのか?今日は休業のはずだが。


「やっと来たか。合言葉は」


「鍍金が剥がれる時来たり、王冠は再び輝かん」


そう言うとデルクは鍵を開け、ドアの奥には一人の男が立っていた。


「紹介しよう。彼はルイス。この国の騎士団の兵長だ」


「はじめまして、あなたがゼフィス·ガラースさんですね。デルクーイ師匠から話は聞いております」


白銀に輝く髪、青い瞳、そして白を基調とした甲冑。その姿は神々しく兵長の肩書きが相応しい姿だった。ん?まてまて、デルクが師匠?


「今、デルクのことをなんと?」


「デルクーイ師匠と言いましたが」


俺はその言葉を聞いて驚きを隠せなかった。あのデルクが師匠だと。この人が……


「なんだゼフィス君。ベルから聞かなかったか?俺がこの国の元騎士団だってこと」


「聞いてるはずないでしょ!だってバーテンダーが元騎士団なんて思わんでしょうが!」


「まぁ、デルクーイ師匠はこんな性格ですが剣の腕は確かです!」


「フォローになってねぇ」とデルクが呟くと俺はある疑問点に行き着く。


「お尋ねしたいのですがあなたが身につけているそのガントレットは幻式ですよね?偽装されているようですがなぜ?」


そう聞くと先程までの笑顔は真剣な顔へと変わりカウンターへ座った。その顔は真剣そのものだった。


「やはり気づかれましたか。これは今回の作戦に関わることです。気を引き締めてお聞きください。あれは3ヶ月前のことでした。いつも通り国の警備や警護をしていた時第一王子であるザイン様が何やら怪しげな宝玉をお持ちになされたのです。その光はこの国の兵士のみに作用するものらしく、士気の低下や、やる気の低下をもたらす怠惰の宝玉だったのです。精霊や魔族などの魔力を持つ者は魔道具の効果を受けないことはご存知ですね?私は常日頃から幻式をつけていたため宝玉の効果を受けなかったのです」


なるほど、だから門番の兵士たちはあんなにもだらけていたのか。だがルイスの話では魔力のないものだけが魔道具の力を受けることになる。ティナになぜ魔道具の力が働いた?彼女は魔力を持っている。人間と精霊の混血であることが関わっているのか?これはガルシアスに聞いてみるしかないな。


「ほかの商人たちは効果がなかったから兵士のみと断定したのですね?」


ルイスは首を縦に振った。魔道具には制約を課すことができ、限定的であればあるほど魔道具の効果は強くなる。多分、兵士限定に魔道具の効果を使った理由は経済の流れを止めないためだろう。だがどこからザイン王子は怠惰の宝玉を手に入れた?3ヶ月前であれば違法魔道具の持ち出し持ち込みはこの国では禁止だ。多分これは裏で糸を引く存在がいるな。


「これは私の予想ですが、宝玉さえ壊せば兵たちの士気は元に戻るでしょう。そうなればあなたが懸念していた兵力の問題も解決できるかと」


そう言ったあとルイスは鞄から設計図を取りだした。広い間取り、何層も連なるその設計図を見た俺はすぐにわかった。こんなにも立派な建物はこの国ではひとつしかない。城だ。城の設計図だ。


「私とゼフィスさんはまず城へ潜入するわけですが、ゼフィスさんにはこれを着てもらいます。」


そう言い甲冑をカウンターの上へ置いた。なるほど変装をし城内へ侵入、そして宝玉を壊すわけか。


「しかし変装が使えるのは城壁を超えるまでです。最近謎の商人が出入りしていまして、そいつが城に魔道具を使用した防衛システムを設置し始めたのです」


その商人が黒幕と見て間違いではないな。しかし厄介だ。人間が相手ならともかく魔道具相手はまだやったことない。まぁ壊せば何とかなるんだろうが沢山あることも考えて作戦を立てなければ。


「で、宝玉の在処は分かりますか?」


「常日頃からザイン様が持ち歩いているため特定するのが難しいですね。」


「そうか。王様の病態はどんな感じですか?」


「未だ回復なされていないようです。病気なのか毒なのか私にはわからず。医者はザイン様が雇った医者ですからわたし自身、信用できそうにないんです」


もう第一王子のザインが毒を盛ったとしか思えないな。まぁ現在の王様を毒殺して自分が次の王にでもなろうとしたんだろう。魔道具の売買を許可し国を活性化させる。その結果評判は上がるし国も強くなるという算段だろうか。デルクの言った目を潰せの意味がやっと理解できた。


「じゃあ王様の救護を最優先させた方がいいですね。病態が悪化する可能性がある。ルイスさんは王様の救護を最優先でお願いします。俺が第一王子をとっ捕まえて宝玉を壊しますので。あと必要なのは薬か医者だな」

「そこは安心しな。友人に医者がいる。腕っ節の医者だ の医者だから安心しな」


デルクは自慢げに言った。作戦の大まかな内容は決まった。では俺は俺で疑問を解決していこう。

「ルイスさん、あなたが装備している装備の中で部下と共有している物ってあります?」


甲冑は違う。門番の甲冑よりも造形が細かいことや形状が違う。


「そうですね。この剣かブーツでしょうか」


「ではさっそくブーツから行きましょう。ちょっと借りますよ」


俺はルイスのブーツを履いてみた。異常なし。次は剣だな。俺は剣を持った。そうすると身体はダルさや面倒くささに駆られもう何もしたくない、作戦なんてどうでもいいと思うようになった。


「あーもうなんでもいいや。テレジアの未来はお先真っ暗ー。ハッハッハー」


「なるほど、剣にパスを繋ぎ魔道具の力を送っていたのか。お前にとってはきついな」


何がきついんだよ全くよぉ。どうせ魔道具の力でみんなおかしくなんだよぉ!


「そうですね、私にとって剣は誇り。それを手放さないといけないのは心臓を失ったのも同然ですから」


ルイスが俺から剣を取り上げると機嫌は少しづつ回復した。


「これが怠惰の宝玉の力か。確かにこれはキツイですね」


だがこれで兵士を殺さず解放する方法がわかった。しかし武器にパスを繋げて魔道具を発動させるとはな。武器や武装の統制は士気の向上に繋がる。それを逆手にとった仕込みだ。


「聞くのを忘れていたのですがルイスさんは王族に剣を向けるのは怖くないんですか?」


「怖くないと言えば嘘になるでしょう。ですが私は昔のテレジアが好きです。黄金の国なんてただ聞こえのいい薄汚れた国ではなく、商人たちがプライドを持ち各国の特産品を売って賑わうこの国が。秋のない国と呼ばれたあの頃のような国に戻したいのです」


俺も同じ意見だった。初めてこの国へ訪れた時賑わいと活気に驚かされていた。誰もが笑顔を絶やさず元気のいい呼び込みや値切るためにが矢を飛ばすその活気に心打たれたのだ。今となってはその活気は小さく、商人たちの笑顔の裏には薄汚れた野望が見え隠れしていた。


「必ず成功させましょう」


俺とルイスは硬い握手をし、思いをひとつにした。

「ただいま帰りました」


「帰ったぞ」


そう言いながらティナとガルシアスが店に戻ってきた。ティナはローブを外しその赤銅色の髪を波かせた。


「師匠、この娘は誰です?」


「あぁ、この娘はティルナシアといってな、ゼフィス君と旅をしているんだ」


ティナは深々とお辞儀をすると部屋へ戻っていった。まだ人間には慣れないんだな。そう思いつつ作戦会議に戻った。


「なるほど、相手もなかなかの策士だな。いざとなれば制約を切手でも宝玉を発動するだろうよ。俺とデルクはオークション襲撃班に着く。お前たちには大変かもしれんが終わったらすぐに他の2会場の指揮に回ってくれ」


「だが、王様の看病をしないとですし……あ、1人使える奴がいるかもです」


俺は3人にトリスのことを説明した。あの人は俺に対して敵対心を持っているだろう。だがあの人の性格上派手で暴れまくれることをしたがり、それを最優先にする。そのためこの話にも乗ってくれるはずだ。


「トリス君ねぇ、気象は荒いがこの作戦は彼にあってるとも言えるね。よし、交渉に行ってくる!ほら、ルイスお前も来なさい」


「はい、師匠!」


2人は勢いよく店を飛び出した。多分居場所は喫茶店だろう。


「さ、ゼフィス。俺に聞きたいことがある顔をしているが」


観察眼でも発達してんのかねこの人は。俺は魔道具と混血に対する疑問を聞いた。


「ふむ、これは俺が独自に調査したことだ。古代遺跡は知っているね?そこの壁画や古代文字を解読するとあることがわかったんだ」


古代遺跡。人類の先祖が作ったとされているが、遺跡の古さから生命が誕生する前から存在したという説を唱える人もいるほど謎に包まれている存在だ。


「壁画をよく見ると耳が中途半端にとんがってきて黄金の目をし髪は人間に近い色をした者たちが何かと戦っている様子が描かれていたんだ。その後ろには人間っぽい絵もあって遊んでいたよ。昔混血は人間の兵として扱われていたんだろう。これは俺の憶測だが操り系の魔道具をつけられていたと思う。混血の不安定さから考えると、君が思っているように魔術回路の未発達が原因かもしれない。まぁ混血部隊という可能性もあるがね」


やはり魔術回路の未発達が原因と考えるか。日々溢れるほどの魔術を生成しその上魔道具からも魔力を流し込まれていたとするなら短命であっただろう。いつの時代も混血の扱いは変わらないということか。まぁ変わっているとしたら兵器として殺すか、人外の悪魔として殺すかの違いだろう。




再び4人が店に揃った。新顔があるとするならこの場にトリスがいることだろう。


「おい、ゼフィス。俺はおめぇに敵対意識がなくなったわけじゃねぇ。この祭りの方がおめぇよりも派手だったからだ。終わったらすぐにお前の首を取ってやらァ」

「構いませんよ。その時は荒塊を解放してでもあなたを抑えますので」


その言葉を聞いた瞬間トリスの目は俺を睨んだ。俺は素の力では彼に勝つことはできない。幻式を着けたとしても勝率は薄いだろう。だが荒塊を解放してしまえば話は別だ。奴は攻撃を防ぐことが出来ずに膝を着くだろう。

「ハイハイ、そこピリピリしないの。」


デルクは俺たちの仲裁に入り作戦の話をした。まず、俺とルイスで城に潜入し王様の救出と宝玉の破壊をする。その後、オークションを襲撃し悪商人間たちを一斉に確保する。この作戦は俺とルイスがどれだけ早く仕事を終わらせるかによって成功率が変わってくる。時間がかかるほど悪商人を逃がしてしまうことになる。


「ティナはどうします?」


「彼女は君に同行させようと思う。店に留守番させてもいいが失敗した後君には彼女を連れてこの国を出るんだ。」


失敗の後を考えていたのか。まぁ同行していればもしもの時に守ることができるからな。ティナには『Butterfly』がある。もし彼女が戦うとしても自分で対処できるだろう。


「さて、作戦は以上だ。今日の晩餐は腕によりをかけた。たくさん食べてくれ!」


卓に並べられた料理はこの3日間出された料理の中で最も豪勢だった。分厚いステーキ、七面鳥の丸焼きなど普段食卓に並ばないようなものばかりだった。

食事を終え、俺が皿洗いをしているとデルクが声をかけてきた。


「今日の料理はどうだった?」


「美味しかったですよ。ですがなぜ?」


「さっきも言ったがこれが最後の晩餐になるかもしれないからだ。死ぬかもしれない日の前日に不味いものを食べたら嫌だろ。そういえば聞き忘れていたんだがなぜこの作戦に参加してくれたんだい?」


「基本的な理由はルイスさんと同じですよ。まぁ一番の理由は」


俺はこの国に来て色んな人に会い、多くのことを学んだ。ハーフの平和を望む者、欲にまみれた者たちの所業、国の方針が変わっても変わらない人、元の国に戻すために立ち上がる戦士たち。そして、


「珈琲のような思いを感じたからですかね」


少女が見せてくれた俺を心配してくれるあの顔と、不慣れな怒号を知ったからだ。黒く苦みが強い珈琲のようであったとしても、鈍い光と甘さがあることを知ったのだ。デルクはその言葉を聞き軽く笑った後磨いたグラスを戸棚にしまった。

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