D-DAY(+X5) 恋愛安全条約機構

 地球連合環境省宇宙庁航宙保安局外宇宙艦隊所属1番艦エンタープライズ00。

 太陽系三者同盟、その最初で最後の作戦発動、最終作戦会議。

「タイミング、それが成否の総てとなる」

 艦長、地球連合航宙保安局大佐であるタロウ・サクライは一同を見渡し宣言した。

「早くても遅くても失敗する」

 やや視線を上向かせ、言葉を投げる。

「そうだろう、ヘル」

「全く、同意します」

 エンタープライズ搭乗員の一人である電子副官、「ヘルメッセンジャー」が柔らかく返答する。

 火星派遣艦隊のトウドウ総司令、本艦の情報戦発動、最後に火星からの通達。

「機会はこの一度、ワントライ&フィニッシュ」

「失敗したら? 」

 リンから言わずもがなの確認。

「戦争だ」

 時計を見る。

「それじゃヘル、まずは月を」


 通例には静穏ながらも常時切れ目なくスタッフが行き交わし、空間密度が増すような熱気が、つまり情報が満ち溢れる当施設あったが、現在は唯独りの当直を例外に、ほぼ無人の空間と化していた。

 その一画、通信コンソールに外信が着信していた。

 上から下までどんちゃん騒ぎの月祝賀会の中にあって、唯一人職務を遂行していた彼、月航宙保安局情報本部長は自席から歩み寄り、最高権限行使で躊躇なく太陽近傍を発信源とする不明体、自称「ヘヴンメールボーイ」からのコールに返信した。

「こちら月、何者か」

「多忙の中突然の連絡、大変失礼する、小職は地球連合環境省宇宙庁航宙保安局外宇宙艦隊所属1番艦エンタープライズ00、艦長、地球連合航宙保安局大佐、タロウ・サクライ」

 本部長は交信の片手でデータ照合、職務権限で宇宙庁航宙保安局に照会依頼、肉声声紋解析、生体認証、同定、本人認定。

「宜しいサクライ大佐、要件は」

「本艦には支援の用意がある」

 一瞬、本部長は絶句した。

「繰り返す、本艦には支援の用意がある。本艦は現在、マリナー11の管制を掌握している、加えて、本艦が持つ通信能力は」

「待て、待て大佐! 」

 流石に本部長は躊躇した。

 露見した? ここまで来て? 。

 ブラフか、いや。

「大佐、君は」

 何を、どこまで知っている。

「ああ、いや」

 とつぜん、相手は砕けた調子で、おもねる。

「月独立記念パーティへの飛び入り参加の申請並びに、サプライズのイベント開催さ」

 相手の送信、その文言を読解し認識し判断するまで、流石に1秒程は要した。

 結果。

 本部長は生涯初めての爆笑を発し、返信した。

「オーケイオーケイ、実にクールだボーイズ! 飛び入り結構、大歓迎だ! 」

 涙目で、続けた。

「で、演目は何かな? 」


「よし、主催者の許可は取れた」

 リンは興奮に上気した顔で。

 サドラーは呆れ果てた苦笑で。

「では諸君、準備はいいか!! 」

「「ヤボール、ヘルコマンダール!! 」」

 最終立案、実行のヘルメッセンジャーが一番威勢良く応える。

 次の瞬間、太陽系全人類領域の通信帯域は、ヘルメッセンジャーの情報発信で占有された。


「臨時ニュース、臨時ニュースです、ああ、これは一体どうした事でしょうか!! 」


 太陽系全域の民放各局を、しかしそれぞれ別々の衝撃映像コンテンツが流れる。

 因みに太陽系東京に提供されたのは「緊急特番! 愉しいムーミン一家! 」


 SSNN(ソーラーシステム・ネットワークニュース)は突撃レポーターの電撃映像を流していた。

「こちらSSNN、新人レポーターの林麗婭です! 私は今! 火星事変和解の証として先日、北米宇宙港から臨時増便された支援輸送船団、その月スイングバイの現場にいます! スタジオ、聞こえますか? 」

「はいこちらスタジオ、新人キャスターのサドラー、取れてます」

※画面はヘルコミ合成です。

「おや、アレは何でしょう?! 」

注:※画面はヘルコミ合成です。

「宇宙海賊対策でしょうか?! 宇宙戦艦の姿が!! 」

注:現在に於いても、宇宙艦艇の最大艦級は、外宇宙艦隊第一艦隊所属、旗艦、外宇宙重巡航艦、ネームシップ「ヱクセリヲン」である。

「こちらスタジオです、おかしいですねー、こちらのリストには載ってませんねー」

「へんですねー」

 SSBBCは緊急スクープ特番を放映している。

「こちらです、ご覧下さい」

「これは……軍人が乗り込むところ、ですか」

「解説の軍事アナリスト、ミス林麗婭、如何でしょうか? 」

「断言は出来ませんが」

 一拍おいて。

「解体、陸海軍に吸収された旧海兵隊所属の兵員、装備であると推測されます」

SS中央台

「これは一大事アル」

SSカリオストトロ皇国

「見てくれ! 地球の背信だ! スクープを追ってて、とんでもないものを見つけてしまった! どうしよう? 」


 英雄になりたいか。

 男子に生まれ付いた者、一度でもそれを願わざるや。

 環境映像として投影された宇宙空間、それを艦長室で、テルオ・トウドウ大将はぼんやりと、半ば茫然と眺めていた。

 大将。

 別に准将すら望んで得た地位ではない。

 それが、大将だ。

 凱旋すれば、元帥に推挙される、恐らくは。

 人類分裂の危機を、一身を賭して阻止した英雄として。

 テルオは顔を歪め、両手で覆った。

 声も無く、双眸から雫が宙に放散した。

 失敗した。

 外宇宙への道を閉ざされたときから、私の人生は朽ちていた。

 そう、別に恒星間宇宙にも、栄誉と栄光を求めたのではない。

 なるほど、隣の星系まで往還すれば、人類初の一員に連なれば、歓呼で迎えられる事ではあろう、ニール以来、それ以上の偉大な一歩か。

 しった事か、興味は無い。

 行ってこいでも構わない、宇宙の、世界の果てまで。

 未知を。

 望んだ挙句それが、それがこのざまだ。

 未知どころか手垢と汚辱に塗れた人類史のありきたりで醜悪な再演。

 その大根役者に抜擢され、舞台に放置されている。

 因果を含められるまでも無い。

 仮に一存で、現状をメディアにリークしたにせよ。

 黙殺され、代役が立てられる、ただそれだけ。

 何も変わらない、解決などしない。

 殆ど無意識に欲し、呼んでいた。

 ワンコールで、相手は出た。

『マリーは死んだ』

『……』

『看取った、これから埋葬に逝く』

 相手は無言のままだった、そのまま切った。

 どれだけそうしていたか。

 柔らかなアラームに我に返った。

 艦外映像は消去されている。

 ああ、時間か。

 テルオは定時巡察、CIC、戦闘指揮所に移動すべく、鍛え抜かれた精悍な四肢を全く感じさせない鈍重な身ごなしで自室からよろけ出た。

 んー。

 ちょっとクサすぎかな。

 そして、予期しない喧騒に迎えられた。

「司令」

 作戦参謀の殺気だった問いにテルオは、おう、という気の抜けた声を返す。

 殺気立った?? 。

 なぜ、何を? 。

「月の艦隊です、最新情報です」

 ……はい? 。

 なぜここで、月が出てくる。

 CIC中央に展開するインフォメーション、月艦隊のムーヴ、作戦行動軌道要素、テルオは呆然と眺める内、次第にただならぬ作戦環境、自分たちが今、戦場の只中にある現実認識を呼び覚まされた。

 抜き打ち緊急大規模救難演習作戦、そうした外部情報はこの際無視してよい。

 現実として、我が地球艦隊は月艦隊の獰猛な戦闘機動。

 その推計未来位置、機動方向に針路を。

 頭を抑えられる、られた。

 もし月に戦意があるなら、我が方はあっけなく全艦残らず殲滅される。

「情報参謀」

 声に怒気が宿った。

「何をしていた、寝ていたのか」

 相手はしかし、抗弁すらしなかった。

「油断していました」

 報告した。

「月の欺瞞は見事でした、先の通りの緊急大規模演習、ほぼ稼働全力の一斉離床により月母港に生じた大規模情報雑音に我が方センシングは幻惑されました、そして」

 月主力艦隊の軌道要素を示し、続ける。

「本艦体のセンシングをそのデコイに引き付けている間に、月の主力艦隊は先行潜伏宙域、ここです、パッシブセンシング、主機停止での完全秘匿から戦闘機動開始により存在を暴露しながら現軌道に遷移、今の現状がそれです。」

 唸った。

 参謀の落ち度は、責められない。

 完全に相手が一枚上手、いや。

 総ては、弛緩しきっていた、俺の責任だ。

 それからテルオは間抜けな事実に思い至る。

 ちょっと待て。

 月と、交戦? 。

 戦争するのか、俺たちが、今?? 。

 いや。

 かぶりを振って改める。

 一方的な攻撃、殲滅。

 会敵予想宙域は見事に月のウラ。

 鈍重な船団、否、火星爆撃艦隊は退避も逃走も不可能。

 つまり戦争にはならない。

 不幸な事故、これも、歴史の定番か。

 いやこれこそが、歴史が用意していた本筋だったのかもな。

 知れず、乾いた笑いが漏れた。

 これで、歴史を出し抜く裏ルートだ。

 おい火星、マリ姉、そして、ヘル。

 やってくれたな、実験艦。

 俺たちは勝ったぞ。

 正しく、勝利した。

「司令? 」

 参謀たちが怯えた眼で総司令官を。

 自分たちの未来予測をそこに見る。

 結果はまだ、早くても3時間は先だ。

「私の不徳の致す処だ」

 テルオは首を垂れながら告げた。

「少し時間をくれ、思案がある」

 これも定番の、無条件降伏という用語の向こうに、更なる輝きが兆していたのだ。

 ……なんちゃって、な。

 その場で思い付けたら天才か基地外だよ、ふんとに。

 艦長室に戻ったテルオは施錠し、三度相手を呼んだ。

 また、ワンコールで出た。

「やあ、お久しぶり」

「……」

 相手は暫し声をとぎらせ、ようやく応える。

「待っていた、ほんとうに、待っていたのよ」

「うん」

 テルオは文字通りと化し、それでも男子の気概全軍突撃の気迫と勇気で発した。

「墓守の決心が、付いた」

 結婚は人生の墓場、それが口癖でモットー。

 なんと色気のないプロポーズ。

「赦してくれるかい? 」

「直ぐに、飛んでいらっしゃい、貴方」

「ああ、なる早でね」

 もうシナリオじゃない。

 吹っ切れた。

 ようやく総て、吹っ切れた。

 これは俺自身の決断、祝福すべきベストチョイスだ。

 太陽系の外、世界の果てまで追い求めるまでもない。

 未知はそこに、これ程に魅力的な形で、手招き心待ちにしていてくれた。

 しかしまあ、だいたい全部英雄の演出、手配の為せる業なのか。

 結局俺が演じたのはただの大根役者だ。

 まったく、幸運なことだった。


 艦隊トップが斯くの如きにして艦隊の士気は最悪だった。

 艦隊チャットは非番のレスで埋め尽くされていた。

 外部へのリークはともかく内部は既にがっつり汚染完了、まっくろくろすけ状態。

 そこに、大将は現れた。



 一等自営業ktkr!?。

 待て、お前ら、逃げるな!。

 

 大将アバターが一喝する。

 

 シスオペ! 。当直警戒以外の全艦隊員を集めろ! 。今から訓示する。

 

 アイアイサー!! 。

 

 いったい何が。

 

 よし、総員注目! 。今から決を採る。

 

 決?? 。多数決??? 。

 軍隊で???? 。

 

 この作戦に反対の者、オレ以外に一人でも居るか!。

 

 数秒後、ヤンキーステーションは未曽有の混乱に叩き込まれた。

 最初それは、太陽近傍宙域を発信源とする海賊放送として出現した。

「なんだ、コレは」

 当直の通信士官は訝しんだが、事態はそれどころでは無かった。

 放送開始からあっという間に民間からの問い合わせが殺到、パンクこそしないものの外線の総てが埋まった。

 通信機能、一時的に全面マヒ、上級系統に判断を仰ぐべく平で発信しょうとしたらそれも出来なくなった。

 基地回線に向け大量の通信が押し寄せて来たのだ。

 デコード本文判読により混乱は更に拡大。

 それは火星派遣軍の、総司令官を筆頭とする、艦隊全将兵の辞職届であった。

「マーズランナー01、マーズランナー01! 、こちらブルーアース、トウドウ大将、応答されたし!!」

 もう訳が分からないが対処行動はとらねばならない、辛うじて確保したラインで呼び出しを掛けた。

「マーズランナー、こちらトウドウ」

 いちおう、相手は応答した。

 もちろん問い詰める、これは一体なんの真似か。

「ブルーアースよりトウドウ、マーズランナーより着信した大規模非正規発信について、説明を求める」

「トウドウだ、見て判らんか」

 感情が抜け落ちた平板な回答。

 ヤンキーステーションは蒼ざめた。

 本気だ、あの名物男! 。

「こちらブルーアース、再考を求める、繰り返す、再考せよ、速やかに原隊へ復帰し、作戦を継続されたし! 」

「やなこった」

「わかった! じゃあそのまま戻って来い! 」

「それもできんな」

「……は? 」

「さらばだ、地球」


 

















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