D-DAY(+X2) 三者会談

 ラテルと戯れ、気ままにシャワーを浴び、リンの時間は過ぎて行った。

 偶にヘルメも交えタロウとゲーム。

「『レシピ』の漏出、嫌疑も何もこうして自ら……」

 何度目かのシャワーから居間に戻ると、タロウと談笑している客の姿が彼女の視界に入った。

 あ、おじゃまします。

 言って、入り掛け、リンはようやく、気付いた。

 ……はい??。

 シャワー使用許可解禁前のちょっとした小競り合い、タロウとの問答が蘇る。

“「パワハラじゃないねえ、貴職と小職に職務上の関係も序列もない、嫌がらせ? 、友好的な情報共有ですが何か問題が、ミソジニー、衛生管理にセクシャリティは影響しない、ジュネーブ条約違反、戦時下でも無ければ勿論交戦の事実も存在しないので捕虜虐待にも該当しないなはて、ホラ、ぼく軍人だから、脳筋なんで、ハカセみたいに難しい事わからないのごめんねー、ではそんなボクちゃんから天才博士にかんたんな出題です第一問、ちゃっちゃっちゃーハイ、ここはどこ。」

 ぐぬぬああ言えばジョーユー、伊達に佐官やってねえな。

「……軍艦の艦内です」”

 ……ちょっと、待ったあああ!!。

 何がどうやって!!。

 ラムジェットを主機に深宇宙を長期巡航、最高準光速に達する大初速を未だ殺しきれずしかもこれから正にアツアツ太陽に向かってスイングバイ軌道にある!! 本艦に!! 誰が何をどうやって移乗可能だと言うのかいや不可能だ反語表現バカ言ってんじゃねえぞイヤ私解説乙。

 じゃあ、誰。

 いや、何。

 幻覚?? 。

 私、緊張で、発狂した……? 。

 ぐるぐるぐる。

 身心共にループ、考え込みながらその場でひたすら文字通り歩いて廻っているリンを見兼ねてタロウから声を掛けた。

「そこでナニしてんの? いいから来なさい、紹介するから」

 おずおず入室すると、知った顔、声で客は先に挨拶を投げて来た。

「やあ、その、お久しぶり」

「!!!!!!!!!! 」

 あーとタロウ。

「言っとくけどキョンシーでもゾンビでもない、改めて紹介しよう、こちら、航宙保安局情報室所属モッラー・サドラー退役少佐」

 サドラーは照れ笑いのような、それはもちろん気恥ずかし気な、でも少し、いたずらっ子が軽く叱られるときにも似た態度で、リンに対した。

「そういう訳で、ある意味初めまして、だね、今後とも宜しく」

 サドラーの蘇生はリンを連れて帰艦、艦内を案内するついでに立ち入り禁止指定した個室、自分と、リンに割り当てたそれの残り一つの中で既に実施していた。

 もちろん、生半な事ではない、ほぼ一昼夜後の、再生した彼の初対面での第一声。

「七味唐辛子入りコーヒーって地獄ドリンクで偽死モードってドン判ですか責任者、設計者、プロジェクトリーダー今すぐ出てこいお前らホントに試飲したんだろうな!!」

 激怒していた。

 タロウは心から同情してた。

 もし来世があっても、この時代の宇宙軍バイオロイドだけは絶対に選択すまいと心密かに決意しながら。

 退役軍人で現職諜報部員、エージェントでしかもバイオロイド。

 リンのぐるぐるは却って増大、うーんうーん。

 はっ!。

「ナノメディ関係ないじゃん!! 」

「だからいったじゃん、違うって」

 タロウやや憮然と。

 そしてリンは思い出す、自分の醜態。

 頭を抱えてうずくまるリンの頭をよしよしと撫でながら、その手を取り立ち上がらせ、席に落ち着かせる。

「大丈夫、あの時点では仕方ない、特に君は無駄に頭脳明晰なだけ沼った、才女あるあるのちょっとした不幸だよ、忘れる、努力する、このネタではけっして弄らない今ここで誓約する……」

 言って、タロウはその場で決着すべく、白状した。

「ごめんなさい爆笑するの必死で堪えてました、なあ、ヘル」

「やー、へるこまんだーる」

 電子副官まで棒読みしやがった!、お前もノリノリだったじゃねえかあ!。

 もうお嫁にいけない、やっぱトランス一択だったか。

 いや、いや、いや。

 少し、待って欲しい。

 それというのもそもそも……。

 あああああああああああああ。

「軍機……」

 呪いの言葉をリンは自ら探し当て、場に押し出す。

 たった一言、死んだフリだって、明かしてくれればそれで……。


「でも実は生きてたってベタだよね」

「そうだな、スレたミステリ読みなら冒頭展開ハナで笑うよ」

「実は人間じゃないってのもSFとして恥ずかしいんじゃ?」

「まあシリアスの皮を被ったコメディだそうだし」


 メタバレはもういいかな諸君。

「いや、笑ってばかりもいられないんでね、理由は、ちゃんとあるんだ」

 自然と議長役に収まったタロウが本筋に戻す。

「まずリン、サドラーの存在自体がスキャンダルだって事は、理解してる? 」

 リンはキョトンとし、次いでピコーンと。

「えっ、あっ! そ、そうかぁ」

「うん、将官の首がダースで飛ぶな、文官も懲戒免職の嵐だ」

「だから、事件そのものの、隠ぺいを」

「だぬ」

「むー」

 で、そっちは? 。サドラーにも振る。

 蘇生からこっち、捜査漬けだったのだ。

「その前に、一ついいかな、リン」

「? はい? 」

「キミは、月、地球、火星へ文書転送業務もしていた、よね? 」

「うん」

 正直、面倒くさかった。

「ほら、シロだ」

「だね、驚きのシロさだ」

「??? 」

 二人にぐいと詰め寄られ、リンはたじたじ。えー?? 。

「それ、公聴会でも証言出来るね? 」

「ナニ、なんのハナシ?! 」

 たまらず悲鳴。

「キミは、重要機密情報の漏洩に関与していたんだ」

 サドラーの眼がすっと細まる。

「……」

 ぱくぱくぱく、酸欠のサカナの様にリンの口が忙しなく開閉する。

 知らずにビルの谷間を綱渡りしていたのだ。

「問題ない、善意の第三者だ」

「否定してたら、少しばかり、面倒な事になってた」

 記録してるな、ヘル。

「もちろん、サー」

 ヘルメッセンジャーは書記に徹していた。

「まず重要課題が一つ片付いた。拘束が必要か、少佐」

「いえ、不要です」

 リンはがくがくと震えている。

 軍人、大佐と。

 諜報部員、少佐。

 その現実が、眼の前の光景が今ようやく、実感を持って迫って来た。

「ちょ、ちょちょ」

「?」

「と、といれ」

「あーいっといれ」

 親父ギャグに突っ込む気力も無い。

 ほんとにげりげりどばー。

 吐いてひってふらふら戻ると軍人二人はぼそぼそ小声を交わしていた。

 不意に視線が飛んで来る。

「ひい」

 タロウ、にっこり。

「おかえり、大丈夫だいじょうぶクールダンクールダン、Take it Easy! もちつけ」

「レディには少し刺激的だっかな? カワイイ無罪さ、胸張って」

「あっハイ」

 なー。

 ラテルが膝に乗った。

 ごろごろ。

「ちっ、なついてやんの」

 タロウが唇を歪める。

 おかげで少し人心地付いた。

「さて、次に現状把握だ、リン、これからは一人の観客だよ、感想だけでいい」

「う、うん」

 現状把握? 。

「本艦、の? 」

「身の振り方、かな」

 ? 。

「軍人なのに? 」

「だからこそさ。 勝機の見極め、身心の保全」

「軍命は? 」

「そこだよ」

 ぴっと指を立て。

「本艦は今般着任にあたり、長期単独試験航宙という任務の性質に鑑み、その達成可能性への担保として軍艦にあるまじき柔軟な自己裁量権限を認証された。先の演技の如きは、はんぶんホントだ、だからこそ、戦略、作戦、戦術の立案が可能で、必須だ」

「キミの聡明なスーパーバイズを期待している、ホントだよ? 優秀なアナリストだ」

「えっ、あっ、そ、そう? 」

 てへぺろ。

「少佐が喰らったのは、月の宣戦布告だ」

「……は? 」

 リンは二人を交互に見る。

 サドラーは深く首肯していた。

「ど、ど、ど」

「情報屋が洗ってるのは方法手段、あと証拠だ」

「ちょー! ストップ」

 リンがぶんぶんと挙手。

「あ?」

「ここからか……」

 大佐は顔を歪め、少佐は顔を上向かせ嘆息した。

 いいかい、とタロウ。

「可能行動の問題なんだ、地球の偽旗でなきゃ、月以外にない、出来ない」

「算数の、引き算ですよレディ」

 こ、こ、こいつら。

 この、ウォーモンガー共が! 。

「地球の、テロリストは? 」

「ゴメン、その線はもう潰した」

 ぐぬぬ。

「で、でも! 地球と月って一身同体というか一蓮托生というか、だって! 月って地球の衛星でしょ? 」

 はっきりと、二人の顔に失望が浮かんだ。

 ざんねんな子を見る視線がぐさぐさ突き刺さる。

「やめてそんな眼で見ないで! 」

 両腕を掲げ身を護ろうとする。

「宇宙の地政学はね、リン、物理学に従うんだ、モデルを再構築してくれ」

 その一言で十分だった。

「あ」

「おー」

「そうか、判ったぞ! 」

 ぴこん、ぴこん。

「宜しい、では正解は? 」

「ハイ先生! 井戸の底と上です! 」

「良く出来ました、花丸あげよう」

 え、あれ? 。

「ちょちょ、先生! 」

「ハイ、リン君」

「だったら益々判りません! 圧倒的戦力を持つ月が、なぜこんなまどろっこしい手段を? 」

 今度は真逆だった。

 ぱあああっと二人の顔が輝いた。

「大変いい質問です、リン君」

「そこですレディ、月の戦略が何処にあるか、なのですよ」

 やったあ! 小さくガッツポーズ。

「確認しよう、月のベストムーヴは? 」

「先制奇襲」

 即答する、もうリンは肩を並べた。

「1日あれば決着するな、後は戦後処理だ」

「なのに、月は」

「そう、なのに、さ」

 リンは眉根を揉んで、むー。

「……交戦の意志は、無い、と」

 はっと、二人は顔を見合わせる。

 リンが顔を上げると、二人はかなり難しい顔で考え込んでいた。

「それは、盲点だ」

「いやいやいや」

 おーい、リンは手を振り、無反応なので、パンと手を叩いた。

 わ。

「おどかすなよ! 」

 魂消た、と大佐。

 ちっちっち。

「そんなに難しい事? 奇襲の不利を捨て、でも宣戦布告って、つまり、月の何らかのシグナルなんじゃないの? 」

 がーん。

 軍人たちは、明らかに衝撃を受けていた。

 正に、奇襲。

「ちょっとキミたち」

「「ハイ先生」」

「クラウゼヴィッツは未履修なの? 戦争前提だから自家撞着の弊に落ちるのよ、戦争は政治の手段、これ、キホンのキ、です! 」

 学者だ、コイツまちがいなく学者なんだ。

 二人の眼が、怯えている。

 軽く食事を済ませたあと、ルールが変わった。

 サドラーが情報を出し、タロウが軍事顧問を務め、リンが考察する。

「正直、火星で何が起きているのか、地球では掴めていない」

 出オチでお手上げ、とサドラー。

「幾ら不安定化工作を企てると言っても、全く火種がないところに着火出来るもんじゃない」

「火星で反地球感情が高まってる、とか全く聞いたこと無いもんなあ」

 タロウもボヤく。

「偶発的、と考えるしかないのかも、何かのきっかけで、そういうモメンタムが生じて」

「後を、月が引き取ってうまく廻した? 」

「かもしれない、かもしれない」

「覇権主義、ではないという事ね、いえ」

 リンは宙を睨みしばし言葉を探し、つまり、と。

「地球に代わって火星を掌握したい、のではないもちろん、地球の過失を期待している……」

 また学者センセイが呪文を唱えはじめたと軍人たちは身構える。

「武力を介さない、権力交代劇、無血クーデター、代理覇権抗争」

 おもいつくまま幾つか単語を並べた上でリンは二人を交互に見、自らの結論を提示した。

「政治政策上での、奇襲」

 とは言え何をどれだけ積みあげても思い付き、茶飲み話以上の展開が見えない、確たる情報が何一つない現今しょうがないとはいえ。

 航宙開始から16回目のシャワーから出てくると軍人二人はしらけた顔で一つの画面を眺めていた。

 中空に開けたホロテレ、ニュース番組を。

 いや、実況? 。

 数民族の音声に同時通訳がテロップ。

 曰く、地球人は火星から出て行け。

 出て行け~!。

 シュプレヒコールである。

「ほ、ほら、反地球感情」

 震える指で示すリンに二人は何故か冷笑。

 またかーなんじゃそりゃー! 。

 タロウが低い声で言うのをリンは凝視した。

 耳を疑う、あれ、ヤラセだぜ、と。

「や、や、やらせえ?? 」

 よく見ろ、別の指が画面を指す。

「まずモノが壊れていない」

 え、でもあんな。

 指摘されて気付く、破片が無い、火も煙も。

 警備と民衆が押し合う、ほらホラ! 。

「密集が無い」 

 ほーあれでと悪い顔付きのリンに構わず大佐は淡々と自分が観察した事実を述べる。

「自然発生の熱狂はあんなもんじゃない、参加者全員、実に冷静、抑制され、統制も見て取れる、それに見ろ」

 画面を止め、子供の一人の顔をズーム。

 無邪気な笑い。

 狂気も恐怖も含まない。

 リンにも初めて、それが、この光景が理解出来る。

「大人も変わらんよ、画面で、反地球感情に身を焦がし心の底から制御不能なまで激怒している、その老若男女はいったい何人見つけられる? 。」

 大佐から顔を再び画面に戻すと、ライブの脇で男女人気アナが何か活発にコメントを交わしていた。

「じゃあ、でも、なら、あれはいったい?! 」

 この画面だけでそれが判れば僕たちは失業ですよ、レディ。

 少佐が吞気に応じる。

「しかし、情報が無いのも事実だね、正直」

 サドラーは両手を掲げ、おどけた。

「映像以上にこいつはコワイ光景だよ、情報稼業としては特にね」

 現地のライブ映像を前に情報が無いと切って捨てる、この見え見えのハリボテを用意し世情に晒す意図とはと。

「ただのテロならスポンサー次第だが」

 タロウも首をひねる、むむ。

「一筋縄ではいかんな、コレ」

「評論家みたいな言ったつもり発言禁止! 」

「ああこりゃどうも、だぬ、ふーむ」

 サドラーはいきなり立ち上がり歩き回りながら文句たらたら。

「誠心誠意不測と犠牲を回避、恐れつつ、ならなぜ交渉のテーブルに付かない、事前の発言が無かった、情報もだ、ムジュンだ、ムジュンだらけだ」

 思い付くまま列挙した。

「絵描きはホントに月か、地球の場外乱闘?、尚無い! 目的は! 感情は煽れるが不燃物の山をどう焼いた、いやいやアレはそもヤラセで、それこそ誰が何の目的でだSXXX! 」

 れでぃ、れでぃがみてますよー情報少佐ドノ。

「やれやれ、火星の天地は複雑怪奇なる新情勢を生じた、な」

「そこ! 歴オタも禁止! ムダに下げるなリーダビリティ! 」

「ハイセンセイ」

 なー。

 しかり、しかりとラテル。

「ホームズもそうよねー」

 いきなり何かのなりきりヒロインするリン、ヌコ正義。

 んん? 。

 なにかひっかかる。

「ハイ、サドラー君に質問」

「何かなレディ」

 サドラーはひとまず腰を降ろし、何かヒントをと画面の放言にしかし呆れ顔。

「プロは見破ってるのよね、そこのセミプロでも」

「背景はともかく、ここに画かれた絵図はね」

 それが? 。

「当然、仕事する? それともサボり? 」

 少佐は流石に鼻白んで見せた。

「センセイにいじめられる~」

 似合わない泣き真似をすぐに取り下げ、じゃあこっちも質問と。

「日常監視で太陽面の異常を検知した、どうする。 」

「記録し、場合により報告。 」

「人類規模、大災厄」

「即時緊急報告」

「では軽微、現に同僚も上司も無視。でも君以外気付いていないとしたら? 、しかもだ、微細だが現行モデルに合致しない、貴重な研究材料であった、とする。 」

 くいとサドラーは顎をしゃくる。

「さあリン研究員、貴重な監視データを是非、報告を? 。疎遠な同僚や来月交代の上司に、そのメンツを潰して。」

 うわあ。

「情報部は」

「報告はする、必要なら説明も、でも説得まではしない、まして判断は」

 親指で指し示し、少佐は発言する。

「作戦も目的も不明、だが、これは素人の手に負える学芸会じゃない」

 唇を、しかし心地無したのしげに歪め、確言した。

「月に居る御同業のアートだ、毒コーヒーを掛けてもいや」

 ナシ、それ以外なら何を掛けてもいい。

 急所で謎の反転を見せるもまずまずの論旨。

 しかし尚全貌が見えない、うっすら何かの感触はあるにせよ。

 群盲象を評すか、とっかかりの部分要素から詰める以外の方策は。

 情報部は、とリン。

「自らの観測結果を素直に報告はするものの、つまり欺瞞、あれがフェイクである事実について、可能性の指摘に留めるだろう、情報精度及び確度からの職能上での帰結並びにナチュラルな保身を含め、だと。」

 サドラーは特に否定も肯定もしない、様子にリンはふん、と軽く鼻を鳴らし続ける。

「つまり指導層は超訳映像からくみ取られる、火星独立闘争という、みてくれそのままの評価から判断を下す」

 多言語から発する反地球言質の末尾に、見るものには読み取れる(w)ワラ、草生える、おこっちゃやーよ、演出者の意図は削ぎ落され、大根な演技だけが観客に届く。

 予算不足が原因で現実を演じられない不備では無く、ハリボテをそのまま撮影し上映する者の必要、心理とは何かうーんぐるぐるぐる、何か掴めそうでスカる堂々巡りウロボロス。

 現実は完全に斜め上だった。


「で、ナニ、初日にそのまま、シタ、ワケ? 」

「えー、あー、ハイ」

 定時会合というワケでもないのだが。

 メガフロート沖で海鮮パワー? ランチ。

 テルオはマリーに最新レポ。

 ちらとアネキの表情をうかがうと、意想外な色があった。

「やったじゃん! やるじゃん、いいねイイネ」

 喜色満面である、アレ? 。

 ぜったいグーで鉄拳制裁の覚悟完了だったのに。

 ふんふんそう、ルナリアンの彼女ね、うんうん。

 上機嫌でロブスターのサシミを頬張る。

 いや、厳密にはアレは人間だけど無性で……。

「こまけーこたーいいんだよ! アイシテル、愛し合ったんでしょ、あんたら」

「うん」

「じゃ、いいじゃん」

 そのまま公聴会モードに突入。

「他には、なにか話した」

「ん、ああ」

 全く、ルナリアンの気宇壮大。

「外宇宙艦隊を月に引き抜く、とか」

 マリーも流石に眼が点。

「いやそれは、まあ、最終的にはベルトか外惑星辺りに拠点を構えるんでしょうけど、そうね、そりゃ地球軌道より月に置いた方がいいでしょうね」

 優等生回答でお茶を濁す、が。

「やっぱ、ナチュラルに上メセというか、産まれついての太陽系エリートは目線が高いわね、井戸から井戸に渡りをしようと四苦八苦してる私ら重力原人……」

 不意に、彼女の手が止まった。

 あらぬ方向にその顔、視線が釘付けになる。

 テルオもそれを見た。

 火星最新情報、緊急特番? 。

 マリーのコムが震えた。

 血の気の失せた顔で何事か言葉を交わす。

 切る、掛ける。

 凄まじい勢いで、フリックタップフリックタップ。

「ゴメン! 急用!! 」

 2、3枚の札を握りだし叩き付け、マリー・ランデン火星開発本部副部長は慌ただしく席を立った。

 なすすべもなく、ただその背を見送る。


『緊急特番!! 火星臨時政府声明発表!! SSNN火星支局5分後に独占生中継配信』

 テロップが流れた。

「ヘル! 」

「アイサー」

 新たにスクリーンがポップアップ。

 画面中央に火星臨時政府代表:シビル・ハイヤードの表札を胸元に置く女性の姿。

 若く見えるが年齢不詳、美貌、という表現すら似つかわしくないどこか現実離れした透明感と、見る者を惹きつけながら何故かに幽けき、到底組織の代表は勤まるまいという線の細さ、が、それらをまとめて覆す静謐かつ強靭な視線を緩く巡らし彼女は口を開いた。

「火星臨時政府のシビルです」

フレームの外では裏番閣僚の面々が固唾をのみ、或いは興奮し眉をひそめ見守っていた。

 教授は少し離れた位置で事務チェア背もたれを抱き身を緩やかに揺すりながら泰然と眺めている。

 眼光は何時になく険しい。

 彼も緊張している、そう見える。

 彼自身以外誰一人、早打ちが何処で磨かれたのか、知らない。

 今この瞬間に総てを破壊可能な能力も。

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