D-DAY(-X3) 実験艦

 政局の乱流に呑まれ溺死しないよう必死にばた付いている内宇宙艦隊に比べ、凪いだ海の如く外宇宙艦隊は平穏であった。

「と、日記には書いておこう」

 何しろ、まだ保有戦力が0だもんね。

 内宇宙艦隊に就任した同期が顔文字を交えながら半狂乱で喚き立てているのを流し見しながら、休まず遅れずルーチンワーク。

 閑職じゃないよ、失礼な。

 打ち返して幕僚と笑い合う、そっちもか。

 外宇宙艦隊こそ、精鋭であり、エリートなのである。

 人類の版図が恒星間宇宙に進出した暁には、だ。

 それが100年後か或いは孫の代かは判らないが、ひょっとしたら存命中に間に合うかもしれない、そういう時代だ。

「夢と希望と栄光の~」

「ああ我が外宇宙艦隊~」

「将来性は無限遠~現有戦力無限小~」

 そして今彼が手掛けているのは正に、艦隊にとって初の動産、深宇宙巡航能力を備えた機材の仕様策定であった。

 あくまで基礎研究、実証実験の機材でしかないので艦籍簿には載らない、セレモニーの中華々しく進宙する一号艦が予算化されるにはまだまだ課題がある、が、間違いなく実体を持つロードマップ上のマイルストーンでありパイオニアである。

 図面は我々が引く、カネは海と空の連中が出す。

 三軍。

 内宇宙ですらない、井戸の底で呻いている人類史の老廃物。

 サバイバルの手助けになるかは知らんが、有難く頂いておこう。

 紀元前、1897年にコンスタンチン・ツィオルコフスキーがロケット推進に関する公式を示して以来、今日に至るまで、人類の手になる航宙飛翔体は唯一つの例外も無くこの上で運行、航宙し続けている。

 地球地上から大気燃焼と揚力により初速と高度を獲得しそのまま僅かなブーストで軌道に至る所謂スペース・プレーンはスカイフックの建設、増設によって、井戸から上に昇る手段としてはエレベータの時刻表に間に合わず、それでも元が取れるか非営利の即配便という補助手段となった。

 ここで注目したいのが、成層圏より上の希薄大気と高真空宇宙軌道を遮り流れる広くて深い河をどう押し渡るか。

 ラムジェット。

 大気を燃焼では無くエンジンが捕捉した組成分子を加速、反動推進する。

 燃焼推進不可能区分をこれで航行するのだ。

 今、彼の手元で形を為しつつある外宇宙航行実験艦の概念設計もまた、この延長にある。

 地球近傍とは比較にならない太陽系外、星系間深宇宙空間。

 そこを通例の宇宙燃料、太陽系内惑星から推進材持参で行おうとしたら必要量はそれこそ正に、修辞的には天文学的、予算規模として外宇宙艦隊予算枠ぜんぶ、全員給与返上無給で1000年いや人類文明滅亡その日まで積み立ても足らない、却下、の一言である。

 そこで、ラムジェットなのだ。

 太陽系の重力圏を脱するまでの初速は持ち込みで、以後、深宇宙航行はスペースプレーンがしたように、星間物質を使って飛ぶ。

 無論地球近傍空間とは比較にならない深宇宙空間、ラムジェットエンジンは艦の進行方向に存在する星間物質を地球、月の距離38万キロなど及びもつかない数億キロという、地上感覚ではいったいお前は何をいっているんだというスケールの電磁場、ラムスクープ、「じょうご」でキャッチし加速吸引し艦内で後方に蹴り飛ばし反動で加速、最高速は準光速、光の速さの1~2%、此れを目標とする。

 ヲイヲイ、いくら宇宙でもそんなブッ飛ばして大丈夫か? 。

 そう、だから、実証実験機材なのだ。

 一口、緑茶を含む。

 それにしても、とここは苦笑せざるを得ない。

 戦闘艦に宇宙海賊。

 ハ! 。

 御先祖さまもノーテンキで無責任な想像をして下さっていたもんだ。

 常備兵装、そんな死荷重を気にせず積載して航宙出来るようになるには、さてあと何世紀かかるものやら。

 無届整備場所と製造能力を持つ宇宙拠点。

 宇宙海賊ねえ、それくらい世界が豊かな空間になる日が待ち遠しい、まして恒星間宇宙、とうぶん我々の出る幕ではないな。

 そうこうしている内に定時になった、今日はここまで。

 休まず遅れず残業禁止。

 手早く作業内容を保存し端末を落とし、残ったお茶を飲み干すと給湯室へ戻し、庁舎から出た。

 飲みにケーションなどというハラスメントは紀元前末期にはもう滅亡していた、ので独り気楽に退勤出来る。

 見上げる、眼の前、フックを。

 内勤の彼は職務であっても、未だ一度も宇宙に出ていない。

 それは、必ず来る

 決めているのだ。

 それは、その時は、こいつが進宙するその時、事業部長として立ち会う、その時にだと。

  

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