第6話 彼氏彼女の事情
もろもろ文字通りFlush in waterしてきれいさっぱり余は満足じゃとほこほこ湯上り上機嫌で戻って来たハカセに対していいように上げて落として弄り倒していた大佐に余韻はなくむしろげんなりした様子が。
……。
髪をばさりと降ろした彼女に何か呼び掛け震える指差し掲げた右手を左手ではたき落としああいやいや、かぶりを振り、そして。
「女王陛下におかれましてはご機嫌麗しく誠御同慶の至り」
「うむ、よきに計らうがよいぞ! 」
何食わぬプレイ再開、僅かに逸らした視線は、トランプ一枚み~つけたリンの瞳に輝く一閃を見落とす。
これも再生素材から排出されたオーダーメイドインナーをリンは身に着けていた、エアロック通過時に採寸したらしい手際の良さ。
と。
ふたりの間を黒い影が横切る。
何、クロネコ? 。
不吉な。
……はい? 。
「ネコー!! 」
「……ああ」
「クロネコー!! 」
「うんそう」
じゃなくて!! 。
「なんで!! ネコ!! 」
「イヌじゃない理由は、空間適応能力の差」
「ち・が・う!! 」
眼が合う、なー。
抱きしめた!! 。もふ、もふ!! 。
「好き~!!! 」
なー。
「いいからすこしもちつけ」
奪われたきー。
すかさず奪還。
「4322時間2分36秒耐えてきたのだリアルモフ!! なぜ邪魔するアルカ?! 」
反射的にカウントして我に返るリン。
「え、あ、はい」
しぶしぶ返却。
「いや、いいよ、すきなだけ抱いてて」
突き返された、みー。
「いいの!? 」
「……いいよ? 」
ごろごろごろ。
「名はラテル、彼もクルー、知性化はしてない、殆どバイオロイドだが一応サイボーグでこれも作戦で任務、他には? 」
何も。
ヌコは正義。
何を思うか、ラテルを抱いたままリンはタロウの脇に腰を降ろす。
タロウの視線が揺れる、口を開く。
「結論から申しますと、貴女も推察されて………。」
ノンノンノン! 、きつく、否定。
あー。
「然るにリン、君もうすうす感ずいてるとは思うが」
なかばいじょう投げ遣りぞんざいに。
「判らん分からんわからん、これが現状の総て、だ」
モッラー・サドラーの、死因。
自由落下或いは微小重力下環境での、液体誤飲、溺死。
唯一無二だが真っ先に検証され即座に却下、大昔ならともかく現代それで死ぬなら航宙産業はとうに壊滅している。
飲食摂取物。
直ちにロジから洗われマリナー搬入全資材が製造元まで捜査検証確認され、全てぜんぶ無罪放免。
残るは。
「ナノメディ、障害」
しかしそれは。
「そう、あり得ない、絶対に」
あっては、ならない、タロウが結ぶ。
いつの間か、止めていた息を、思い出した様にリンは吐き出した。
呼吸が浅く、早い。
心臓も、激しい。
箝口令が発令された。
大佐が続ける。
軍規は述べない。
誰も、知らない。
水星で変死なんて、公式にも非公式にも発生してない。
少しメンテが延長された、事実はそれだけ。
本件は、存在していない。
酸欠のサカナみたいにリンの口は忙しなく開閉する。
掴み掛かる、これは、この目の前の男は、実在する。
悪夢でも幻覚でもなく。
君の職場は全人類の存続を揺るがす、政治課題となった。
とおくで知らない誰かがゆがんだ声で何か話している。
ききとれない、いみがわからない、拒絶。
泣いてる。
だれかがおおごえでさけんでる。
ビアン寄りの、バイ。
それがわたし、林麗婭。
確定したのは、院に進んで2年め。
異性より同性への、より強い関心、興味、親愛、求愛。
予感はあった、躊躇も。
後悔した。
もっと早く直視すべきだった。
学究の世界、象牙の塔は人類の科学技術の最前線を標榜しつつその実、人類領域で最も守旧で、おくれた領域だ。
セクシャリティへの認識などそのさいたるものだ、旧世紀初頭からびた一開明していない。
トランスすべきかせざるや。
子宮か、キャリアか、妻を娶らば。
いっそ航宙専業に。
ふたたび惑うわたしをからかうが如く、遭遇した、踏み抜いた、地雷を。
だってそうだろう! 、学長の隠し子だというならそう名札を付けてのぼりを立てておけと誰が指一本触れるものか! 。
おまけに調教開発疑惑、あんたの娘は真正ビアンだよちゃんと親子で向き合え対話しろや仮にも職業教育者の長なら! 。
事の次第、さっさとトランスしないからだばーかばーかチキンとトランスバイペアの両親からは慰めなく笑われ蹴りを入れられる始末、言い方! てめえらの血は何色だああ! 。
潰れたキャリア。
そして、水星出向への志願要請。
それも、いいか、それでも。
その、人里はなれた世界の果てで。
またなのか。
わたしがなにをした。
呪いか。
いったい、なにが。
力強い抱擁に気が付き、眼を上げた。
その先に、慈愛を湛えた、やはり、力強い瞳。
「落ち着いたかい、リン」
こくりと一つ、頷き返す。
少し、休んだ方がいい。
声に、震えた。
無駄に回る脳、これが、呪いか。
一つの解を引き当てた。
いまさらようやく。
「わたしもしんでいれば、よかった」
漏れ出る、止まらない。
「それなら事象は水星ローカル、それ以外助かる、安心できる、時間を稼げる、先送り、問題解決」
「リン! 」
「わたしは、わたしのやくめは」
サンプル、検体。
再現。
現象発現。
死ぬまで。
「生死を問わず、わたしも回収する必要が……」
「それは違う! 」
叫び。
初めての、大佐の、タロウの。
「仮に、仮にそんな命令が届いたら」
決然と。
「断固、拒否する」
「……軍人でしょ」
その本分は! 。
「国民の安全、生命財産の保全だ、これを、この原則を侵すというなら」
叛乱も、辞さない。
リンは、指を立て。
「聞いてるよ? 」
「かまわん」
どうする、俺の指揮権を剥奪するか? 。
「No Sir」
と副官。
「地球連合環境省宇宙庁航宙保安局外宇宙艦隊所属1番艦エンタープライズ00、本艦は特殊作戦任務中であり、軍令にて特命、特例により、その指揮権は完全に独立、最先任乗組員のみに付与されるものである事を、ここに確認します」
またエンタープライズである。
ヤンキーの資金が1セントでも絡めばそうなる、お約束定番宇宙大作戦、これは公理だ致し方ない、で、せめてもの抵抗のパーソナルIDなのだそうなのだ、ヘル。
ま、全部載せ実験艦だからな。
ラテルが首を伸ばし、リンの顔を舐める。
「それ、塩分補給だから」
しってるけど……タイミング。
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