そのあとむちゃくちゃ 降誕祭編
問⑨【苦い思い出の話】
公園で僕たちは並んでブランコに揺られていた。夕暮れが迫り、蝉が鳴いている。今日はずっと彼女の様子が変だった。だから人けのない静かな公園に彼女を誘ってみたのだ。
「関川君って、どんな子供だったの?」
「どんなって、まぁ、よく覚えてないかな。リア充ではなかったけど」
ハハハ、と笑う。まぁそれだけは断言できる。明るくてかわいい彼女とは真逆の子供時代だったと思う。
「わたしはね、昔の自分が好きじゃないんだよね、今も思い出すとつらくなる」
「僕も昔にはいい思い出はないけどね」
「今でも関川君に話せないコト、話したくないコトあるんだよね」
なんか思い詰めた様子でそんなことを話してくる。でも彼女、けっこう小さいことでも悩む癖がある。なんだそんなことか、というようなことでも。
「僕は今のキミが好きだよ。キミといられて幸せだと思ってる」
「でも、本当のわたしは関川君が思ってるような人じゃないかも」
そう言って彼女はそっとため息をついた。
「ねぇ、関川君はわたしの昔の話を聞きたい? 聞きたくない?」
僕には彼女が抱えていたキズが見えていなかった。いや、今が幸せすぎて、見ようとしなかったのかもしれない。でもそれでいいと思う自分がいる。過去はもう流れ過ぎたものだから。
僕は迷っていた……それでもどちらかを選ばなければならなかった。
*** *** ***
【回答】
先程まで夕焼けの眩しかった空を、厚い雲が覆い始めた。彼女の話を聞けば、何かが大きく変わってしまう予感がする。しかし聞かなければならないと、魂が叫んでいるのも確かだ。
「雨になりそうだね。その話は帰ってからにしよう」
「ええ、そうね」
勢いよくブランコから飛び降りて振り返れば、そこにもう彼女はいなかった。不審に思い周囲を探すと、男性顔負けの大技ジャンプで空中三回転を決めてからの二回転ひねりで、公園の入口に着地する姿が映る。少しよろけたが、そこは森末慎二ばりの誤魔化しで『どうだ!』とばかりにガッツポーズまで繰り出した涼子。その様子から、とても気が急いているのが分かる。早々に答えを聞きたくて堪らないのだろう。
自宅に戻って問答無用の一回戦を終えたあと、落ち着いて熟考した結論を口にした。今の僕は賢者さながらの聡明さなので、選んだ答えに間違いはないはず。
「僕は今の涼子が好きなんだ。過去のことなんて聞きたくない!」
「そう……。あれは忘れもしない十五歳。高校入学前の春休み」
「あれっ? 聞こえなかったかな。話さなくてもいいんだけど」
「でもそれは聞きたいって気持ちの裏返しよね。私には分かるの」
普通に聞きたくないんだけど……。
彼女は出会った頃からこんな感じだ。自分がそうと決めれば絶対に譲らない。悪い予感はするけど、こうなった涼子を止めるのは不可能だ。ここは大人しく回想に付き合ってあげるとしよう。
『ここが新宿か。オラ、初めて来たぞっ』
『もしもし、そこの君』
『ん? オラのことか』
『そう、綺麗な顔の君だよ。名前は何と言うんだい?』
『オラ涼太だ! 涼月涼太』
ん? 涼太? 涼子じゃなくて?
しかも口調が、人畜無害そうな顔して牛魔王の娘を孕ませた猿に似てるぞ?
『涼太くんは改造手術に興味はないかい?』
『かぁ~っ。オラ、ワクワクすっぞ』
『そうかい、じゃあこの先にある二丁目に着いておいで』
『おう!』
改造手術? 天下一武闘会じゃなくて?
「そうして私は女になった。そしてフタヒロと出会ったの」
「え?」
「今まで騙していてごめんなさい。でも、貴方への愛が強すぎて……」
「あ、すいません。ちょっと集合」
僕は両手でタイムのジェスチャーを作り、それから彼女と向かい合って二人円陣を組んだ。
「その話はさすがにおかしいよ。僕たちは高校時代から今まで、むちゃくちゃセックスしてきたじゃないか」
「そうね、むちゃくちゃセックスしてきたわ」
おかしいなんてものじゃない。僕が腕の中に抱いたのは、女性の中でも特に女性らしい涼子だったはずだ。しかも彼女のお腹には今……。
「そのおかげで赤ちゃんも授かっただろ?」
「想像妊娠だったの」
「え?」
「想像妊娠とは妊娠していないのにもかかわらず、妊娠における様々な兆候が見られる心身症状の一種よ。精神状態が肉体に変化を起こす一例で、男女関係なく妊娠を強く望む神経質な人間にみられるの」
「解説ありがとう、でも信じられない。もし君が男性だったのなら、僕が今まで使用してきた涼子の涼子は……」
「もちろん、さり気なく誘導したアナルよ。アナルとは『肛門の』を意味する形容詞、最近では肛門そのものを表す名詞でもあるわ。肛門の粘膜組織は人体で最も敏感な部分のひとつであり、個人差はあるけど肛門の粘膜が刺激されることにより性的快楽を覚え、さらには肛門でオーガズムに至る場合もあるの」
肛門って言いたいだけの解説ありがとう……。
最終回なのに、とてもカオスな展開になってきた。いや、今までも充分カオスだったけどSAN値で言えばその比じゃない。その証拠にいつもなら1000文字程度でお茶を濁すのに、今回は既にその枠からはみ出ている。気分はまるでドラマの三十分拡大スペシャルだ。運命をあざ笑う堕天使(悠木)がヤル気まんまん過ぎて怖い。
それなら僕も切り札を出そう。このカードは墓場まで持って行くつもりだったが、そうも言っていられなくなった。
「涼子、実は僕も話してなかったことがあるんだ」
「えっ」
「僕の名前、知ってるだろ?」
「うん、フタヒロでしょ」
「そう。でもね、本当の読み方は『ニチカ』なんだ!」
「そ、それってまさか……」
「君は僕のちんこが小さいと思ったことはない?」
「確かにフタヒロのはポークビッツ……いいえ、初心者用の座薬より小さいわ。しかもマックス時で」
初心者用の座薬って……そんなことを思ってたのか。少しショックだが、本当のことなので座して受け入れよう。
「本当の僕は魔法少女なんだ。変身したときだけ男性になれる。でも、ちんこまで充分に変身エネルギーが回らなくてこのザマさ」
「え”!?」
「因みに魔法少女とは血筋などで先天的に魔法が使える場合と、不思議な生き物から魔法のステッキなどのアイテムを貰い後天的に魔法能力を付与される場合があり、現在では後者のほうが主流なんだ。その他、小説やアニメでは魔女が住処で暮らす日常系、普通の少女が魔法を使わないまま魔法生物や不思議な国に振り回されるコメディなんかも魔法少女物として認知されている」
「熱い解説ありがとう……。でも、フタヒロはあんなにも激しく私の中で散っていたじゃない」
「想像射精だったんだ」
あまりにも涼子が愛しくて、散った気分になっていたんだ。その想いが僕の魔力を刺激して無属性の魔法弾になり射出されただけ……。だから彼女が妊娠したと聞いて『僕の子供ではない』確信が実はあった。でも、それでも。父親が誰であれ、ふたりで育てる子供ができたと聞いたときは嬉しかった。
「じゃあ私たち、お互いに……」
「うん、本当の意味で欲してたんだと思う。今の自分も半身も」
ドスッ――
彼女の前で初めて変身を解いた。男性形態のときに受けた古傷はリセットされ、左手に装着されていたパブリックレールガンが床に落ちる。
「それが本当の……ようやく私たち素直に。ううん、生まれ変われたのね」
「涼太……」
「ニチカ……」
タン、タタンと、窓を叩く雨音はふたりだけのノエル。いつまでもいつまでも鳴り止むことはない。これからの変奏曲を祝福するように。
遠回りしちゃったね――
そう呟いて涙を流す彼女を、僕は力の限り抱きしめ続けた。
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