第77話 流麗のお礼

「やっと……警察居なくなったね」


 流麗は俺に抱き着いていた腕をほどくと、二人の間にしばしば気まずい沈黙が流れた。


「えと……さっきのは何だったの?」


 意を決して、いきなりキスされた理由を聞いた。


「あ……アレはねぇ……偶然廃墟に忍び込んでいたカップルを演じようと思ってたんだ……」


「は? 何ソレ?」


「てゆーか、障害とかでパクられるより、不法侵入の方がまだ罪が軽そうジャン? それに多分注意されるぐらいで済むかも知んないしぃ」


「そうか? 事情聴取の時、警察が首師高校ひとごのかみこうこうの連中の話聞いたらすぐにバレそうなものだけど……」


「し……仕方が無いジャン! 武っチは一人で自首しようとするし、止めさせるには咄嗟にこの位しか思いつかなかったんだから!」


 稚拙としか言いようがない作戦だが、流麗が引き留めてくれたおかげで結果的に自首せずに済んだのは確かだ。


「ありがとう流麗。あとゴメンな。俺なんかにあんな事して嫌だっただろうけど」


「イヤなんかじゃないよ」


「いやいや……気使ってくれなくても」


「本当イヤなんかじゃなかったから! その……武っチ、カッコ良かったし……」


 カッコイイなんて香織と吾妻君ぐらいにしか言われた事無いし、アレは俺を揶揄っていただけだろう。


 そんな会話をしていると、パトカーのサイレンが再び鳴り出した。


「おっ……もうパトカーは戻るのかな?」


「そうみたいだね……一応もう少しこのまま様子を見よう」


 まだ屋上から降りず、耳を澄ましていると、徐々にパトカーのサイレンは遠くなっていった。



 ◇



「もう大丈夫かな?」


 俺は先に給水タンク設置場所から降りて、身を屈めながら屋上から慎重に下の様子を伺うと、パトカーの一台も首師高校ひとごのかみこうこうの連中の一人も残っていなかった。


「助かった……」


 俺は安堵して、緊張の糸が切れると共に、喧嘩の疲労とついさっきまで警察に追い詰められていた精神的な疲労で倒れる様にして大の字になった。


「あーしも疲れたぁ!」


 流麗も俺の隣に並ぶようにして大の字に倒れ込んだ。


「ハハハハハッ! 一寸ドキドキして楽しかったね!」


 喧嘩の話なのか、警察に見つかりそうになった事か、それともキスの事なのか?


 いずれにせよ俺には楽しむ余裕なんか無かった。


「俺は何時見つからないかばっかり気になってヒヤヒヤしてたよ……流麗ってスゲー心臓が強いな……」


「ありがと♪ ねぇ、武っチ。お礼の代わりって訳じゃないけど、あーしにして欲しい事無い?」


 Hなお願いして良い?


 最初に頭を過ったのはそんな事だったが、俺はそう言いたい気持ちをグッと押さえた。


「麗衣を心配させるようなことは二度としないでくれ」


 麗衣の一番の希望は今回の様な目に遭わない様に不良狩りを止めさせる事だろう。


 それに、俺にとって流麗も既に他人ではない大事なダチだ。


「それって不良狩りを止めろって事?」


「そう言う事だ」


「それだけはやーよ。だって、タケル君の仇がまだ見つからないんだから」


「でも、麗衣に却って迷惑かけただろ? それに、音夢先輩や環先輩、亮磨先輩達に対してもだ」


「うっ……それを言われるとなぁ……」


 タケル君の事を想ってなのか、それとも本当は麗衣の事を想ってなのか、流麗の動機がどちらか分からないが、後者だとしたら麗衣に助けて貰ったのは本末転倒としか言いようがない。


「じゃあNEO麗は今後、単独で活動しないで麗に協力するって言うのは如何だ?」


 前から考えていた事だけれど、NEO麗のメンバーを丸ごと取り込めれば相当戦力が上がる。

 実際、麗衣は手合わせした神子の事を高く評価していたし、仲間にしたいフシもあった。

 危険な事には変わりないが、流麗達が単独で突っ走るよりも、麗衣に手綱を握らせた方が良いだろう。


「それって麗の傘下に入れって言っている様なもんジャン……」


「まぁ、平たく言えばそうなるけど、今後同じような事があった場合、麗もNEO麗も単独じゃやられると思わないか?」


「そうだね……別に敵対している訳じゃないし、素直に協力し合った方が良いかも知れないね」


 そもそもNEO麗が麗衣の為に立ち上げたチームだとしたら、麗衣に協力する事はやぶさかではないと睨んでいたが、思惑通りだった。


「分かったよ。あーし一人じゃ決められないけど、皆に話してみるね」


「ありがとう。大丈夫そうか?」


「多分大丈夫じゃない? 特に神子なんて負けてから麗衣ちゃんの事、凄く尊敬して憧れているみたいだから」


 だから朝来名と戦った時、MMAスタイルじゃなくて麗衣そっくりなムエタイスタイルで戦っていたのだろうか?


「で、ソレとは別に武っチにお礼しなきゃね」


「いや、別に良いって」


「でも、お礼はしてあげる約束だったし、あーしが決めて良いって話だったジャン」


 そう言えば首師高校ひとごのかみこうこうとの喧嘩の日時を知らされた時そんな話していたな。(61話)


 やっぱりタピオカティーでも奢るつもりだろうか?


 その位なら受け取ってもお互いにそんな負担じゃないよな。


「分かったよ。ありがたく受け取らせて貰うよ」


「じゃあ、如何する? どっか教室でヤル? それともこのまま屋上が良い?」


 主語が抜けていて流麗の言わんとする事が分からなかった。


 タピるんなら先ずはこんな所から出なければ行けない筈だけど、教室やら屋上やら何の話だ。



「いや、何するの?」


「とぼけちゃってぇ~どっちでヤルのが好きか聞いてるんだけど?」


「いや、意味わからん」


「だ・か・ら! 女の子の口からこんな事言わせたいの?」


「分からないから聞いてるんだけど……」


「マジ? 武っチ、年頃の男女で夜の人気のない教室とか屋上でする事って言ったら決まってるジャン」


 ようやく流麗が何を言わんとしているのか理解してきたが、口にするのははばかれた。


「だからさぁ、セックスしていいよ」

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