第171話

 新たな案内人を雇って村を出発したソフィアたちは、案内人の示す道を進む。

 途中で特に何かトラブルの類もなく移動し……


「ソフィア、無事だったのね」


 無事に本隊に合流すると、真っ先にローザが馬車から降りてソフィアに近寄り、そう声をかける。

 ローザにしてみれば、ソフィアのような腕利きが兵士を相手に負けるとは思っていない。

 思ってはいないが、それでも万が一のことを考えると、やはりこうして無事な姿を見て嬉しかったのだろう。


「ローザの方も問題はなかったようね。……で、人数が減ってるのは、私たちのように途中で何人かで別行動をしたからと思ってもいのかしら?」


 ソフィアの言葉に、ローザはすぐに頷く。


「全員が一緒になって動くのは非効率的でしょう?」


 その言葉には誰も異論はない。

 実際、ソフィアたちが本隊から離れて行動したのも、それが最大の理由だったのだから。

 ……黎明の覇者を率いる団長のソフィアが本隊から離れるのは、普通とは違ったが。

 もっとも、その普通とは違うのが黎明の覇者の特徴でもある。

 そのようなことがあっても、黎明の覇者の本隊はしっかりと自分たちの仕事をこなしている。


「それで、いくつの拠点を潰せたの?」

「三つね。他にも二つあるけど、そちらに派遣した戦力はまだ戻ってきてないわ。手こずってるのかしらね?」


 ローザが冗談っぽくそう言う。

 実際には、ローザもそのように言いつつ、本気でそのようなことになっているとは思っていないのだろう。

 敵の領土内に侵入してくる兵士たちだけに、相応の……標準以上の実力を持っているのは間違いなかったが、それでも言ってみればその程度だ。

 黎明の覇者に所属する傭兵の実力は一流と呼ぶに相応しく、標準以上の実力を持つ兵士程度では対処出来るはずもない。


「あら、私の率いる黎明の覇者よ? この程度の相手に手こずるとは思えないわね」


 冗談っぽく言ってきたローザに対し、ソフィアもまた冗談っぽく返す。

 そんな二人の話を聞いていた他の傭兵たちも、どこかリラックスした様子を見せていた。

 領地に侵入してきた兵士を見つけて排除するというのは、ある意味上からの無茶振りに等しい命令だった。

 広い領土の中で、どこに潜んでいるのかを分からない兵士を見つけて排除する必要があるのだから。

 しかし、村で案内人を雇ったおかげもあってか、そちらは思いの他上手くいった。

 ……もちろん、領内に侵入してきた敵の兵士を全て見つけたとは思っていない。

 中には案内人も気が付かない場所に潜んでいる者がいる可能性は否定出来ないのだから。

 そちらはどうすることも出来ないだろう。

 もちろん、ソフィアとしてはそのような相手をどうにかしたいという思いがある。

 その兵士たちが破壊工作を行った場合、それを防げなかったという意味で黎明の覇者の評価にとってはマイナスとなるのだから。

 それは面白くないが、だからといって今の状況でその全てをどうにか出来るかと言われれば、その答えは否だ。

 とてもではないが、今のこの状況で侵入してきた兵士の全てを倒すような真似は出来ない。

 どこにいるのかが分かれば、どうにかなったかもしれないが……


「尋問はしたの?」

「ええ。ただ、基本的には他の兵士たちが潜んでいる場所については、お互いに知らされていなかったみたいね」

「こういうときのことを予想して?」


 ソフィアの言葉に、ローザは頷く。

 ローザにしてみれば、今回のように侵入した兵士が狩られることは向こうにとってもある程度予想していたのだろう。

 だからこそ、お互いにどこに潜むかといった情報は秘密にしていた。

 最初にイオたちが行った洞窟のように、他の場所に食料や武器、防具……場合によっては情報も提供するための拠点となっていた場所であれば、話は別だったが。


「そうでしょうね。それぞれに散らばった兵士たちは、独自に行動するのを許可されているのか、それともある程度の大雑把な計画はあって、それに従ってるのか。生憎とその辺りは私には分からないけど」

「だとすれば、私たちが襲撃した洞窟はそれなりに重要拠点だったということになるわね」

「そうなの?」


 ソフィアの言葉にローザがそう尋ねる。

 ソフィアはそんなローザに対し、洞窟に武器や防具、食料がかなり貯め込まれていたことを説明する。


「なるほど。だとすれば、ソフィアの予想が間違ってるとは思えないわね。けど……それがソフィアが洞窟に行く必要があったという勘なのかしら?」


 黎明の覇者を率いる立場にいるソフィアは、本来なら別働隊と一緒に行動するといったことはない。

 しかし、それでもソフィアが洞窟での戦いに参加した理由……それは、純粋にソフィアの勘からの行動だった。

 黎明の覇者は今まで何度もソフィアの勘によって窮地を逃れている。

 言ってみれば、黎明の覇者がここまで大きく、そしてランクA冒険者になったのは、ソフィアの勘に助けられた部分が大きいというのは、決して言いすぎではないだろう。

 そんなソフィアの勘が、洞窟に武器や防具があるからという理由だけで自分も洞窟に行った方がいいと思ったのか。

 だが、そんな理由でソフィアの勘が働くとは思えないローザとしては、疑問でしかない。


「ああ、その件ね。恐らく……本当に恐らくだけど、イオを勧誘するにはその方がよかったからだと思うわ」

「イオを……?」


 何故ソフィアと一緒に行くのがイオに関係するのか、首を傾げるローザ。

 ローザもイオが現在のように客人ではなく、正式に黎明の覇者に所属してくれるということになれば非常に助かると思う。

 イオの持つ流星魔法は、戦略級の威力を誇る。

 自分の目で直接それを見たのだから、ローザもイオが黎明の覇者に正式に所属してくれるというのなら不満はない。

 以前はイオの事情について詳しく知らない者が多かったので、そこまで露骨にイオを優遇するような真似は出来なかったが。

 ゴブリンの軍勢を壊滅させた隕石は、イオの持つマジックアイテムの仕業ということになっていたからだ。

 流星魔法について知られないためとはいえ、それによってイオを侮る者がいたのも事実。

 その代表格が、ドラインだろう。

 基本的に自分よりも弱い相手を見下す癖があるのだが、最初にイオがマジックアイテムを使って隕石を落とし、ゴブリンの軍団を滅ぼしたと認識したドラインは、イオが流星魔法を使えるようになった現在であっても、イオの存在を軽視していた。

 それでもイオにとって……いや、双方にとって幸運だったのは、お互いが自分と相手は合わないと判断したため、積極的に関わらないようにしていたことか。

 現在は半ば冷戦状態に近い。


「ええ。イオは今まで私たちの客人という扱いになっていたでしょう? けど、いつまでもそのままではいられない。……いえ、いない方がいいと思ったのよ」

「何故かしら? もちろん、イオが正式に黎明の覇者に所属してくれれば、私たちにとって悪い話じゃないわ。けど、今この状況で無理に話を進める必要があったの?」


 ローザはソフィアの言葉にそう疑問を投げかける。

 ローザにしてみれば、口にしたようにイオが黎明の覇者に正式に所属してくれるのは非常に嬉しい。

 嬉しいが、だからといって強引に話を進めた結果、相手に嫌がられては本末転倒だという認識を持っていた。

 これが普通の……あるいは少し腕の立つ魔法使いが相手なら、ローザもそこまで心配はしなかっただろう。

 しかし、イオという存在はとてもではないが少し腕の立つ魔法使いといった存在ではない。

 流星魔法という、圧倒的な力を持つ存在。

 そうであるからこそ、何としても自分たちが取り込みたい相手なのだ。

 そんなイオに無理に迫るような真似をして、それが理由でイオが黎明の覇者に所属したくないといったら、どうするのか。

 もちろん、ローザも黎明の覇者が非常に恵まれた傭兵団だというのは理解している。

 自分が所属し、ソフィアと共にここまで大きくしてきたのだ。

 そうである以上、それを自慢に思うのは当然のことだった。

 だが……それでも、だからといってイオに無理に迫っても絶対にイオが黎明の覇者に所属するのかと言われれば、ローザも否と答えるだろう。

 だからこそ、ソフィアの迂闊にも思える行動を責めたのだ。

 しかし、ローザにそのように責められてたソフィアは特に堪えた様子もなく、口を開く。


「ローザが言いたいことは分かるわ。普通に考えれば軽率だったかもしれないとは思う。何故そんなことをしたのかと言われれば、明確な理由は説明出来ないわ。ただ……私の勘がそうするべきだと言ったのよ」


 そう言われると、ローザも強く反対は出来なくなる。

 今まで何度となくソフィアの勘に救われてきたのだから。

 だからといって、その勘で全てを納得しろというのは難しいのだが。


「取りあえず私からはこれ以上、何も言わないわ。今回はそこまで切羽詰まった状況ではなかったしね」


 たとえば、これが生きるか死ぬか、黎明の覇者が全滅するかしないかと瀬戸際であった場合は、ソフィアの勘を信じているからとはいえ、それで本隊から離脱するような真似をしても許容出来るかと言われれば、その答えは否だ。

 しかし今回の一件はそこまで重要な出来事ではない。

 相手はそれなりに練度の高い兵士ではあるだろうが、言ってみればそれだけだ。

 純粋に練度ということであれば、黎明の覇者の傭兵の方が圧倒的に上となる。

 その上で数でも勝利しているのだから、相手はもう殲滅されるしかない。


「ありがとう。そう言って貰えると助かるわ。……ただ、無理だとは知ってるけど、出来ればこっちに侵入してきている兵士たちの中に鋼の刃の傭兵が一人か二人くらい入っていてくれたら、私としては助かったんだけど」

「それは私も否定しないわ。……ソフィアが言ってるように無理だけどね」


 黎明の覇者と同じランクA傭兵団の鋼の刃。

 正面から戦うことしか出来ない者たちだが、逆に言えばそのような戦い方しか出来ないのにランクA傭兵団となった実力を持つのだ。

 下手に正面から戦った場合、黎明の覇者の被害も大きくなる。

 だからこそ、出来れば一人でも二人でもこの機会に倒したかったのだが……生憎と、今の状況でそのようなことが出来るはずもなかった。

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