第96話

 結局、ソフィアはイオの提案を受け入れることにした。

 何かあったときに、イオの力があるのとないのとでは大きく違ってくる。

 そういう意味では、やはりここは頼れるのなら頼った方がいいと判断するのはおかしな話ではない。

 イオもまた、自分から言い出したことである以上、ソフィアのからの要請には素直に従う。

 そうして話が決まると、ソフィアはすぐ行動に移る。

 なお、ソフィアも当然ながらイオと共にドレミナに戻ることになった。

 他にもレックスとギュンターといった面々がイオと一緒に行動するこことになったが、それ以外の多くはベヒモスの骨を守るためにここに残ることになる。

 本来なら多くの者がソフィアと一緒に行動したがったのだが、ソフィアとしてはイオが自分と一緒に行動する以上、他の戦力を自分と一緒に行動させるのは不味いと判断したのだろう。

 イオがいる時点で、ほとんどの的は問答無用で倒すことが出来るのだから。


「じゃあ、私たちは行ってくるわね。大丈夫だとは思うけど、もしベヒモスの骨を狙って攻撃してくる相手がいた場合、黎明の覇者の力をしっかりと見せつけておきなさい。それによって降伏してきた者たちも妙な考えは起こさないでしょうし」


 ソフィアのその言葉に、この場に残る者たちは真剣な表情で頷く。

 自分たちがここに残る以上、敵が攻めてくるようなことがあっても何もさせないと、そんなつもりなのだろう。

 それだけの実力があるのは間違いないし、今回の戦いで勝利をして士気が高いのも大きい。


「ソフィア様、俺達の実力を見せつけるようにってことは、降伏してきた者達はこのままここに置いておくということですか? 妙な真似を考えないうちに、約束通り多少のベヒモスの素材を渡して解放してもいいと思うんですが」


 傭兵の一人がそう告げる。

 実際、その言葉はそこまで間違っている訳ではない。

 今の状況を考えれば、むしろそれが正しいのではないかとすら思う。

 不穏分子を近くに置いておくのが不味いのは事実なのだから。

 だが、ソフィアはその言葉に対して首を横に振る。


「止めておきましょう。もしここで解放した場合、それこそどう行動するのか分からないわ。……今は私たちに大人しく降伏しているけど、本来なら流星魔法を持つイオを、そしてベヒモスの素材を欲していた者たちよ」

「つまり、解放すればまた敵になると? こっちの力の見せつけた以上、俺にはそんな風にはとても思えないんですが」


 その言葉に、他の傭兵たちもそれぞれ頷く。

 しかしソフィアは首を横に振る。


「私が心配しているのはそこじゃないわ。あの人たちは、私たちから解放されてもドレミナに戻るのも難しい。そうなると、最悪盗賊になってもおかしくないわ」

「それは……なるほど」


 ここに送られてきたのは、精鋭が多い。

 それだけに、ドレミナにいる本隊がすぐに切り捨てるかと言われれば難しいだろう。

 だが、黎明の覇者に降伏した勢力は相応の数になり、その中には半ば厄介払いを込めてここに送られてきた者もいる。

 そのような者達が、たとえベヒモスの素材を持って帰っても問題はないかと言われれば……正直、微妙なところだろう。

 厄介払いをしたくなる程に相性が悪かったのなら、ベヒモスの素材だけしか持ってこなかったことを理由に処分されてもおかしくはない。

 そして当然だが、厄介払いされた者たちも自分が現在どのような状況にあるのかは知っているだろう。

 だからこそ、ベヒモスの素材を貰っても素直にドレミナに帰るといったような真似をせず、そのまま行方を眩ませる可能性は十分にあった。

 そして行方を眩ませた者の中には当然だが手っ取り早く稼ぐために盗賊になるような者が出て来てもおかしくはない。

 低ランクの傭兵……いや、場合によっては高ランクの傭兵であっても、仕事がない場合は盗賊になるというのは、そう珍しい話ではないのだから。

 そうして話が終わると、すぐにソフィアはイオやギュンター、レックス、それ以外にも少数ではあるが連れてドレミナに向かう。


「いい? 少しでも早くドレミナに到着するように走りなさい」

「分かりました」


 ドレミナの指示に従い、馬車は可能な限りの速度で走り出す。

 とはいえ、馬車を牽く馬が潰れてしまってはどうしようもないので、ある程度の余裕はあるのだが。

 あるいは代えの馬がいればもう少し急ぐことは出来たかもしれないが、生憎と今の状況でそのような真似は出来ない。

 そうして出発すると、馬車の中でソフィアが口を開く。


「さて、それじゃあ……ドレミナに到着するのは明日ね。問題なのは、私たちから逃げた者たちがどうなっているのかだけど」


 最初に隕石が落下した時点で、もうどうしようもないと、自分たちに勝ち目はないと判断して逃げた者たちがいた場合、その者たちがソフィアたちよりも前にドレミナに到着する可能性は否定出来ない。

 あるいは出発前に話したように、素直にドレミナに戻らずどこか別の場所に行ったり、もしくは盗賊になっている可能性もあるのだが。

 ソフィアにしてみれば、自分たちの有利さを考えるとそうなっていてくれた方がいいのは間違いない。

 ただし、当然ながらそのようなことになった場合はドレミナの住人に迷惑をかけることになってしまうので、そういう面ではあまり予想が当たって欲しくはない。


「騎士団は俺たちよりも早くドレミナに戻ってもおかしくはないだろうな」


 ギュンターのその言葉に、ソフィアは真剣な表情で頷く。


「そうね。騎士団だけあって馬に乗って移動するのは得意でしょうし。……そうなると、ドレミナの領主にはイオのことが知られてしまうのは間違いないでしょうね。本当に心底から残念だけど」


 そう言い、嫌そうな表情を浮かべるソフィア。

 ドレミナの領主が有能なのは、これまでの付き合いから知っている。

 だが有能であると同時に、かなりの女好きでもあった。

 それこそ、ソフィアが会いに行けばかならず言い寄ってくるのだ。

 ……もちろん、ソフィアは絶世のという言葉が相応しいくらいの美人だ。

 女好きであれば……いや、それこそ別に女好きでなくても、普通にソフィアの美貌には目を奪われるし、何とかしてお近づきになろうといったようにも考えるだろう。

 もっとも、女慣れをしていない者であればソフィアとまともに話すことも出来ないのだが。

 ともあれ、領主はソフィアに言い寄っているのは間違いない。

 そういう意味では、危険な相手にイオのことを知られたと思ってしまう。

 ソフィアとしては、イオの存在を盾に言い寄られた場合、断るのは難しい。

 もちろん、領主に自分の身体を委ねるようなことはするつもりはないが。


「こうなってしまっては、やっぱりドレミナからさっさと出て他の場所に行った方がいいと思うんだがな。……ベヒモスの骨が問題が」


 ギュンターのその言葉に、ソフィアは頷く。


「そうね。ベヒモスの素材の多くは入手したけど、骨は丸々残っているわ。……いえ、正確には上半身の骨しかないけど」


 ベヒモスの下半身の骨は、イオが使った流星魔法によって砕けてしまっている。

 その意味では素材としての価値は多少なりとも下がっているのだが……基本的に骨で価値のある場所というのは頭部を含めた上半身の場合が多い。

 ベヒモスもそれは同様で、そういう意味では下半身がない状態でも結構な価値なのは間違いない。

 だが高ランクモンスターの死体だけに、どうしてもかなりの重要となる。

 まだ、マジックバッグの類があってもベヒモスの素材でかなり埋まってしまっており、骨を持っていくことは出来ない。


「その……それなら、一番価値の高い場所、多分頭蓋骨だと思いますけど、そっちだけを確保して、それ以外は降伏してきた相手に渡すというのはどうですか?」


 レックスのその言葉に、ソフィアはその美貌を難しそうに歪める。


「それは私も考えなかった訳じゃないわ。けど……そうなると、報酬が多すぎるでしょう? それを理由に揉めごとを起こさせるという意味では悪くないと思うけど」


 ベヒモスの骨の中で一番価値が高いのは、頭蓋骨だ。

 その頭蓋骨くらいなら、まだソフィアたちにも収納出来るだけの余裕がある。

 しかし、他の骨……頭部以外の上半身の骨全てを報酬として渡した場合、それは莫大な金額となる。

 当然ながら黎明の覇者に降伏した者たちは、自分たちにも出来るだけ多くの報酬を貰いたいと思う。

 そんな中でベヒモスの骨を好きなだけ――もちろん、ある分だけだが――持っていってもいいとなれば、その者達にとって話は大きく変わってくる。

 友好的に話をして分けることが出来ればいいが、その報酬の大小を巡って争うようなことになる可能性はどうしても高い。


「その辺は……黎明の覇者の方でしっかりと分ければいいのでは? 黎明の覇者に降伏したんですから、その黎明の覇者によって報酬を分けられるといったことになれば、向こうも納得するしかないと思いますが」

「どうかしらね。レックスは新人という訳でもないし、以前にいた傭兵団の一件があるけど……少し傭兵に対して夢を見すぎていると思うわ。もちろん、レックスの言う通りで満足するかもしれない。けど、それでは満足出来ずに私たちから離れたら他の勢力を襲撃する可能性は否定出来ないわ」


 ソフィアのその言葉に、レックスは反論出来ない。

 自分が傭兵という職業に夢を見ていたのは事実だと、そう思っているところがあるのも事実だからだ。

 レックスが黎明の覇者に所属する前にいた傭兵団では、雑用係としてこき使われていた。

 それでもまだ傭兵という存在に対して憧れを抱いているのは……それこそ、黎明の覇者に所属したからというのも大きいのだろう。

 傭兵団の中でもトップクラスの存在である、黎明の覇者。

 そこに所属する傭兵は、当然のように精鋭揃いだ。

 そんな黎明の覇者に自分も所属しているだけに、今のような状況になるのはある意味で当然だったのだろう。


「そうかもしれません。これからは気を付けます」

「別に傭兵に憧れを持つのはいいわよ? それによって自分がそういう傭兵を目指すという原動力になるのは、大きな意味を持つのだから。でも……ある程度現実もしっかりと見る必要があるのも、忘れなければね」


 そう言うソフィアに、レックスは素直に頷くのだった。

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