第88話

 イオの使ったのは通常のメテオとは違う対個人用のミニメテオなのだが、は、揉めごとを起こしていた傭兵たちを黙らせるには十分な威力と迫力を持っていた。

 そもそも黎明の覇者に降伏してきた勢力は、黎明の覇者とまともに戦っても勝てないから……というのもあるが、それと同等がそれ以上に流星魔法を怖がっていた。

 そんな下地のある者たちだけに、本来のメテオとは違うミニメテオだったとはいえ、脅しには十分な一撃となったのだ。

 そうした者たちは、当然ながら流星魔法を使った存在……イオに視線を向けているものの、イオはそんな周囲の視線には気が付いた様子もなく、自分の持っている杖を見ている。

 その杖がメテオを使ったときのように壊れていないのを確認し、安堵した。


(取りあえず、杖は壊れていないか。……問題なのは普通のメテオを使ったときにどうなるかだな。出来ればこの杖は普通のメテオにも耐えるだけの性能を持っていて欲しいんだが)


 イオは自分の持つ杖を見ながらそんな風に考えていたものの、アイゼッハは初めて見たミニメテオに驚きの表情を浮かべている。

 いや、それはアイゼッハだけではない。イオたちの近くにいた多くの者が同様だった。

 唯一そのような者たちと違うのは、一度自分の目の前でミニメテオを見ているレックスか。


「やっぱり、驚きますよね」


 そう呟くレックスの言葉には、皆の驚きが十分の理解出来るといった思いが込められている。

 以前ミニメテオを使った時は、戦いの中での出来事だったからこそ目の前の状況に対処するのが最優先となり、実際に見た者は少なかった。

 しかし、今はミニメテオを使うと言ってイオが使ったのだ。

 近くにいた黎明の覇者の者たちは当然ながらそれを見ていたし、またその対象となった相手……具体的には揉めごとを起こしていた者たちにとっては、今の一撃の衝撃は大きかった。

 特に後者は、そもそも黎明の覇者と戦って勝ち目がないというのもあるが、自分たちに隕石を落とされたくはないという理由で降伏してきた者が大半だ。

 それだけに、こうして実際に隕石を落とされたというのは、衝撃が大きかった。

 その隕石がメテオではなくミニメテオであっても、降伏してきた者たちが受ける衝撃は変わらない。

 いや、むしろ落とすことが出来る隕石の規模を変えられるという時点で、降伏してきた者たちにしてみれば恐怖が強いだろう。

 ゴブリンの軍勢やベヒモス、あるいは先程の脅しとして放った一撃は周辺にも大きな被害を与える。

 しかし、今イオが使ったミニメテオは、まさにピンポイント爆撃とでも呼ぶべき攻撃だったのだから。

 周辺に殆ど被害を与えず、それでいて隕石を落とす。

 そんな攻撃は、見ている者に恐怖を抱かせるには十分だった。

 実際、今のミニメテオによってそれが使われる寸前までトラブルを起こしていた勢力は、静まりかえっているのだから。

 今の一撃が脅しだというのは、心当たりがあるだけに十分理解出来たのだろう。

 そうして周囲が静寂に包まれる中で、黎明の覇者の傭兵の一人がミニメテオを使う前まで揉めていた者たちのいる方を見ながら叫ぶ。


「お前たちは黎明の覇者に降伏した者たちだろう! なら、こちらの手を煩わせるような真似はするな! 今は脅しだったが、次の一撃も脅しであるとは限らんぞ!」


 降伏したのだから自分たちを煩わせるなという言葉は、あるいはミニメテオを使う前に言われたものなら、怒らせるようなこともあっただろう。

 しかし、実際にミニメテオを使った直後だけに効果は抜群だった。

 今ここでもし逆らうような真似をすれば、ミニメテオ――暴れていた者たちはその名前を知らないが――を使われる。

 そう思えば、降伏した者たちも問題を起こすような真似は出来ない。


「分かったなら、まずはしっかりと陣地を作れ! いつ敵が襲ってくるのか、分からねえんだぞ!」


 叫ぶ男の言葉に従い、それぞれが仕事に戻る。

 とはいえ、叫んでいた男もこのままだと自分たちに不満を抱く者が多いというのは理解しているのだろう。鞭の次は飴を与える準備をする。


「お前達が手柄を挙げれば、その骨……ベヒモスの素材を分けてもいいと、ソフィア様が言っていた。流星魔法の件はともかく、ベヒモスの素材を持ち帰ることが出来れば、それは大きな意味を持つはずだ! ベヒモスの素材を欲しい者は、それだけの活躍をしてみせろ!」


 元々降伏してきた者たちに対しては、相応の活躍をすればベヒモスの素材を渡すという話はしていた。

 それはもしかしたらただの口約束ではないかと思っていた者もいたのだが……こうして皆の前で堂々と宣言した以上、実は嘘でしたといったことにはならない。

 だからこそ、その言葉を聞いた者たちは今までよりもやる気に満ちた様子で陣地を作っていく。


「助かった、イオ」


 そんな様子を見ていたイオに、先程まで降伏した者たちに向かって叫んでいた男がそんな風に声をかけてくる。


「いえ、役に立ったのならいいですけど……こうして陣地を作ってますが、本当に敵は来るんですか?」


 陣地を作ってこれ見よがしに待ち受けているのだ。

 攻撃と防御では、基本的には防御の方が強い。

 それを知っている以上、イオやベヒモスの素材を狙っている者たちが、そう簡単に攻撃をしてくるとは思えなかった。

 しかし、男はそんなイオの言葉に問題はないと言う。


「この状況で撤退をするのが堅実な手段であるのは間違いない。だが……もしそのような真似をした場合、そいつらは被害を受けない代わりに、何も得られない。いや、ここまで来るのに馬を用意して野宿の準備をして……とそれなりに経費がかかっている以上、明らかにマイナスだ」


 自分の命と経費を天秤にかけるのか? とイオは思ったが、傭兵というのは金を貰って戦いに参加する者たちだ。

 それを思えば、この状況でとっとと逃げ出すという決断を出来る者は多くない。

 ……パトリックのように、素早くソフィアたちに降伏するといった選択をした者もいるが。

 今この状況において、まだ降伏していない者、あるいはこの場から脱出していない者の大半は、その辺りの判断が出来なかった者たちだ。

 あるいは単純に自分たちなら黎明の覇者に勝てると、根拠のない自信を抱いている者がいるのか。

 とにかくそのような者たちが敵なだけに、戦いを挑んでくるのはほぼ間違いない。


(勝てば官軍って言葉もあるから、そういう点では間違ってないんだけどな)


 実際、この状況で黎明の覇者に勝利すれば、得るものは非常に大きい。

 ベヒモスの素材に流星魔法を使うイオ、そして何よりも歴史上稀に見る美女であるソフィア。

 それ以外にも、黎明の覇者が使っている武器はランクA傭兵団だけに多くが一流の品だ。

 そして……ここにいるのが黎明の覇者の精鋭であるのは間違いないが、大半の者たちはまだドレミナに残っているのも事実。

 そういう意味では、黎明の覇者に勝利出来るチャンスが残っているのは間違いない。

 だからといって、イオにしてみれば自分がそれをやりたいとは到底思えなかったが。


「イオ、ソフィア様が呼んでるぞ!」


 と、不意にそんな声がかかる。

 今の一件が理由なのか、それとも別の理由からなのか。

 それは分からないが、この状況でソフィアが呼んでると言われれば、そちらに行かない訳にはいかない。

 そういうのを抜きにしても、ソフィアほどの美女に会えるのなら喜んで行くだろうが。


「分かりました。すぐに行きます。……そんな訳で、俺はちょっとソフィアさんに会ってきますね」


 イオの言葉を聞いたアイゼッハや先程降伏した者たちに叫んでいた男、それ以外もレックスや他の面々は、ソフィアに呼ばれたというイオを羨ましく思う。

 しかし、今のこの状況を思えばソフィアがイオを呼ぶのは納得出来ることでもある。

 今回の騒動の理由の一つには、イオの存在があるのだから。

 ……いや、正確にはイオの存在は理由の一つではなく、非常に大きな理由の一つである。


「分かった。気を付けて行ってこい。……レックス、お前はイオと一緒に行け。ここは黎明の覇者の陣地内だから大丈夫だとは思うが、もしこのような状況で敵が侵入してきていたら厄介なことになる」


 ここにいるのは黎明の覇者の中でも精鋭だ。

 しかし、中にはそんな精鋭の目をすり抜けてこのような場所まで侵入してくる者もいるかもしれない。

 事実、陣地の周辺には偵察に来たと思しき者たちの姿があるのだから。

 そしてもし侵入してきた相手とイオが遭遇した場合、イオは対処のしようがない。

 いくら強力な流星魔法を使えようとも、それが発動するまでには時間が必要となるのだから。

 もちろん、レックスも黎明の覇者に傭兵としては最弱に近い。

 入ったばかりでろくに訓練もしておらず、元いた傭兵団でも傭兵ではなく雑用として使われていたのだから、それも当然だろう。

 だが、それでも防御という一点においては見るべきものがあると評価されているのがレックスだった。

 ……だからといって、今の時点で防御専門とはいえ黎明の覇者に相応しい実力かと言えば、まだ発展途上でそんな実力はないのだが。

 それでもこの陣地内でなら、もし何かあっても味方が駆けつけるまでは持ち堪えることが出来るだろうと判断し、レックスにイオの護衛を任せたのだろう。


「分かりました。イオさんは何があっても必ず守ります」


 決意の込めた口調で告げるレックス。

 レックスにしてみれば、イオは自分の恩人だ。

 それ以外にも、黎明の覇者にとって非常に大きな力になる人物だと理解している。

 だからこそ、何かがあっても決してイオをここで殺すといったような真似をさせる訳にはいかない。

 レックスが口にした、何があっても必ず守るというのは大袈裟なものではない。

 もし自分より圧倒的な強者が姿を現しても、レックスはイオを守るつもりだった。

 そんなレックスの様子を見て、周囲にいた傭兵たちはレックスにならイオを任せることが出来るだろうと、安堵する。

 イオとしては、自分はそこまで頼りないか? と疑問に思い……頼りないなと納得してしまったのだが。

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