第66話
「イ、イオさん!?」
イオが使ったミニメテオ、その結果を見たレックスは驚きの声を発する。
レックスにしてみれば、イオが流星魔法を使えるというのはベヒモスの一件で知っていた。
しかし、今の魔法はそんなレックスの目から見ても驚くべきものだった。
「どうした? ……取りあえず、これからどうするかだな。今の魔法を見て、多分暗黒のサソリの傭兵たちもこっちに来るだろうし」
「それが分かってるのなら、何でそんな真似を……」
レックスにしてみれば、 イオの使ったミニメテオは文字通りの意味で頭を抱えたくなるような出来事。
もちろん、自分だけで先程の傭兵からイオを守れたのかと言われれば、それに対して素直にそうだと断言は出来ない。
そうなると、最終的にはイオが魔法で相手を倒すしかなかった……そう思うのは理解出来る。
しかし、その結果としてイオが隕石を落とすというのを、暗黒のサソリにも……あるいは周辺で様子見をしている者達にも知られてしまった可能性が高い。
であれば、それはまさに最悪の結果に近い状況であると思ってもいいだろう。
せめてもの救いは、イオが使ったのが流星魔法なのか、あるいはマジックアイテムなのか……はたまた、それらとは全く関係のない何かなのか。
その辺りについては、まだ知られていない可能性が高いということだろう。
イオとレックスがいたのは、戦場となっている場所でもかなり奥まった場所なのだから。
そういう意味では、イオとレックスのいる場所まで暗黒のサソリの傭兵がやって来たのが、そもそものイレギュラーだった。
とはいえ、戦場で予想外のことが起きるのは当然で、ある意味順当な結果でもある。
そんな状況の中、今の自分たちはこれからどう行動すればいいのかと迷ったのだが……
「おい! 一体何をしている!」
不意にそんな大声が聞こえてくる。
それを聞いたレックスは、一瞬敵か? と声のした方に警戒の視線を向けた。
レックスだけではなく、イオもまた声のした方に杖を向ける。
だが、その声を発したのがソフィアと共にやってきた者たちの一人であったことに、安堵した様子を見せる。
これで自分たちは助かった。
そう思ったレックスとイオだったが、当然ながら急いでここまでやって来た者にしてみれば、そんな二人の様子に不満を抱く。
イオが流星魔法を使ったことにより、事態は一層混乱したのだから当然だろう。
もっとも、先程の傭兵を相手にして、もしイオたちだけで戦っていればそう簡単に勝つような真似は出来なかっただろうが。
「その、すいません。僕がイオさんを守りきれなかったので……」
「いや、あのままだと負けてしまうと判断した俺が独断で流星魔法を使ったんです」
そんな風にお互いを庇うような言葉をはっする二人を見て、怒鳴りつけた男は呆れの視線を自分と一緒にここまでやって来た仲間に向ける。
そんな呆れの視線を向けられた方は、溜息と共に口を開く。
「詳しい話については、また後だ。今はイオをどうにかして守る方が先だからな」
「そうだな。……で、どうする? やっぱり俺たちがこの二人を護衛するといったような形にした方がいいのか? 暗黒のサソリの傭兵たちを倒してしまった方が手っ取り早いと思うんだが」
「その気持ちは分からないでもないが、ソフィア様からの命令だろ?」
ソフィアの命令というのを聞けば、イオやレックスもそれに不満は言えない。
レックスは今はもう黎明の覇者の一員である以上、団長のソフィアの命令に逆らうなどといった真似は出来ない。
イオもまた、現在の自分が黎明の覇者に……より正確にはソフィアに匿われている――実際には若干違うが――以上、その言葉に逆らうような真似は出来ない。
「取りあえず、イオとレックスは俺たちと一緒に行動して貰う。そうすれば、暗黒のサソリの傭兵がちょっかいを出してきても対処するのは難しくないからな」
その言葉は自信に満ちていた。
実際、黎明の覇者の中でも精鋭と呼ぶに相応しいだけの実力を持っている者たちなので、もしここで暗黒のサソリの傭兵と遭遇しても、ある程度の人数なら容易に対処出来る自信はあった。
そんな味方が近くにいてくれることは、イオやレックスを安堵させるのに十分だ。
「ありがとうございます」
イオは感謝の言葉を口にする。
イオにしてみても、こうして自分を護衛してくれる相手がいるというのは決して悪い話ではなかった。
レックスも自分の護衛として側にいるのは間違いないが、レックスはまだ黎明の覇者に所属したばかりだ。
そんなレックスと比べると、目の前の二人は黎明の覇者の正規の傭兵……それどころか、ソフィアと一緒に行動することが許された精鋭。
そのような精鋭に守られるというのだから、そのような相手を頼りに思うのは当然だろう。
「ああ、ソフィア様からの指示だからな。お前はしっかりと俺たちが守る。守るのは間違いないが……問題は、ここからどうするか、だな。俺はここから離れた方がいいと思うんだが、どうだ?」
護衛に来た二人のうちの一人が、仲間に向かってそう尋ねる。
もしここでイオが自分を守るのは当然といった偉そうな態度なら、傭兵たちもイオに向かって進んで護衛をしたいとは思わなかっただろう。
だが、イオがしっかりと護衛を頼むと言って頭を下げてきたのだ。
そんな謙虚な相手だけに、自分が守ってやろうと思ってもおかしくはないだろう。
気持ちよく護衛が出来るというのは、モチベーションにも直結する。
「そうだな。流星魔法を使ってしまった以上、いつまでもここにいるのは不味い。移動した方がいいというのは俺も賛成だ」
そのような結論になり、イオは素直にその言葉に従ってそこから移動する。
当然だが、本来イオの護衛を任されたレックスも一緒にだ。
「移動するのはいいんですけど、どこに向かうんですか? ここはもう戦場になってますし、ここで下手に移動したりしようものなら、それはそれでまた敵の傭兵に見つかって面倒なことになると思うんですが……」
そう尋ねるのは、イオ。
自分を守るために行動してくれているのは、分かる。
だがそれでも……いや、それだけに、自分がどのように動くのかといったようなことは前もってしっかりと聞いておきたかった。
そんなイオの質問に、二人の傭兵は少しだけ感心した様子を見せる。
ソフィアからの命令である以上、イオを護衛しないという選択肢は存在しない。
だが同時に、こうしてイオが何もしないで、ただ流されるように護衛をされる……といったようなことがあった場合は、何となく面白くはない。
この辺は人それぞれで、護衛対象は何も状況を分からなくてもいいから自分の指示に大人しくしたがっていればいいと考えている者もいるのだが、今回イオの護衛としてやって来た二人は、護衛対象が自分の状況をきちんと理解してくれる方が好印象だったのだろう。
あるいは、命令を出したソフィアがイオの性格を理解した上で指示を出したのかもしれないが。
ともあれ、二人は満足そうに頷くと口を開く。
「いいか? 現在俺たちが戦っているのは暗黒のサソリだ。だが、純粋に実力勝負ということになれば、最終的には間違いなく俺たちが勝つ」
「そうですよね。その話については理解出来ます。傭兵団としてのランクが違いすぎますから」
レックスが男の言葉にしみじみと同意するように頷く。
イオより傭兵についての知識が深いだけに、黎明の覇者が暗黒のサソリに負けるという結末はどう考えてもなかったのだろう。
レックスは元々傭兵……より正確には伝説的な、英雄とも喚ぶべき傭兵に憧れを抱いて傭兵になった。
それだけに、傭兵に関しての知識は普通の傭兵よりも多く知っていた。
「なら、わざわざ移動する必要はないんじゃないですか?」
暗黒のサソリとの戦いに黎明の覇者は勝てる。
そう確定してるのなら、わざわざ移動する必要はないのではないか。
そんなイオの疑問に、護衛の男の一人が首を横に振る。
「忘れるな。俺たちの敵は暗黒のサソリだけじゃない。今は暗黒のサソリと戦っているが、俺たちがドレミナを発ったときは、他の勢力も多数この場所に向かおうとしていたんだ。俺たちは準備の早さや、ほとんど休まずに移動したからイオたちと合流出来たが、言ってみればそれだけだ」
「つまり、暗黒のサソリがここに到着した以上、他の勢力も遅かれ早かれここに到着するということだな。……今ここで暗黒のサソリを倒すというのは、あまり意味がない。そうである以上、俺たちが警戒するのは暗黒のサソリではなく、他の勢力がイオを狙っているという場合だ」
護衛に来ている者にしてみれば、すでに暗黒のサソリは敵ではないと判断しているのだろう。
気が早いのでは? とイオも思わないではなかったが、それでも黎明の覇者の傭兵がそのように言ってるのなら、それは信頼性があると思えた。
「そうなると、暗黒のサソリを倒したら、またすぐに他の勢力が攻撃をしてくるんですか?」
「……どうだろうな。さっき見せたイオの流星魔法を考えると、迂闊に攻撃をするといったような真似も出来ないと思う」
イオを狙おうとすると、すぐ同じような隕石による攻撃を食らうかもしれない。
そうである以上、そう簡単に黎明の覇者に攻撃出来るのかどうかは微妙なところだろう。
「それは……でも、いつまでもこのままという訳にはいきませんよね? 相手にどれだけの戦力があるのかが分からないとなると、延々と戦っている訳にもいかないですし」
「そう思うかもしれないが、実際にはそこまででもないぞ。到着が俺たちよりも遅いとはいえ、向こうも馬や馬車に乗っての移動だ。つまり限られた戦力でしかない。そうである以上、俺たちが全てを倒すというのも……やろうと思えば無理じゃない。イオの流星魔法もあるしな」
そう言われたイオは、この人の言ってることは本気か? とそう疑問に思ったものの、様子を身ある限りでは間違いなく本気で言っているのと理解し……どう反応すればいいのか迷うのだった。
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