第13話

 イオの視線の先で、景色が流れていく。

 馬車の移動する速度は、かなり速い。

 元々この一団がゴブリンの軍勢に隕石が落ちた結果どうなったのかを見るためにやって来た以上、少しでも早く情報を得る必要があり、黎明の覇者の中でも移動速度の早い者たちで構成されているのだから、それも当然だろう。


(とはいえ、馬以外にもモンスターが多数いるのに、それでも馬と同じ速度で走れるってのは……この辺も黎明の覇者の強みなんだろうな。電撃戦とか言ったっけ?)


 イオが思い浮かべたのは、そんな単語。

 とはいえ、イオは別に歴史についてはそこまで詳しい訳ではないので、電撃戦についても高い機動力を使って一気に敵の重要拠点を攻略するといったような、大雑把なものしか分からなかった。


「さっきからずっと窓の外を見てるけど、面白い?」


 イオは聞こえてきたソフィアの声に視線を向けると、頷く。


「そうですね。この辺りについては何も知らないので、そういう意味ではちょっと面白いと思います」

「そういうものかしら。……とはいえ、まずはこれからのことについてよ。まず大前提として、私たちが現在向かっているドレミナという街は、ホルスト王国という国に所属しているわ。ちなみに一応聞くけど、ホルスト王国という名前に聞き覚えは?」


 尋ねるソフィアに、イオは首を横に振る。

 日本からこの世界に転移してきて、その場所がゴブリンが大量にいた山だったのだ。

 そうである以上、現在自分のいる場所がどこなのか……どのような国なのかというのは、当然ながら分からない。


「そう」


 イオがホルスト王国という名前を知らないと言っても、ソフィアは特に気にした様子はなく、小さく呟くだけだ。

 てっきりまた自分の秘密について追及されるのかと思っていたイオは、安堵しながらも少しだけ疑問に思う。

 それでもここでその辺を突くような真似をした場合、それなら……とまた自分の過去について追及されるとことは避けたかったので、特に何かを言うようなことはなかったが。


「イオは知らないみたいだけど、この辺りはホルスト王国なのよ。で、この辺り一帯を治めている貴族が住んでいるのが、これから私たちが向かうドレミナね」

「え? じゃあ……その、ドレミナ以外の村や街も、その貴族が治めているってことですか?」

「そうね」


 イオの言葉にあっさりと頷くソフィア。

 だが、イオはそんなソフィアの言葉に驚く。


「それって、つまり……ドレミナという街だけを守って、他の村や街を見捨てたってことですか?」

「そうなるわね。イオには自覚がないかもしれないけど、あのゴブリンの軍勢はかなり厄介な相手だったわ。そんなゴブリンの軍勢によってドレミナが襲撃されて守り切るようなことが出来なかった場合、それこそ最悪の結果になるのは間違いないわ」

「それは……まぁ、そうでしょうけど」


 この辺り一帯を治めている貴族の屋敷がドレミナにあるということは、当然ながらそこに貴族が住んでいるということになる。

 そんな中でドレミナがゴブリンの軍勢に滅ぼされた場合、この辺り一帯を統治する者がいなくなってしまう。

 実際にはドレミナの貴族も最後まで戦うような真似をせず、いざとなったら逃げ出したりするのだろうが。


(貴族をそこまでして守るか。いやまぁ、漫画とかでそういうのは見たことがあったけど。それだと周辺の街や村の住人はたまったものじゃないよな)


 一番重要な場所に戦力を集中させる。

 そう表現すれば、それは決して悪い話ではないだろう。

 しかし、それをやるために犠牲になる周辺の村や街の住人にしてみれば、とてもではないが喜んではいられない。


「言っておくけど、ドレミナの領主は自分の命惜しさだけでそういう真似をした訳じゃないわよ? さっきも言ったと思うけど、ゴブリンの軍勢が一番狙う可能性が高かったのはドレミナなんだから」

「つまり、意味もなく周囲の村や街を見捨てた訳じゃない、と?」

「そうね。それに相手はゴブリンよ。率いている上位種はともかく、それ以外の普通のゴブリンは少しでも大きい場所を狙って動くでしょうね」


 それはつまり、ドレミナに戦力を集中させることで、ゴブリンの軍勢を自分たちに惹き付け、一網打尽にしようとしていたということを意味している。

 ソフィアの説明を聞き、イオは少しだけ安堵した。

 自分がこれからどうなるのかは、まだ正直なところ分からない。

 分からないものの、取りあえず活動するのはドレミナでということになるのは間違いないのだ。

 自分の活動する場所の領主が無能であった場合、いつ何が原因で自分が被害を受けるのか分からない。

 もっとも、有能であればそれはまた別の意味でイオが面倒に巻き込まれる。

 一度の魔法でゴブリンの軍勢を壊滅させる、言ってみれば戦略兵器的な存在が現在のイオだ。

 ましてや強力な魔法使いではあるが、あくまでも魔法に特化した存在で、近接戦闘という点ではその辺の傭兵になったばかりのような者たちにも劣る。

 そんなイオだけに、ドレミナの領主が確保しようと思えば難しい話ではない。

 ……イオ本人はその件については今のところ全く考えておらず、領主が無能な人物でなくてよかったとしか思っていないが。


「それにしても……何だかんだと杖は随分確保出来たみたいね」


 不意にソフィアが話題を変え、イオはあっさりとそれに乗る。


「ゴブリンメイジが結構いたみたいですからね。もしかしたら中にはもっと上位種もいたかもしれませんけど。死体が滅茶苦茶になっていて、ギュンターさんでもその辺が分からなかったみたいです。つまり、魔法を使っても一度の使用で壊れるかどうかは分からないんですよ」


 ゴブリンメイジよりも上位の魔法使いのゴブリンが使っていた杖なら、もしかしたらイオが流星魔法を使っても杖が壊れない……砕けないかもしれない。

 しかし、杖を見ただけでそれがどれだけの物なのかというのは、イオには分からないのだ。


(アイテムボックスもそうだけど、鑑定とかのスキルがあれば、こういう苦労はなかったんだけどな)


 異世界に転生したり、あるいは今のイオのように転移するといった漫画では、アイテムボックスや鑑定能力というのはある意味で鉄板だった。

 だというのに、イオはそんな漫画とは違って得られた特典は流星魔法のみ。

 それも正確には水晶によって与えられた特典という訳ではなく、あくまでもイオが流星魔法の素質を持っていたからこそ、その才能を目覚めさせて貰ったのだ。

 もしイオに流星魔法の才能の類がなかった場合、本当に何の特典もないままゴブリンが大量に棲息する場所に放り出されていたのだろう。


(とはいえ、日本にいた状態だと流星魔法の才能なんてあっても意味がなかったしな。……まさか日本で流星魔法を使えるとか、そういう可能性もあったのか?)


 もし日本で流星魔法を使った場合、それこそ一体どんな騒動になったことか。

 それが公になった場合、田舎で暮らし続けるといったような真似は不可能だっただろう。

 それこそ公的機関に捕らえられて人体実験をされていたか、あるいは籠の鳥と化していたか。

 もしくは、日本政府のことだから唯々諾々と他国に引き渡すといった真似をしていてもおかしくはない。

 日本の政治家であるにもかかわらず、日本以外の国に忠誠を誓っていたり、忖度する者が多数おり、そして何故かそのような者に限って政府では強い影響力を持っているのだから。


(うん。流星魔法の才能については日本にいるときに目覚めなくてよかったな。そして目覚めた以上、この世界……剣と魔法のファンタジー世界にやって来たのは、決して間違いじゃない。これは絶対だ)


 半ば自分に思い込むようにしながら、それ以上考えるのは止める。


「あら、もういいの?」


 イオの考える姿……ある意味で百面相的な様子を見ていたソフィアは笑みを浮かべてそう告げる。

 ソフィアにとって、のイオの様子は見ていて面白かったのだろう。

 とはいえ、そんな笑みでもイオの視線を惹き付けるような魅力を持つのだから、美人というのは凄いと素直にそう思う。

 これでもしイオが男ではなく女であれば、あるいはソフィアの美貌に嫉妬していたかもしれない。

 ……嫉妬するしない以前に、対抗する意思すら持てなかった可能性も否定は出来ないが。

 しかし、幸いなことにイオは男だ。

 ソフィアの美貌に目を奪われ、魅力的だと思うことはあれども、嫉妬するといったようなことはない。


「ん、こほん。ドレミナについてですが、何か名物とかありますか?」


 ソフィアの美貌に目を奪われていたのを誤魔化すように、イオはそう尋ねる。

 とはいえ、ソフィアは人の視線には慣れている。

 イオが自分に見惚れていたというのは分かったし、むしろそれならそれでもいいとも思ったのだが、その話に付き合う。


「名物と言われても……この辺り一帯の中では一番栄えている街だから、色々とあるわよ? ただこれといった名物となると……ちょっとないわね。ドレミナを治めているこの領地の隣には闘技場があるらしいけど」

「闘技場ですか。それってやっぱり人と人が戦う?」


 これもまた漫画から得た知識ではあったが、そう外れていないだろうと予想する。

 予想したのだが……


「人と人以外にも、人と獰猛な動物だったり、モンスターと戦ったりといったようなこともあるわね」

「それは……なるほど」


 ソフィアの言葉に驚きつつも、納得するイオ。

 実際にイオが見た漫画では、熊や虎、獅子といった動物と戦う闘技場もあれば、ファンタジー世界を舞台にしたものではモンスターと戦うといったようなことも珍しくなかい。

 そう考えると、ソフィアの言葉も理解出来た。


「ちなみに、今の言い方だと人から聞いたんじゃなくて、自分でも経験したような感じでしたけど、もしかして……?」

「ええ。以前にちょっとね」


 イオの言葉にあっさりと頷くソフィア。

 ランクA傭兵団を率いる人物が、一体何故そのようなことになるのか。

 その辺りはイオにも分からなかったが、あるいはまだランクの低い傭兵団のときに何かあったのかもしれないと考えながら、これ以上突っ込んだことを聞くと不味いかもしれないと判断し、ただ頷くだけだった。

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