第91話 ネコのコトバがわかるぼく

「くっ まさかあなたに正体がバレるとはね……」

(しゃべった!?)


 そんなノワール──いや【悪霊】は、ネコっぽいポーズのまま悪態をついた!?

 ネコのカラダでどうやって発声してるのかとか謎だけど……

 ともあれもう一度【鑑定】をかけていみる!


(【万物真理ステータス】! ノワールを鑑定して!)


 パッ!

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・名 前:ノワール(猫)

・性 別:メス

・レベル:なし

・状 態:憑依状態

・H P:13/14

・M P:0/0

・スキル:【ネズミ捕り】

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(んなっ!? 今度は【憑依状態】って鑑定されてる? なんでぇ!?)


 そんなぼくの疑問に答える様に、悪霊が忌々しそうに口を開く。


「せっかくネコの意識を残し、私の意識を伏せておいたというのに……」

「そ、そんなことが──」

「ええ……次の新月の晩に、私の意識が戻る様に予定していたのですよ」

「あなた方の油断を誘うためにね」

「な──」


(【万物真理ステータス】! 次の新月はいつ!?)


 パッ!

-------------------------------------

 2日後

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(あっ あぶなっ!?)


 察するに悪霊は【神聖魔法】を使うアイナママを警戒していたんだと思う。


(首尾よくルシアママのカラダを乗っ取っても……)

(アイナママが傍にいて気づかれたら、その場で浄化されかねないし)


 ともあれぼくは剣を構え、じりじりとノワールを追い詰める。

 中身が悪霊だといっても、そのカラダはあくまで普通のネコのもの。

 ぼくと真正面から戦っても勝ち目はない。

 そしてネコのカラダでは、ドアを開けて逃げることも窓を破ることもできない。


(とりあえず、風の結界で閉じ込めて──)

「く、クリス? ノワールの言葉が……判るの?」

「え? アイナママには聞こえないの?」

「聞こえるけど……にゃぁにゃぁ鳴いているようにしか」

「あ……」


(まさか……【全能翻訳トランスレイト】がネコ語を翻訳してるの!?)

(でもでもっ 今までのノワールのコトバは、判らなっかたのに!?)


 パッ!

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 【悪霊】に完全に憑依され意識を乗っ取られた事により、

 【知性】が上昇した事が原因と考察される。

 なお、一部の魔物や類人猿などの、一定水準の思考能力を持つ者なら、

 【全能翻訳トランスレイト】による翻訳が自動的に発動する。

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(そうなの!?)


 でも言われてみれば……勇者時代、魔王城の近くに棲む様な魔物には、

 カタコトのコトバで話しかけられた事があったんだ。

 もっとも『死ネェェ』とか『オレサマオマエマルカジリ』みたいのだけど。


「く……クリス?」

「はっ!? アイナママ……残念だけど、コイツはもうノワールじゃないんだ!」

「そう、ですか」

(ごまかせた!)


 アイナママには悪いけど、【勇者魔法】の事はナイショなんだ。

 この勢いで、討伐しちゃおう!


「アイナママっ もういちど【キリエレイソン】を!」

「わ、わかりました! 【キリエレイソ──」


 アイナママが呪文を発動しようとした、その時!?


 ガチャ


「ねぇ? クリスぅ まだお話おわらないの?」

「れ、レイナ!?」


 レイナちゃんが、ドアをあけてしまった!?


「くくっ こうなれば、この娘の身体をっ」

「やっ やめろぉ!?」


 悪霊が、レイナちゃんの顔めがけて駆け出す!?

 そしてアイナママの【キリエレイソン】は不発に終わり──


(だっ ダメだ! 間に合わない!?)


 その跳躍はあっけなくレイナちゃんの顔の高さに届き、

 ぼくは剣で斬りつけることも出来ずに──


 バチッ!


「ギャッ!?」

「なっ!?」


 けれど、悪霊がレイナちゃんに触れる寸前、

 バチッと火花が散って、あっさり阻まれてしまった!


(アイナママの聖結界!?)

(よくわからないけどっ チャンスだ!)

「アイナママっ もういちどおねが──あぁっ!?」

「くっ」


 聖結界(?)に弾かれた悪霊は、床に落ちると同時に着地!

 そのまま一気に駆け出して、ドアの隙間から逃げてしまった!?


「ちょ──クリス!? なんなのっ 今の!?」

「ごめんっ あとにして!?」

「きゃっ」


 ぼくはレイナちゃんの横を強引に通ると、廊下に飛び出した!


(どんなに逃げてもっ レーダーで追いかけてやるっ)


 けれどそう考えていたのは、ほんのわずかな間で……


「あぁっ!?」

「く、クリス!?」

「ちょ、ちょっとクリスったら──あぁっ!?」


 思わず立ち止まって、廊下の先をぼんやりと見つめるぼく。

 そんなぼくを押しのけ、レイナちゃんが駆け寄ったその先には……

 ぐったりと横たわる、ノワールがいた。


「ノワールっ ノワールったらぁ!」

「クリスぅ! ノワールに何したのよぉ!? うわぁぁぁんっ」

「れ、レイナちゃん……」


 おそらく……悪霊はノワールの身体を捨てて、【霊】となって逃げたんだろう。

 そしてそこに残されたのは……魂を無くした、ノワールのちいさな身体。

 そして事情を知らないレイナちゃんは……

 ノワールのカラダを抱き上げ、嗚咽をあげて泣きじゃくり──


「レイナちゃん……ごめん」


 悪霊を逃してしまった悔しさよりも、ぼくは……

 レイナちゃんを泣かせてしまった事を、心から悔やむのだった。


 ◇◆◆◇


それから……数日たったある日。


「ぐんにょり~」


 ぼくは鍛錬の休憩中……ぐんにょりと脱力中ですぅ


「クリスくんっ 元気だしてくださいっ」

「うぅ アプリルさん……ごめんねぇ ぼくはダメなコなんですぅ」

「もうっ そんなことありませんって!」


 鍛錬をしてる時は、まだ頭を空っぽにしてやれるから良いんだけど~

 こうしてお休みしてると、つい落ち込んじゃうぼく。


「レイナちゃんにもちゃんと事情を説明して、判ってもらえたんでしょう?」

「うん……アイナママがレイナちゃんに、お話してくれたから~」


 レイナちゃんにはこれまでも、【悪霊】の事はくわしく説明してなかった。

 でも、こうなったらもうレイナちゃんも当事者だし?

 アイナママがいちから全部、説明してくれたんだけど……


「それでもノワールが……」

「うぅ、そうですね……」


 あの悪霊が抜け出てしまった今、ノワールの魂はどうなったのか調べようがない。

 取り憑かれた時に身体の外に追い出されたか、魂を食べられてしまったのか……

 ノワールは今、柔らかい布でカラダを包まれ……

 まるでバスケットの中で眠っているようで──


「今はカラダも温かいし、心臓も動いてるから眠ってるみたいだけど……」

「魂が無いんですよね……ならいずれそのうち──」


 その身体は生きていても、いわゆる脳死状態に近い。

 このままごはんも食べられなきゃ、衰弱して死んでしまう。


「それに……レイナちゃんも理解はしてくれたけど……」

「何度もノワールを見に来てるし……」

「ですね……」


 それにノワールがこんなふうになって、アイナママだって悲しんでる。


「あぁっ 大切なぼくの家族をっ こんな悲しませちゃうなんてぇ!?」

「ぼくはやっぱりダメなコなんですぅ!?」

「ちょ──クリスくんっ おちついて!?」


 そんな感じでここ数日のぼくは、ぐんにょりしっぱなし。

 そしてその原因でもある【悪霊】はというと──


(あれからしばらくして、レーダーで追ったら反応を見つけたけど……)

(いま、ずいぶん遠いところにいるんだよなぁ)


 それは、ケストレルの街よりももっと遠く。

 というか、それこそ空を飛ぶでもしないと行けないような遠距離で……


(近所ならともかく? そんな遠いところだと、ママたちに説明できないしなぁ)


 いっそひとりで行こうかとも思ったけど……

 この距離だと往復だけで1日かかっちゃいそうで、断念したんだ。


(うぅっ 勇者魔法がナイショなのが、つくづく恨めしいぃぃ)


 なんてぼくが、またぐんにょりしていると……


 ガチャ


「あっ ルシア様っ おかえりなさい♪」

「ああ……アプリル、クリス、ただいまだ」

「ルシアママぁ もうお仕事、終わったの?」

「終わったというか……まだなんとも言えない状況でな」

「ああ、アプリル? すまないがアイナを呼んできてくれないか? 急用だとな」

「はいっ わかりました」


 入れ替わりに廊下に駆け出してゆくアプリルさん。

 その間もずっと、ルシアママは難しいお顔をしていたんだ。


 ◇◆◆◇


「人族の……城塞が、ですか?」

「ああ、大規模な魔法攻撃に晒され、陥落しかけたらしい」

「まぁ……やはり、魔族の進軍ですか?」

「いや、それがだなぁ……どうやら単独での襲撃だった様だ」

「単独?」

「しかもその者は単身で空を飛び、強大な魔法を放ってきたそうだ」

「えっ? それって……ルシアママみたい?」

「ああ……実際そうだと思ったのだろうな」

「情報が集まるまでは、私の襲撃だと思い込んでいたらしい」

「だが、その見た目は私のそれではなく、一目で別人だと判るそうだ」

「じゃあその襲撃者って、どんな姿なの?」

「ああ、それがなぁ……はぁぁ」


 ルシアママは、気難しそうなお顔でため息をついた。

 そしてそのおくちから出たコトバは──


「背格好は小柄で細身……そうだな、クリスと同じくらいか」

「そして黒目黒髪の女で、魔法使いの装備をしていた様だ」

「えっ!?」

「ルシア……それは──」

「ああ、その姿はかつての【大陸最強の魔女】……ステラによく似ているそうだ」

「なっ!?」


 ぼ……ぼくの【産みのママ】、ステラママが!?


「で、でもステラママは──」

「ああ……ステラは確かに亡くなったし、遺体も棺に入れ埋葬した」

「クリスはそれを……覚えているか?」

「ううん……」

「そうか……そうだったな」


 クリスとしてのいちばん古い記憶は、アイナママとレイナちゃんとの出会い。

 ルシアママによるとステラママが亡くなったのは、その1年ほど前だそうだし。


「ま、念の為にここに戻る前に、ステラの墓を見てきた」

「どう……だったの?」

「ああ、荒らされた様子もなく、いつもの様に花に溢れていたよ」

「ほっ……」


 まさか悪霊が遺体に乗り移って……?

 と、ぼくも一瞬思ったけど、その線はなかったみたいでひとあんしん。

 そもそもステラママが亡くなって、もう10年以上たってる。

 そのカラダはきっと、骨だけになってるはずで──


「ルシアママ? もしかして……ステラママは亡くなってないとか?」

「あぁ、クリス……残念ですが、それはあり得ません」

「えっ そうなの? アイナママぁ」

「ええ……わたしには断言できます」

「ステラが亡くなってるのは確かですし、城塞を襲ったのも彼女ではありません」

「ほう? どうしてそう言い切れるのだ?」

「だ、だよねぇ?」

「ええ、アイナさん?」


 ぼくたちの視線が、アイナママに集中する。

 けれどアイナママは、ぼくを見て──

 ううん、ぼくの後ろの虚空を見つめて……お祈りのポーズをした。


「それは、ステラは守護霊として……クリス?」

「今この瞬間も、あなたの傍に居るからです」

「「「えぇっ!?」」」

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