第74話 丸太小屋の、噂の方々(下)
「なによ、ホーネック、うわさって」
銀色のツンツンヘアーのお姉さん、レーゲルさんは、嫌な予感がしていた。駄犬ホーネックが、改まった言い回しをするなど、何事かと。
どうせ、大したものはないだろう。そうに決まっている、お願いという気持ちだった。
「いや、いろんな噂があるんだワン。よく耳にするのは――」
曰く、ぴかぴかと、赤く光る幽霊の噂。
曰く、下水に、巨大なワニがいるという噂。
曰く、誰もいないはずの古いお屋敷に、時々、人の気配がするという噂。
ここまでは、とりとめのないうわさ話だったが、次の噂が致命的だった。
「森の奥に、不思議な丸太小屋があるという噂だワン。人が住んでいると思って近づくと、 ドラゴンの尻尾を生やした女の子が、森のクマや動物達と、仲良く丸太小屋暮らしをしているという――とっても不思議なうわさだワン」
話し終えると、駄犬ホーネックは、周りを見渡す。今もどこかで、不思議な丸太小屋を探している、好奇心が
丸太小屋メンバーも、同じ気持ちだった。
「クまぁ~」
「それって………」
「………私達のことね………最後のって」
「そう思うワン」
顔を見合わせる、女子二人と、クマさんと、駄犬。
お尻尾がゆらゆらと、不安を表す。
ローブ姿のフレーデルちゃんからは、ドラゴンの尻尾が見え隠れする。サイズが少し大きな魔法のローブであっても、やはり、少しの油断が命取りのようだ。意識をする必要なく、何かがちょろちょろと、騒がしいと気付いてしまう。
「はぁ、手遅れだったかぁ~」
レーゲルお姉さんは、まぬけを自覚する。
ここは、立ち入り禁止の森の中ではない。町からは離れているものの、森の散策に、ピクニックにと、だれが訪れても不思議はない。
偶然この丸太小屋を発見しても、おかしくはなかったのだ。
「ホーネック、その噂、どの程度広がってる………森林保護隊が動くレベル?」
レーゲルお姉さんは、いつになく不安そうだ。
何かを心配しているように、うつむき加減で、考え込んでいるように見える。普段とは違うレーゲルお姉さんの気配に、
「レーゲル姉、森林保護隊って?」
「くまぁ~、くま、くまぁ~」
「あぁ~、そういう事かワン」
クマさんは、ちょっと、落ち着きなさいと、頭をなでる。駄犬ホーネックは、あきれたような気配もある。
心配だが、落ち着け――
そんな、やさしい顔ではない。なぜ、クマさんのお顔なのに、ニタニタと笑って見えるのだろう。
仕草が、理由だ。
手のひらを口に当てて、いやらしい笑みを浮かべておいでなのだ。
理由が分かる駄犬ホーネック君であるが、先日の、ぞぞぞ――事件の眉毛とお髭が、まだ少し顔に残っているのだ。
懸命に、事実だけを口にした。
「レーゲル姉の年下の彼氏が、保護隊の、見習いなんだワン」
つまり、このような暮らしだと、知られたくない乙女心である。
当局によって、無断建築を知られ、さらには、魔法実験の失敗の、アニマル軍団生活を暴露されることも不安であろうが………
「だってぇ~、問題になってたら、ヤバイじゃない。お姉さんは、頼れるお姉さんじゃなきゃ、いけないのっ」
駄々っ子のような物言いが、ちょっと、可愛らしい。レーゲルお姉さんが、乙女モードに入ってしまった。
年下の恋人君も、大変だ。
なお、駄犬ホーネックが情報を仕入れるのは、ゴミ出しの奥様達の会話に、公園での奥様達の会話にと、噂話ネットワークの中心地ばかりである。
駄犬が、哀れみを誘う顔をして近づけば、ホウキが飛んでくるか、エサが投げられるかはバクチである。
それでも、エサの可能性を信じたいのが、人情である。
本日は顔に落書きをされた状態であれば、よく、お子様達の餌食となった。そのため、ついつい、口を開いたことは、封印したい過去である。
しゃべりましたわ、しゃべりましたわ――と、興奮するポニーテールちゃんが、新たな噂を振りまいているに、違いない。
「それで、本当に当局が真剣に取る印象、なかった?」
「………下水の幽霊やワニと同じくらいだと、思うワン」
大丈夫だと、信じたい。
ホーネックの言葉は、不安を隠せていなかった。不思議なことも、それなりに根拠があるというのが、大人としての考え方である。ばかげた噂が、とある事件の予兆であったというのは、よく聞く話だ。
その予兆を見逃さないように、町の巡回はいらっしゃるし、騎士様も歩き回る。
噂の頻度が上がれば、本当に目撃した人物がいたのかもしれない。保安のために、調査が入ることもあるだろう。
今はまだ、ピクニックで偶然、不思議を目にした。そんな、取り留めのない噂に過ぎない。
森の奥に、ドラゴンの尻尾を生やした女の子がいた。クマさんがお世話していた。丸太小屋に、暮らしていた。
まるで、どこかの絵本で読んだような話だ――と
目撃した人物でさえ、本当だったのかと、森を出る時点で、不安になるだろう。同じ道を、森に慣れていない人物が、探し出せる保障もない。
森の出口へ向かうのと、偶然、森の小屋を見つけるのとは、難易度が違うのだ。
「だから、今のところは大丈夫。まぁ、好奇心が
アニマル軍団は、その手の悪ガキに心当たりがあった。
自分達のことだ。
そして、自分達のような悪ガキ軍団は、どこにでもいると確信できる。魔法の力がなくとも、好奇心が先走る連中は、本当に、どこにでもいるのだ。
好奇心が
面白そうだと。
「フレーデル、あんたがこの小屋の主ってことで、ごまかすよ。魔法でクマと犬をてなずけているって、魔法実験をしてるから、出て行けってね………私がいれば、私がごまかすけどさ………」
レーゲルお姉さんは、命じた。
基本的に、街中での用事に忙しいレーゲルお姉さんである。むしろ、留守の間に、好奇心の塊と鉢合わせれば、どうなるか。その対策を考える必要が、出てくるわけだ。
「幸いなのは、お師匠様には、もう、ばれてることね………今の魔術師組合の組長も、お師匠様のお弟子様とか、お弟子様のお弟子とか………まぁ、関係者だし」
「じゃぁ、魔法関係なら、お師匠様の名前出しちゃえばいいんだ。私達、その弟子だし」
「大丈夫と、思うワン。魔法のローブさえ着ていれば………」
そこで、お尻尾の話に戻る。
フレーデルちゃんは、おしとやかとは反対に位置する、元気一杯の女の子である。多少は演技をすることも出来るが、秒単位で崩壊する。
ローブの中にお尻尾を隠して、静かにたたずむ。
そして、出て行くように警告するという高等芸術を、果たして、演じきることが出来るだろうか。
無理だと、経験から分かりながら、今だけは、無理を通したい。
主に、レーゲルお姉さんの都合によって。
「騒ぎが面倒だから、尻尾を丸めて、静かにする練習………今からね」
「えぇ~………」
夜の森に、フレーデルちゃんの嘆きが、響き渡った。
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