第41話 お師匠様、登場


 にっこりとした気のいい老婆が、歩いてくる。

 古木の杖を、よいしょ、よいしょとついて、ゆっくり、ゆっくりと、教え子達の元へと歩いてくる。


 いつの間に現れたのか、森の小屋の前に、ミイラ様が現れた。


 雷が落ちると共に現れたのなら、まだ分かる。気付けば、そこにローブ姿の老婆がいたのだ。

 いったい、どうやって。

 震えて抱き合う悪ガキたちに、分かるすべはない。


 代表のお姉さんが、恐る恐ると、口を開いた。


「えっと………お師匠様、ドラゴンの神殿に行くって………お帰りが、とても――」


 早すぎる。

 悪ガキたちの、自由なる日々は終わった。

 仲間内で、こぞって実験の成果を見せ合おう。そんな、自由奔放の理由のひとつは、お師匠様の不在なのだ。

 

 ばれればヤバイのだ。


 男たちはアニマルで、フレーデルちゃんからは、ドラゴンのしっぽが生えてしまったのだ。

 何とかしようと、まずは森の住まいが完成した。

 次の手も思着かないのに、一番ばれてはヤバイお人が、目の前にいるのだ。


 ミイラ様は、ニッコリとほほ笑んだ。


「そらぁ………なぁ、ドラゴン様の魔力は、桁違いだ………分かるわなぁ~………」


 どこが目なのか分からない、しわしわが、一点を見つめていた。

 

 ドラゴンの尻尾が、ゆらゆらゆれている。

 レーゲルたち、丸太小屋のみんなの目線も、続いた。赤い尻尾に、注目が行く。一人、注目された理由が分からないフレーデルちゃんは、キョロキョロと不安そうだ。


 答える術を持たないレーゲル姉さんは、思いつく言葉を導き出そうとして、口をパクパクとさせる。普段の、かっこいいお姉さんから、お子様に戻っていた。


 老婆は、にっこりと続けた。


「なぁに、ドラゴン様が人の姿に化けるなんぞ、珍しくないわ………まぁ、未熟な精神であれば、術がうまく操れないことは、あるが………それは。み~んな、同じだなぁ~」


 楽しそうだ。

 あぁ、めったにない面白いことが、目の前にあるのだという、楽しそうなお顔であった。これは、自分達が、黙って魔法実験を行ったことなど、お見通しだ。


 どのように言い訳をしようか、ごまかそうかと言う、悪ガキの必死の努力を、楽しんでおいでなのだと。

 不安げに、そわそわとしたドラゴンの尻尾を、再び見るレーゲルのお姉さん。自分を見られたと思って、フレーデルちゃんは、レーゲルお姉さんの背中に、顔をうずめる。


 もう、ダメだと。


「………お師匠様、申し訳ありませんワン」


 おかしな語尾で、誰かが言い訳を口にした。


 尻尾をパタパタとしている、駄犬がいた。

 足元に魔法の本を置いた、本の虫のホーネックである。確か、おかしな語尾をつけるような、愉快な人格の持ち主でなかったはずだ。

 今は、駄犬だった。

 

 白状します―—という、神妙な雰囲気だ。 


「動物に意識を移す実験をしたんだワン」


 前足で、メガネを、くいっとさせているしぐさは、間違いなくホーネックだ。いったいどのようにしたのか、駄犬の状態で、言葉を発していた。

 動物に乗り移ったまま話すと、それが語尾に鳴き声が影響するなど、誰が知る。もしかすると、クマさんになったオットルお兄さんも、本当は話せるのか?


 クマさんに、注目だ。


「くま………くまぁ~………」


 首をふって、できないと答えた。


 ナイフのような、巨大な爪のある手のひらで、パタパタと、無理、無理と。

 どうやら、これもまた、個性のようである。魔法の発動にも、個人の資質が大きく影響される。細かな作業に向く性格に、大雑把ながら、勢いのある性格にと………


 ホーネックは、駄犬との相性が、最高のようだ。


「………本当に、面白いなぁ~」


 ため息をつきながら、お師匠様は本へと、手をかざす。


 ひとりでに、本が浮かび上がった。

 お師匠様の腕は、ミイラのようにやせ細っている。出歩いては、お体に触ります。そのような言葉をかけたくなる、老いたる肉体である。


 むしろ、歩くミイラである。


 その手のひらが、岩をも砕くとは、誰が予想できる。肉体はすでに、人とは異なる構造へと変化しているに違いない。そうでなければ、二百年近くも生きながらえることが、できようはずもない。


 魔法の本のページが、ひとりでにめくられた。

 ただ目当てのページを探っているだけではない、それ以上を、魔法の本から得ているのかもしれない。お師匠様と言う老婆の様子が自分達とは異なると、輝く魔法の気配で伝わってくる。


「さすがですワン、お師匠様………」


 一人だけ………いや、一匹だけ、いいこちゃんぶっている優等生がいる。そのような気配は、本を操る人物の前では、いつものことのホーネック。

 本が絡むと、とたんに忠実な生徒へと変わるのだ。

 関わらなければ、あんた、誰――と言う、薄情はくじょうな若者であることも、みんなが知っている。


「………ホーネック、それに、オットルもだなぁ………あんま、その姿で力を使わんほうがええわ………」


 お師匠様の口から伝わった事態に、調子付いてワンワンとしゃべっていたホーネックが黙り、クマさんのオットルお兄さんは、顔を両手で挟む。


 なんて、こった――と。


 クマさんのお顔でも、あんぐりと大口を開けて、絶望の表情であることが、よく分かる。


「………まぁ、分かっていると思うがなぁ、眠ったまんまで、魔力だけが減っていく状態だわ。犬ッコロに言葉を話させる、ちょっとしたものを持ち上げる程度ならええが………」


 あぁ、大変だ。

 すでに、人の姿に戻っているレーゲルお姉さんには、仲間の危機だ。まだまだ余裕があるものの、衰弱していく仲間たちの姿が、脳裏に浮かぶ。


 何のための、丸太小屋か。

 第一の目的は、横たわったままの仲間の肉体を、守るためだ。ネズリーは自室で実験をしていた分、余裕がある………


 違う―—と、レーゲルお姉さんは口を開いた。


「危ないのは、ネズリーだ………」


 目の前に、動物へと意識を移したままの仲間がいる。ただし、ネズリーの場合は、意識を移した動物がどこにいるのか、分からないのだ。

 目の前にいれば、何とかできる事態も、いなければ、何も出来ない。


 レーゲルお姉さんは、意を決して、告白する。


「お師匠様、実は………ネズリーは、二週間以上も――」


 レーゲルお姉さんの言葉は、途中でさえぎられる。

 お師匠様が、手をかざしたわけではない。本に目を通す師匠の姿を見て、邪魔をしてはいけないと感じたのだ。


 知らないことは、知らない。

 それは、自分達では想像も出来ない時間を生きた、目の前のミイラ………もとい、偉大なる魔法使いの老婆にも、言えることだ。


 あと、忘れていることも、思い出すまでは、忘れているものだが………


「あぁ、安全に気を使いすぎて、本人の意思が………あぁ、そうそう、たしか――」


 独り言を言う師匠を、アニマル軍団は、ただただ、見守るしか出来なかった。

 おジャマをしては、ならないのだと。

 ただ、周囲の気遣いを感じ取れない、お子様もいる。


「ねぇ、ねぇ、レーゲル姉ぇ、逃げるの?今のうちなの?」


 尻尾をパタパタと、追いかけっこの準備万端の気配があった。

 どうせつかまるのだが、フレーデルちゃんは、お師匠様のお怒りが落ちると分かるや、逃走の癖があるのだ。

 悪ガキらしいといえば、らしいのだが………


 レーゲルお姉さんは、今はダメだと言おうと、口を開く。


「だめに――」

「フレーデルは、ドラゴンの記憶を、取り戻せてないようだなぁ~………この魔法も、同じか、半端に術が成功すると、元の自分を忘れてまうんだわ………『私、誰——』ってなぁ~」


 楽しそうだ。

 とっても、楽しそうな笑い声だった。

 これから、大変なことが待っている、何とかしなくてはと言う意味でもある。その前に、レーゲルお姉さんは、たずねたい事があった。


「………あの、お師匠様は、フレーデルがドラゴンだったって………ご存知だったのですか?」


 ならば、無茶をするおてんば娘への態度も、うなずける。

 色々とやらかした悪ガキメンバーであるが、最も派手にやらかしたのが、現在ドラゴンの尻尾をはやしている、フレーデルである。

 もしや、追放か。そんな覚悟はしたことがない、いつも面白がっていたのだから。


 偉大なる大魔法使いであるミイラ様は、暇ではないはずだ。

 二百年近くを生きるような魔法使いは、多くない。むしろ、国王よりも権威が上と言う存在だ。ドラゴンの神殿のまとめ役や、王国の切り札や、代々の相談役としての地位である。


 それが、自分達にかかりっきりであるのは、おかしかったのだ。自分たちの才能が豊かであるためと思っていたが、そんな理由があったのならば………と


 考えすぎだったようだ。


「退屈しない連中だと思っていたが………ホント、長生きはするものだなぁ~、老い先短いと思っていたら、こんな面白いことになっていようとはなぁ~」


 お師匠様と言う老婆は、本を閉じると、ホーネックの下へと戻した。

 いつもならば、魔法実験に関わった一切を没収の上に、とんでもない事態が待ち構えている。

 

 ガタガタ震える、息も凍える雪山の高山地帯での、幻の薬草採集か、悪臭漂う、毒沼地帯のきのこ採集か………


 今回は、それがない。

 それが、不気味に思えた。


「まぁ、これもいい経験だなぁ、すぐに死ぬわけじゃなし………」


 自分達の失敗は、自分達で取り戻せということらしい。確かに、こんな厄介な出来事を、自分達で解決するほど、厄介なことはない。

 しかも、招いたのは、自分達だ。


 レーゲルお姉さんは、うなだれた。


「はぁ、そういう事ですか………」


 どのようなバツという名前のお楽しみよりも、お師匠様を楽しませそうだ。自分たちの後始末が、待っているのだ。 

 アニマルモードの男どもに、ドラゴンの尻尾を生やした妹分は、分かっているのだろうか。


 レーゲルお姉さんは、遠吠えをしたい誘惑に、駆られていた。




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