第37話 森のお散歩と、ドラゴンの尻尾


 初夏の日差しは、ゆっくりと影の向きをかえていく。

そろそろ、おやつが欲しくなる時間帯に、のっし、のっしと、森の草原を、クマさんが歩いていた。


 円を描いて、おろおろと、歩いていた。


 心配だ、どうしようという、クマさんの、心配な気持ちが伝わってくる。二本足で歩く姿は、とっても人間くさい、うろうろと、同じところをぐるぐると、回っていた。


 その背中では、赤いロングヘアーの女の子が、両手を広げて、はしゃいでいた。


「わぁ~い、わぁ~い、おさんぽ、おさんぽ」


 元気いっぱいの女の子、フレーデルちゃんは、クマさんの背中の上で、尻尾をパタパタと、子犬のように揺らして、ご機嫌だった。


 子供か。


 この中の誰もが、そのように突っ込むことが出来ないのが、ちょっと悲しい。突っ込みの言葉は全て、鳴き声なのだ。


 なげきの泣き声ではない、動物の鳴き声だ。


 フレーデルちゃんを背中に乗せて歩くクマさんもまた、その一人。中身はお兄さんを気取る、オットルお兄さんだ。


 ぐるぐると回る中央には、自分が目覚めぬままなのだ。

 ボロボロな魔法のマントを身に着けたオットルお兄さんの、本体が眠っている。ほかにも仲間が眠っている。

 精神を動物に移したまま、眠り続けたままなのだ。


 中央で、天空に早々と現れた月を眺めている銀色の狼は、かっこいいお姉さんの、レーゲルさんだ。そして、本を入れた袋を、大切そうに抱きしめるワンちゃんが、本の虫のホーネック君である。


 ねずみになったネズリー少年の仲間たちは、アニマル軍団となっていた。人のままなのは、術が発動できなかった、フレーデルちゃんだけだ。


 このまま、森で生涯を送るのか、ほこり高い狼はふと、振り向いた。


「あっ………おはよう、レーゲル姉」


 フレーデルちゃんが、尻尾をフリフリご機嫌に、振り向いた。


 ちゃんと仲間を見守っていたようなので、ほめるべきだ。フレーデルちゃんは、銀の狼さんから、お姉さんのレーゲルに戻った瞬間に、その変化に気付いた。


 しかし、お姉さんは叫びたい気持ちで、そのご機嫌な尻尾を見つめていた。


「………ドラゴンの、尻尾よね………やっぱり」


 謎はまた一つ、増えていた。

 フレーデルちゃんの可愛いお尻から、生えていた。


 フレーデルちゃんの感情のまま、ご機嫌にフリフリと揺れている。幻などではない。お尻尾は、比ゆ表現ではなく、本当に生えていた。

 燃えるような赤いうろこがびっしりと生えた、それでもとげとげしさや、荒々しさは見られないドラゴンの尻尾である。


 フレーデルちゃんは、獣に意識を移す魔法には失敗した。

 だが、元気いっぱいに、魔力を解放したのだ。その結果、何らかの変化を、自らにもたらしたようだ。


 なぜか、ドラゴンの尻尾が生えていた。


「どうしたの、レーゲル姉、ドラゴン?どこ、どこ、ドラゴン、どこぉ~」


 自らの肉体に、ドラゴンの尻尾を生じさせる。

 新たな魔法として、肉体を強化する魔法の一種として、ありえなくはない。

 ただ、そのような複雑な魔法を、それも無意識に生み出せるものだろうか。特に、このお子様が偶然生み出すなど、ありえるだろうか。


 むしろ、ドラゴンが人の姿になって、正体を忘れていたというほうが自然だ。


「たしか、人に姿を変えたドラゴンの御伽噺があったけど………」、


 実話だろうか。


 レーゲルお姉さんは、ふと思った。

 フレーデルちゃんの正体が、ドラゴンと言われたほうが、納得だと。


 人並外れた魔力で空を飛び、炎を生み出すことなど、ごく自然に出来るフレーデルだ。細かな魔法が使えないことも含めて、ドラゴンのお子様であるのなら、むしろ納得なのだ。


 一方のフレーデルちゃんは尻尾を生やした自覚はなく、ドラゴンを見たいと、キョロキョロと、無邪気な姿を見せている。

 尻尾を、好奇心が押さえられない子犬がごとくパタパタさせていることにも、気付かない。


「だめだ、まだ頭が混乱して………本当に、尻尾が生えてたんだ………ドラゴンの」


 尻尾が生えた時点で、自分の正体に思いをはせないのも、フレーデルらしいことである。レーゲルお姉さんは、またも遠吠えをしたい誘惑に駆られていた。


 悩みが、新たに生じたことには、間違いない。


「レーゲル姉も人間に戻ったし、あとはオットルとホーネックが戻って、それからネズリーが戻れば、元通りだね」


 違うだろう。


 遠吠えをしたい誘惑と戦うレーゲルお姉さんは、ドラゴンの尻尾を生やしたフレーデルに言いたかった。


 あんたも、元に戻りなさい―—と


 だがそれが、ドラゴンの姿を取り戻せということなのか、単に、その尻尾を何とかしろと言う意味なのか、レーゲルにも、分からなかった。

 だいぶ、お疲れだった。


 ただし、確実なことは、一つある。


「今日、どこで寝よう………」


 ここは森だ。

 仲間を見捨てて町に戻るわけにも行かず、方策を考える必要があるのだ。しかも、大急ぎで。

 オットルお兄さんのクマさんが、心配そうにレーゲルお姉さんを見下ろしている。


 俺、何か手伝おうか?


 そんな顔に見えた。いつもは兄貴ぶる、この中では最年長の、少しだけお兄さんのオットルさんである。

 魔力はレーゲルより弱いが、とても器用なのだ。おかげで、魔術師組合から仕事を依頼されることもある。


 レーゲルお姉さんは、命じた。


「………まずは、小屋かな」


 木材は、たっぷりだ。

 丸太小屋を作ることなど、レーゲルお姉さんの魔法の力と、器用なクマさんの力とを合わせれば、簡単だろう。


 フレーデルちゃんが、暴走しなければ………


 注意をしようと、クマさんの背中を見る。


「フレーデル。あんたは、魔法で、みんなを運んで――」


 レーゲルお姉さんは、ここでやっと気付いた。フレーデルちゃんが、何かに興味を引かれて、おとなしくなっていることに。


「レーゲル姉、しっぽがあるよ、私の後ろに、ドラゴンさん、いるの?」

 

 そう、フレーデルちゃんは、ようやく、気付いたのだ。


 ちょろちょろと、フレーデルちゃんの周りでうごめいている、尻尾の存在に。

 どこかのバカ犬よろしく、尻尾を追いかけようと、クマさんの背中の上で、ぐるぐると、キョロキョロと動き始めた。


 ここで、教えてやろうか。


 クマのオットルさんは、どうすればいいと、かがんだ姿勢で困っている。

 まぁ、クマさんにとっては、四足歩行が自然体である。肉体的に、負担はないだろう。背中で女の子が暴れていても、問題ない。


「レーゲル姉、ドラゴンだよ、ドラゴン、どこっ?」


 くるくると、くるくるくるくるくるくると、クマさんの上で円を描く、フレーデルちゃん。

 教えても、混乱している暴走娘の耳には、届きはすまい。経験から分かるレーゲルお姉さんは、しばらく様子を見る事にした。


 夕焼けが近づいている、そうなれば、夜はすぐそこにいる。

 困った顔のクマさんは、うかがい見るように、どうするんだという仕草で、レーゲルお姉さんを見つめる。


 巨体の背中で、フレーデルちゃんと、ドラゴンの尻尾の追いかけっこは、十週ほど繰り返されて、ようやく決着がつく。


「つかまえたっ――てぇっ………ぇえええ?」


 フレーデルちゃんは、力いっぱいに、自らの尻尾を捕まえた。


 感覚は、やはりあるのだろう。加減なくつかまれた尻尾の痛みは、フレーデルのものである。おかげで混乱があったが、どうやら気付いた。


 自分の、尻尾だと。


「………レーゲル姉ぇ~………これって………?」


 どういうことなのか。


 すがるような眼差しのフレーデルちゃんに、レーゲルお姉さんは、何も答えることが出来なかった。


 きたいのは、こちらなのだから。


 正体を隠して、人として過ごしていたかった。そのようなオチが、物語にはよくあるのだ。

 なのだが、その手の知識が豊富な本の虫は、現在バカ犬状態だ。

 

 レーゲルお姉さんは、口を開いた。


「まず、降りなさい」


 疑問はむくむくと湧いてくるが、今はまず、夜の備えをすべきなのだ。

 丸太小屋作りが、始まった。





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