第13話 姉、ゴールドランクを賜る

 真琴がトントンと出会った頃、試験を受けていた湊はようやく別室へと通されたところだった。そこにいたのは、類稀なる魔力量と美貌を誇る耳の尖った種族、エルフだった。

 とてつもなく美人なエルフは、胸こそ控えめであったが艶やかな若草色の髪も、髪より少し淡い色の瞳も美しく芸術品のようである。だからこそそのエルフが鼻息荒く湊を見ている姿には違和感しかなく、どこか恐ろしい。

 美形センサーが発動した湊ですら、体を退け反らせてしまうほどだ。


「んんっ、失礼。私はここ、リエスルボアの薬師ギルドマスター。ルルーシェル・リンクワイエットよ。よろしく」

「ミナト・アメミヤです。よろしくお願いします」


 湊の反応を見てようやく我に返ったのか、ギルドマスターであるルルーシェルは咳払いをした。姿勢を整え、備え付けのソファに座るようにと促す。

 姿勢を正すだけでだいぶん印象が変わったルルーシェルは、ローテーブルを挟んだ向かい側のソファに座っている。湊はひとまず言われるがまま席に付き、ギルドマスターだと名乗った彼女と向かい合った。


「早速だけど、その技術はどこで?」

「手に職をと自己流で学びました」

「本当に?」

「疑っても構いませんけど、あなたが望むような答えを私は持ち合わせてないですよ」


 興奮を抑えてはいるものの、きらきら、いや、ギラギラと輝くルルーシェルの瞳。そんな瞳に見つめられながらも湊は平然と答える。嘘は言っていないし、ルルーシェルが望む答えがわからないのも本当である。


 エルフに関しては情報が少なすぎるのだ。

 一応国境は開いているが基本的に魔力が全て、魔法が全ての種族であり排他的。国の中心である王都に近づくにつれ、エルフ以外の侵入を嫌う徹底ぶり。獣人族や魔人族は尻尾や耳があるというだけで訪問を拒否する街もあるほどだ。


「望む答えなんて別にないわ、ただ私が作り方を知りたいだけ。初登録でこんなにレベルが高い薬師がきたの初めてなんだもの、誰だって刺激はほしいじゃない!」

「ああ、なるほど」

「でも、秘伝の作り方だったら聞くに聞けないわよね。だって技術や知識は財産だもの」

「別にいいですよ、なんとなくでいいのならお伝えしても」


 そんなエルフの中では、ルルーシェルはオープンな性格をしていた。使い潰してやろうとか、搾り取ってやろうとかそう言った裏の意図は何もなく、ただ知りたいだけのようだった。

 技術や知識に関して財産と言い切る様に好感を持った湊が、それくらいなら教えても構わないだろうと頷くとルルーシェルは大きい目をさらに見開く。


「本当?! それなら早速講習実施の手配と……あ、その前にあなたの、湊のギルドカードを発行しなくちゃよね」

「講習を実施してる時間はないので、口頭で。ギルドカードは早めにお願いします」

「ええ……何か用事でもあるの?」

「妹と会う約束をしてるんです。なので、カードを作って小銭を稼いだらすぐにここも出る予定でした」


 エルフは長寿な種族なので、ギルドマスターにまで上り詰めたルルーシェルも見かけと違いかなりの年齢だ。しかし、唇を尖らせ不貞腐れる様は実年齢とはかけ離れすぎている。

 幼いとも言えるその態度に苦笑した湊だったが、最優先は真琴なので折れるつもりはない。


「かなりのお金融通するって言っても?」

「それほどの価値がある情報なら、妹と会ってから他のギルドに行きますよ」

「うう……どうしても妹さんがいいと」

「家族ですから」

「……またきてくれる?」

「それは、気分次第で」

「うう……」

「カード発行してくれないなら帰ってもいいですか?」

「作る! 作るから!!」


 駄々をこねるルルーシェルに、そろそろ対応に飽きてきた湊は席を立った。最初の印象が酷かったせいで、湊の美形センサーが鳴らなくなってしまったルルーシェルへの対応は若干雑である。

 慌てて立ち上がり扉脇に控えていたギルド職員に指示したルルーシェルに、ため息を吐きながらもう一度ソファに腰を下ろす。


「どなたか信頼できる人を一人選んでください。その方に、今日このあと乾燥させた薬草で効率よく回復薬を作る方法をお伝えします。今日中に人を用意できないないなら諦めてください」

「はぁい。それって私でも――」

「ギルドマスターはまだお仕事が残っておりますのでだめです」

「ぐぅ」


 薬を作ることが好きなのか、身を乗り出したルルーシェルは帰ってきた職員に一蹴された。職員の対応が手慣れていることから、彼女はいつもこんな感じなのだろう。


「じゃあ、候補の予定を確認するからちょっと待っていてくれる? 依頼料はこれくらいでどう?」

「……なるほど」

「材料費はギルド持ち、試験の回復薬は規則だから回収させてもらうけど、さっきみたいに効果が高すぎた分は少し上乗せするわ。それと、教える際に作った回復薬は売って欲しいの。もちろんそれ相応の金額は支払うから」

「ありがたくいただきます。その分もしっかり置いていきますね」


 提示された金額があまりにも高額で目を見開きそうになった湊は気合いで止め、平常品を装って頷く。予想外の現金収入に内心ほくほくだ。これだけあれば多少旅に必要な物を買ったとしても余るので、街を出て真っ直ぐ真琴の元にいける。


「あと、ちょうど出来たからカードを渡しておくわ。説明いる?」

「早いですね……ゴールド?」

「作るだけなら簡単なの。あ、最後に魔力だけ込めといてね。それと、湊の技術力でシルバーじゃ普通のシルバーがかわいそうでしょ? 残念だけど、ゴールドからね」

「……はい」

「あ、状態異常解除薬の試験もお願いね。さっきも言ったけど、通常以上の効果があればはみ出た分は上乗せで出すから」


 説明を断った湊は「シルバーが良かった」と喉から出かかった言葉を飲み込み、輝く金縁のカードを受け取る。

 登録者が有している技術力が平均以上なら、それを認め正しいランクのカードを作る。それが薬師ギルドの仕事であり責務だ。

 きっちりと仕事をこなしたルルーシェルに文句など言えるわけもなく、湊はゴールドランクのギルドカードを隠すようにさっさと鞄に放り込んだのだった。

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