第168話 変わる日常


 修学旅行が終わるとこれまで通りに授業がある。


 このまま春休みに突入してくれれば気が楽なのだが、何と言っても我々学生には最後の試練が残っている。


 そうです。

 学年末テストです。


 なんで楽しいイベントが続いた最後にテストなんていうテンション下がるイベント持ってくるんだろうな。


 ということで、皆気を抜くことなく勉強に勤しんでいるというわけだ。


 そんな風景を見ていると、日常に戻ってきたんだな、みたいな気持ちになる。


 とはいえ、これまでと全く同じ日常というわけでもない。修学旅行から変わったこともある。


 言わずもがなだが、結と付き合うことになったので、これまで以上に距離が近い。


「お昼食べよ」


 これまでも昼飯を一緒に食べることはあったが、極力人目につかないところで食べることが多かった。


 けれど、付き合ってからというもの、そんなの関係ねえと言わんばかりに教室で食べよる。


「はい、こーくんのお弁当」


「おう、悪いないつも」


 毎日一緒に食べるわけではなく、日によっては倉瀬とかと食べている。俺と飯を食う日は基本的に弁当を作ってきてくれるからありがたい。


「いいね、愛妻弁当。羨ましい限りだよ」


 俺が結と食うことによって、必然的に一緒に飯を食う友達を失った栄達は、いつも一つ二つ小言を置いて教室を出て行く。


 どこで誰と食べているのかは知らん。


「はい、あーん」


「それはやらんっていつも言ってるだろ」


 隙あらばこんなことを平気でやって来る。教室で、周りにクラスメイトもいるというのに。


「ええー! でもわたし達付き合ってるんだよね? わたしはこーくんの彼女なんだよね?」


「……だとしても、ダメなものはダメだ。こんな人目のあるところで」


「じゃあ、人目がなければいいのかな!?」


「考えておく」


 こんなやり取りをしても、周りのクラスメイトが微塵も触れてこなくなったのが何とも辛い。


 いや、辛いというのも感情としては違うのだが。


 あーはいはいまたやってるよあいつら、みたいに思われているわけだ。彼らにとってこれが日常になっているのが何とも言えない気持ちになる。


 午後の授業は相変わらず眠い。誰もがその思いを抱きながら、うとうとしている。

 あの結でさえ眠たそうだ。


 五時間目に体育を持ってくればいいのに。

 まあ、その時間割になったらなったで食後の運動はしんどいというクレームが入るに違いないが。


「……」


 ちなみに。

 白河とは、まだ話せていない。


 話さなければならないことはないが、これまでのようには無理だとしても普通に友達としてくらいには戻れればと思っている。


 廊下で見かけたりはするんだけど、俺の姿を見かけた途端に走って行ってしまう。

 まだ、あのときのことを気にしているのか。

 それとも、もう俺とは会いたくないのかな。


 そんなことを思ってしまい、宮乃に尋ねてみたことがある。


『大丈夫だよ。ただ、そうだね、まだ気持ちの整理がついてないんだよ、きっと。このままじゃダメだっていうのは、白河さん自身が一番分かってるはずだから』


 だ、そうだ。


 そう言われると、俺からできることは何もない。白河の気持ちの整理がつくのを待つしかないのだ。


「いやだねー、テスト」


「それ終われば春休みだし、頑張るしかないんじゃないか」


 放課後。

 結と二人で帰る。


「こーくんがポジティブだ……」


 俺の言葉が信じられなかったのか、結が驚いたように呟く。失礼な。


「何言ってもテストはあるんだからやるしかないだろ。諦めてんだよ」


「ネガティブだった……」


 別にネガティブでもないが?

 とはいえ、テストが嫌という気持ちは学生誰もが持っている感情だ。

 テストを楽しみにしている奴がいるとすれば、そいつはよほどのマゾヒストだな。


「じゃあさ、こーくん」


 電車を降り、家までの道のりを歩いているところで結が言う。

 

「ん?」


「テストが終わって春休みに入ったら、どこか出掛けようよ」


「あー、いいぞ。ご褒美は大事だもんな」


 わーい、と喜びを体全体で表しながら結がてててと走って行ったのは商店街にある本屋だった。


 そして数ある雑誌の中から迷わず一つを手に取り、ペラペラとページを捲っている。


 あの感じ、既に何か候補があるようだ。


「これ!」


 追いついた俺に、結は開いたページを見せつけてくる。


「……これって」


「うん。温泉だよ」


 いや、温泉はいろいろとダメでしょ。男女で行くとかもっとダメな気がする。


「温泉って冬に行くもんだろ? そのとき春だぜ?」


「温かい気温に包まれながらのんびり浸かるのもオツだよ。温泉は春夏秋冬いつでも楽しめるスポットだよ?」

 

「まあ、そうだけど」


「どうせならお泊まりしたいね」


「金ないよ。あと、親が許してくれないだろ。男女となると」


 うちの親はそんなの気にしないだろうけどさ。結の家となると、可愛い一人娘が男と温泉旅行とか許してくれないだろ。


「うちは大丈夫だよ。こーくんと春休み旅行行ってくるねってもう言ってるし」


「勝手に話が進んでた……」


「あとはこーくんの許可だけなのです!」


「……うちも、親に相談しとくわ」


 行くなとは言わんだろうが、金をくれるかが問題だからな。


「これなら、テストも頑張れるよね?」


「そうだな」


 確かに。

 もしも本当に行けるのならば、楽しみだというのは本当だし、勉強も頑張れる。


 悪くない。


「あ、ちょっと買い物していい?」


「いいけど。晩飯?」


「違うよ」


 スーパーに入った結は目移りすることなくお菓子コーナーに走って行ってしまう。


 そんなお菓子好きなイメージはないんだけど、実は大好きなのかな。だとしたら新発見だ。


 追いつくと、結はカゴにチョコレートをどさどさと入れていた。


「え、そんな食うの? チョコ好きだっけ?」


「ちがうよ。ほら、もうすぐあるでしょ。チョコレートが大活躍する日」


「ああ? ……あー」


 そういうことか。

 数日後に待っているのは二月一四日。つまり、バレンタインデーだ。


「期待しててね。わたし、頑張るから」


「お、おう」

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