第142話 正月


 正月の過ごし方はそれぞれだ。

 それこそ家族の数だけあるとさえ言える。田舎に帰る者もいれば、家でまったり過ごす者もいる。友達とわいわい騒ぐ人だっていることだろう。


 八神家の正月はまったりとしている。


 母さんが両親と喧嘩しているらしく、田舎に帰るということもない。俺としては少しでも多くのお年玉が欲しいのだが、一人で行くには遠すぎるので諦めている。


 さすがに三が日は仕事も休みらしく、母さんは昼も夜も家にいる。朝からずっと飲んでいる。


 俺は特にすることがないので母さんに付き合う。酒をひたすら煽る母につまみを用意する俺。

 気づけば夜で、あっという間に元旦は終わった。まあ、こんなもんだろう。


 そして一月二日。

 昨日は日が変わる前には寝たのだが、起きたときにはもう昼前だった。しっかり一二時間近く惰眠を貪ってしまったようだ。


「……早いな」


 リビングに行くと母さんが既に起きており、昨日のつまみの残りをちまちまとつついていた。


「せっかく朝から酒呑んでダラダラできるのに寝てるなんてもったいないでしょ」


「よく分かんねえけど」


「起きたんなら出掛ける準備しなよ」


「え、なに。母親と初詣とか恥ずかしいと思う年頃なんだけど。つか、俺大晦日のときに行ったからいいよ。一人で行ってこいよ」


「そんなんじゃないわよ。ていうか、そうだとしても冷たいわね。もうちょっと普段頑張っているお母さんを労う気持ちとかないかね」


「昨日散々労ったじゃん」


 俺が昨日キッチンにいた時間を合計すると、活動時間の半分くらいになると思う。

 そんな日は一年の中でも昨日くらいだろう。


「あんなんじゃ足りないわよ」


 十分だと思うけどなあ。


「つか、初詣じゃないならどこ行くんだよ?」


「月島さんち」


 どうやら俺の知らないところで既に予定が組まれていたらしい。断る理由もないので、そういうことなら外行きの準備をする。


 月島家は昨日のうちに実家への顔出しを済ませたらしく、正月二日目からはのんびり過ごすんだとか。


 そういうことなら一緒に呑もうと意見が一致したのが母さんと月島母だ。

 月島家で呑むとなれば、わざわざ俺に許可を取る必要もないと思ったのだろう。


 が。

 一応心の準備的なものはしておきたいので言ってほしかった。


 そんなこと今更言っても遅いので、言わないけれど。


 そんなわけで、準備を済ませたところで家を出る。起床から三〇分も経っていない。

 のんびり過ごせる日だというのにこんな慌ただしい朝を過ごしたくはないもんだ。


 月島家のインターホンを押し、中に招かれる。迎えてくれたのはおじさんだった。

 リビングに案内される。テーブルにはこれでもかというくらいの料理。主におせち料理だ。


「あ、やっときた! ずっと待ってたのよー早く呑みたかったぁー!」


「おまたせー!」


 きゃーと、女子高生かよと思ってしまうくらいのオーバーリアクションで手を振り合いながら挨拶を済ませる両家母親。まだ呑んでないよな?


「ずいぶん作りましたね、おせち」


「ああ、昨日の夜から張り切っててね。女房と、結が」


 二人で作ったのか。だとすればこれだけの料理があっても不思議ではないな。


「あ、こーくん。あけましておめでとー」


 そんな結ははてさてどこへ、と思っているとリビングにやってきた。どこかへ行っていたようだ。

 入ってくるなり俺を見つけ、笑顔の挨拶を行う。よくできた幼馴染みだ。


「おめでとう。今年もよろしく」


「うん。よろしくね」


 セーターにショートパンツと、部屋着感の強い服装。今日はそういう気分なのかローツインテールだ。学校では見ることがないのでオフ感がある。


「ご飯食べた?」


「いや、まだだよ。ていうか起きてからまだそんなに経ってもない」


「じゃあ一緒に食べよ。わたし準備するからこーくんは座って待ってて」


「あー」


 俺も何かするよと思ったが、ここは結の家だし任せるべきか。椅子に座ると向かいの方に座っていたおばさんがニヤニヤしながらこっちを見ていた。


「なにか?」


「幸太郎くんは結と付き合ってるの?」


「え、いつの間に? ちゃんとそういうことは言いなさいよ幸太郎!」


 母親組二人が酔い始めていた。おばさんに関しては出来上がっているとさえ言える。


「お付き合いとかそういうのは、まだ」


「まだということはこれから予定はあるということなのかね!?」


 するとおじさんも参戦してくる。

 いつかのキャンプのときはおじさんがストッパーだったが、正月はこの人も呑むのか。


「あ、いや、そういうわけじゃ」


「そういうわけじゃないと言うのかッ!?」


「ああ、めんどくせえ!」


「おまたせ、こーくん」


 皿とコップを持ってきた結が俺の隣に座る。この状況でも彼女は微塵も狼狽えない。

 慣れ過ぎじゃないですかね?


「それでどうなんだ幸太郎君?」


「助けてくれよ、結。今日はおじさんやばい日だぞ」


「いつもはあんまり呑まないからね。呑んだ日はだいたいこうだよ」


「んな冷静な」


「それでどうなのかな? こーくんはわたしとお付き合いする予定とかあるの?」


 からかうように言ってくる結。どうやら俺に助け舟を出してくれるつもりはないらしい。

 これも全部白河と結を天秤にかけている俺に対する罰なのだろうか。ひどいよ神様。俺だって大変なんだよ!


「あ、これね、わたしが作ったんだよ。食べてみて」


 荒れ狂うおじさんを無視して結は俺におせちをよそってくれる。さっきのは軽い冗談だったみたいだ。

 母親組は既に別の話題に切り替わっていた。おじさんは泣き上戸なのか、男泣きしてる。


 助かった。


「あ、そうだ。ねぇねぇ、こーくん」


「ん?」


 美味なおせちを堪能していると結が何かをひらめいたような顔をする。おせちのお礼もあるからそれなりのことは受け入れてあげる所存であります。


「初詣、一緒に行こ?」


「……ああ!」


 二度目の参拝を初詣と言っていいのかな、とか、そんなどうでもいいことを考えてしまった。

 そんなの、どうでもいいよね。初詣だと思えば、それはもう初詣。

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