幕間SS 先輩と後輩
もともとは、ただのお客さんでしかなかった。
不定期だったけれどお店に通うようになって、何度か顔を合わせるうちに中学校の先輩であることを知った。
それが、八神幸太郎先輩。
八神先輩はお店に来るとドリンクを頼んでテーブルにノートを広げる。彼がお店に顔を出すのは決まってテスト前だった。
もちろんそれ以外の何でもない日にも来てくれることはあったけど、テスト前は毎日のように来ていた。
家では集中できないタイプなのだろう、とか、そんなどうでもいいことを思っていた。
ある日。
そんな先輩を見習って、お客さんの少ない時間帯に私もお店で勉強してみた。
私にとってはここも自宅と変わらないけれど、いつもと違う場所、そしてほどよい周りの雑音は適度な集中力を発揮させてくれた。
それからは私もたまにお店で勉強するようになって、先輩とは顔を合わせれば雑談をする程度には仲良くなった。
たまにだけれど、勉強を見てもらうこともあった。
三年生になれば自然と進路の話題が出てくる。特に行きたい高校はなかった。
家から遠くなくて、あまり偏差値が高くないところであればどこでもよかった。
勘違いされることがあるけれど、恥ずかしながらあまり勉強ができるタイプではないのだ。
そんな話をすると、先輩は大幕高校の話をしてくれた。そんなに遠くなくて、学校行事もいろいろあって楽しいところだ、と教えてくれた。
私の考える条件に当てはまっていたこともあって、私は大幕高校の受験を決めた。
それなりに勉強した甲斐もあって、無事合格した私は晴れて高校生となった。
お店の手伝いもあるし、部活に入るつもりはなかったけれど、それでもクラスの友達と過ごす毎日は楽しかった。
夏の前に先輩から部活に誘われた。
誘われた、というと少し語弊があるかもしれない。勧められた、とでも言ったほうがいいだろうか。
毎日活動をしているわけでもないし、活動も自由ということもあって、私は先輩のいる映像研究部に入部した。
それから、毎日がもっと楽しくなった。
「どうしたの、涼凪?」
私がぼーっとしていたからか、前にいた李依ちゃんが心配そうに声をかけてきた。
「ううん、なんでもない」
本当になんでもないので私はかぶりを振って答えてみせた。少しだけ不服そうな顔をした李依ちゃんだったけれど、まあいいかとでも言うように肩をすくめる。
「でもあれだね、ミスコンは残念だったよね。どうして李依が優勝じゃなかったんだろ!」
今は昼休み。
私達は教室で机を向かい合わせてお昼ごはんを食べていた。
話題は先日の文化祭に移り変わる。
「あはは。でも白河先輩、すごく綺麗だったし仕方ないよ」
「むう。そんなことはわかってるけど!」
私が言うと、李依ちゃんはむくれてしまう。感情が分かりやすく表情に出るところは実に可愛らしい。
「優勝はできなかったけど、小樽先輩は後夜祭一緒に参加してくれたんでしょ?」
「そうなの!」
李依ちゃんはガバっと前のめりになって答える。その目がきらきらしていて、私には眩しかった。
「ミスコン頑張ったから一緒に参加してくださいってお願いしたらオッケーしてくれたの! ああー、好き!」
その時のことを思い出しているのか、李依ちゃんは随分と幸せそうに笑っている。
「涼凪も残念だったよね。八神先輩とフォークダンス踊りたかったでしょ?」
「……うーん、どうだろ。私、あんまり人前で何かするのとか好きじゃないし」
そもそもを言うと、ミスコンにだって出るつもりはなかったのだ。
私なんかが出ても他の人に勝てるはずはない。まして、白河先輩や月島先輩も出場するとなれば、当然優勝はできない。
でも、李依ちゃんが一生懸命背中を押してくれたから、少しだけ頑張ろうと思った。
多分。
私は八神先輩のことが好きだ。
最初はただのお客さんで、それが学校の先輩になって、いつしかその気持ちは恋心に変わっていた、のだと思う。
「好きな人と踊りたい! そう思うのは当たり前のことだよ?」
「そう、なのかな」
先輩のことが好きだ。
でも、だとして何かが変わるわけでもない。
李依ちゃんや月島先輩のように積極的にアプローチができるわけでもないし、白河先輩のように何もしないでも好意を寄せられるような魅力もない。
「涼凪は先輩と付き合いたくないの?」
「付き、合う?」
その意味が分からないほど子供ではない。高校生にもなれば周りはそんな話で盛り上がるし、気にしなくても耳には入ってくる。
「そうだよ。手を繋いだり、抱き合ったり、キスとかしたり! そういうことしたくないの?」
言われて、少し考えてみる。
例えば他の男の人を相手に想像してみると何だか怖かった。でも先輩ならばそんなことはない。
「……そりゃ、そんなこともないけど」
面と向かって誰かに言うのは何だか照れる。私だってそういうことに興味がないわけではないけれど、でも李依ちゃんのように積極的にはなれない。
確かにこの気持ちは恋心だ。
私は八神幸太郎先輩に恋をした。これは私にとっての初恋そのものだ。
「結先輩はあんな感じだし、明日香先輩も本領発揮してきてるから、涼凪もうかうかしてられないよ?」
「そう、だね」
李依ちゃんは私の恋を応援してくれている。そんな優しい彼女のためにも、私はこの恋としっかり向き合わなければならない。
最近、何となくそう思うようになったのは、他にもいろいろと考えなければならないことが増えたからかもしれない。
李依ちゃんはそうやって、私に行動する為の言い訳をくれるのだ。
月島先輩が先輩のことを好きなのは明らかで、白河先輩も分かりにくいけれど確実に先輩に対しては心を開いている。
そんな中に私が入り込む隙はあるのだろうか?
私には、何ができるんだろう。
考えてみたけれど、答えは出てこなかった。
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