第115話 【文化祭編⑯】ミスコン③


 文化祭の目玉イベント、ミスコンもいよいよ大詰めである。残すところあと一人となっていた。


 外部の人はどうか知らないが、大幕の生徒ならば最後の登場が誰なのかなどもはや登場前から分かっているだろう。


 そう。

 大トリを務めるは我らが白河明日香だ。


 この順番だけは意図的に組まれたとさえ思えるが、実際のところどうなのかは分からない。

 そもそもそんなことはどうだっていい。


『ミス大幕コンテスト、結構な数の女子生徒に登場してもらいましたが次がいよいよラストとなります! ラストはどんな人が登場するのか!?』


 煽りよる煽りよる。

 舞台袖でスタンバイしているであろう白河の心境が気になるところだが、緊張とかそういうのはないんだろうなあ。


「最後の一人は白河さんか」


「まさか彼女が大トリとは、主催者側の陰謀を感じるな」


「それに関しては同意見だけど、やっぱりイベントとしては最後は一番盛り上がってほしいしそうだとしても何も言えないだろ」


「本当にたまたまかもしれないしね」


『それでは登場していただきましょう! エントリーナンバー15、白河明日香さんデスッ!!!』


 名前を呼ばれ、ゆっくりと白河が登場する。


 最初に見えたのは足元だ。

 白い、ガラスの靴を思わせるような白い靴。それだけで会場のボルテージがマックスまで上昇する。どうやらこの会場には靴フェチしかいないらしい。


 見えた足は白いソックスに包まれており、ひらひらと長いスカートから姿を見せる。

 スカートは後ろが長く前は短い仕様になっているようで、ソックスからスカートの中までガーターベルトが伸びている。


 その衣装はまさしくウエディングドレスだった。


 腰回りには白薔薇のコサージュ。胸元にはフリルとリボン。リボンの真ん中には黄色い宝石を思わせる飾りがあった。

 首元にはもこもこしたものが巻かれており、そこにはネックレスも見える。

 頭にはティアラが乗せられていた。


 声を上げていたのは最初だけで、登場した白河の美しさを目の当たりにした観客席は結のときと同様に息を呑むように静まり返る。


 かくいう俺も一瞬だが見惚れてしまった。


 白河明日香は確かに美人だ。大きな目、長いまつ毛、小さな鼻やさくら色の唇。白い肌、大きな胸、引き締まった腰、スラッとした太もも。

 そこら辺のモデルには負けないルックスとスタイルは本物で、しかもあれが作られたものではなく天然物なのだから恐ろしい。


 そんな白河が綺麗な衣装に身を包んでいるのだから、そりゃ見惚れないわけがない。


『うおー! それはドレスですね! ウエディングドレス!!』


『あ、はい。担当してくれた被服研の方がどうしてもと言うので……ちょっと私には派手かな、とか思っちゃったんですけど』


 その言葉はニュアンス的に自分にはちょっと荷が重い的な意味が含まれているのだろう。


 しかし、そんなことを言えば野々原さんは『そんなことないですよ! もうバッチリです!』とフォローを入れる。

 観客席からも称賛の言葉が飛び交う。


『白河さんは去年のミスコンにも出場してくれましたね?』


『そうなんです。今年も出ることになるとは思っていなかったんですけど』


『そうですね。人気の高かった白河さんに逃げられているという話題は被服研の中でも有名でした』


 そうなんだ。

 野々原さんが言うと観客席はどっと湧いた。最初は出る気なかったというのはマイナス評価でもないようだ。


『どうして出場する気になったんですか?』


 野々原さんに尋ねられると白河は少しだけ考える素振りを見せる。

 質問の応答の様子を見ても、相変わらずアイドルモードの白河明日香は抜け目がない。

 発言はもちろん所作まで人の理想を具現化したようだ。


『えっと、本当に気が変わっただけというか。周りのみんなが出るし、じゃあ自分も出ようかなーみたいな感じですかね』


 本当にそうだろうか?

 確かに李依を始め、結や涼凪ちゃんが出場を決意し参加を申し込みにいった。

 そうすると映研部員で白河だけが出場しないことになる。


 が。


 それでもあいつは出場しないことを選ぶだろう。白河明日香とはそういう人間だ。


 思い出作りのためにこんな人前に出る面倒事に関わろうとするだろうか?


『そんなわけで白河さんが出場してくれたわけですね。うちとしては去年の上位ランカーは是が非でも出場してほしかったので助かりました』


 野々原さんに言われ、白河は少しだけ笑う。苦笑いのようにも見えるが。


『さて! さっそく一つ目の質問ですが、好きな男性のタイプをお聞きします!』


 お馴染みの質問をする。

 白河の好きな男性なタイプ、ね。

 あんまりそういう話聞いたことないし気になるといえば気になるな。


『やっぱり白河さんくらい綺麗な方だとイケメンの人がお似合いですよね?』


 白河が答えを悩んでいるように見えたからか、野々原さんが笑いながら言う。


『いや、イケメンとかそういうのはあんまり気にしないですかね。大事なのはフィーリングかなって思います。一緒にいて楽しいとか、落ち着くとか。理由は分からないけどそういう風に感じる相手がいいですね。そんな人の前だと、本当の自分を曝け出せると思います』


『本当の自分、ですか?』


『私、ほんとはものぐさだし人と接するのも苦手で、結構強く言っちゃったりもするんですよ』


『えー、またまたー。想像できませんよ』


 事実なんだよなあ。

 まあ、それを知っているのは映研部員と、それ以外だと数人程度しかいない。

 あの白河しか知らない人からすると本当に想像できないんだろう。幸か不幸かは分からんが。


『つまり、白河さんは本当の自分を曝け出せるような相手がいいということですか?』


『そうですね』


『学園のアイドルといわれる白河さんの本当の自分を見れるような人が果たしているのでしょうか。みんながんばれー』


 野々原さんは感情のこもっていない棒読みの応援をしながらタブレットに視線を落とす。


 隣の宮乃も必死にスマホをいじる。お前は普通に聞いたらよくないか?


「今のは結構大胆な発言だったね、幸太郎」


「そうか?」


 栄達はステージに視線を向けたままそんなことを言う。同意を求められたが、そうは思わなかったので聞き返す。


「んー、そういう答えが返ってくるということはまだまだ道のりは長いということか」


 ハフンと溜め息のようなものを吐きながら栄達は口をへの字に曲げる。なんかイラッとする顔だな。


『それでは二つ目の質問です。今現在、好きな人はいますか? ですって』


 野々原さんの選んだ質問に一瞬会場の空気が凍る。ある種禁断の質問とも言えるそれを、どういう意図で選んだのだろうか。


 今までその質問が出なかったのは意図的に外していたからだと思っていた。

 この会場の中の一人くらいはそんな質問をしたがるだろうし。


 もしそうだとしたら、野々原さんは意図的にその質問を選んだことになる。


「よしっ!」


「……」


 宮乃がガッツポーズを決める。理由はもはや聞くまでもない。まさかこんなに近くにいたとは。


 そんな宮乃は置いておき、はてさてと俺はステージに支線を戻す。質問の内容が予想外だったのか、白河は僅かに度肝を抜かれたような顔をしていたが。


『……好きな人、ですか』


 呟き、そして俯く。

 表情は見えない。


 ゆっくりと顔を上げ、白河は少しだけ躊躇うように口を開く。


『いるって言ったら、どうします?』


 誘惑するように妖艶な笑みを浮かべながら、白河はそんなことを言った。

 多分、この場における最適解に思える答えを。


 いないと言えばそれまでで、いると言えば騒動が起こりかねない。そんな中でも最も盛り上がるであろう答えは間違いなく白河の出した答えそのものだ。


 恐ろしいやつだ。


『おおっと! それはつまりいるということですか? そういうことでいいんですか!?』


『ご想像にお任せします』


 そんな感じで、白河のステージは終わる。

 これで全ての出場者が出揃った。

 これまで登場してきた女子生徒が全員ステージに現れ、横一列に並ぶ。


『それでは投票タイムです。説明の通り、速やかに投票をおねがいします!』


 投票、か。

 どうしたものか。


 知り合いだから、という理由を抜きにしても映研メンバーは全員可愛かった。


 中でも結と白河のレベルは相当高かった。俺が入れなくても上位は確実だろう。

 ならば、涼凪ちゃんや李依に入れるか? いや、そんな理由で入れられても嬉しくはないよな。


「……」


 悩んだ末、俺はスマホを操作しポケットに入れる。それを見ていた宮乃がにやにやしながら聞いてくる。


「誰に入れたの?」


「……教えるわけないだろ」


「ケチだなあ」


 そういう問題じゃねえよ。


『では、投票を締め切ります。すぐに結果が出ますので、少々お待ちください』


 すると会場内はざわめく。

 誰に入れたのか、誰が優勝するのか、そんな話題があちらこちらから聞こえる。


 そして。

 野々原さんの言うとおり、すぐに結果発表の時間は訪れた。


『お待たせしました。投票結果が出たようなので、さっそく結果発表を行いたいと思います。全員を発表する時間は残念ながらないので、上位三位だけの発表となります』


 野々原さんが言い、会場が最高潮の盛り上がりを見せる。かくいう俺もこればかりは気になるところだ。


『それではまずは第三位!』


 ジャラララとドラムロールの音が鳴る。驚いたことにステージ横に実際にドラム担当がいる。軽音部の人かな?


『三年三組、五位堂万由里さん!』


 壇上で並ぶ女子生徒の一人がスポットライトに照らされる。暗闇の中で一人目立つあの瞬間は気持ちいいのだろうか。

 俺のような目立つのが好きじゃない奴からすれば地獄だが、そもそもそんな奴は参加もしない。


 ともすれば、あの壇上に立つ奴はそれも覚悟の上だろう。ならあれはきっと気持ちいいに違いない。


 五位堂万由里さんは一歩前に出て綺麗なお辞儀をしてみせる。


『続いて、第二位!』


 五位堂さんの興奮も冷めぬまま、発表は次の人へと移る。


 身内である贔屓目を抜きにしても、今回のミスコンで目立っていたのは結と白河だ。


 涼凪ちゃんや李依には悪いが、一位と二位はある程度予想できた。


 問題は、どちらが勝つかということだが。


「やっぱり優勝は白河さんかな」


「いや、月島嬢の盛り上がりも負けてはいなかった。この勝負、どっちが勝ってもおかしくないよ」


 どうやら栄達や宮乃も似たような意見を持っていたようだ。会場の盛り上がり的にも予想ができたことということか。


『第二位は――』

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