第113話 【文化祭編⑭】ミスコン①
「お待たせ」
グラウンド横のスペースで腹ごしらえを済ませた俺と栄達は、そこで宮乃と落ち合った。
演劇も終わり、ようやく肩の荷が下りたということで小腹が空いたところ、栄達に誘われここにやって来た。
宮乃と合流の約束があったのでそれまでここで散財をしていたということだ。
「美味しそうなもの食べてるね」
「食うか?」
宮乃が俺の手の中にあるベビーカステラの袋に視線を落としながら言ってきたので、それを「食べたいからちょっとくれ」と解釈した俺はその袋を差し出す。
「いいのかい?」
「貰う気しかなかったくせに」
「そんなことないよ」
とは言ってないんだよな、その笑顔は。
まあ、別にいいけど。
「そろそろ行くか?」
「ああ」
栄達に言われて俺達は移動を開始する。
向かう先は体育館だ。現在、全てのクラスの演目が終わり、最後のイベントの準備が行われている頃だろう。
大幕高校文化祭の目玉イベント、ミスコンである。
「結局出なかったんだな、ミスコン」
「うん。ぼくはどちらかと言うと出るより見る派だし」
「案外いいところまでいくかもしれないぞ?」
「お世辞のつもりかい? 言っておくけど、さっき貰ったベビーカステラは返さないよ」
いらんわ。
俺が返事の代わりに睨んでみせると、宮乃は「それにね」と言葉を続ける。
「ああいうイベントは勝ってなんぼでしょ? いいところまでいくだけじゃ意味ないんだよ。一位の人だけがスポットライトを独り占めできる」
「二位でも光栄なことだろ。この学校で二番目に可愛いってことが証明されるってことだし」
「確かにそういう考え方もできるけど、それはあくまでもぼくらギャラリーの意見だ。ことミスコンに関して言えば一位か二位かでは大きく差がある」
「……そういうもんか?」
「まあ、どう感じるかはその人次第だけれどね」
グラウンドを出て、校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下を通って体育館に入る。まだイベントは始まっていないというのに椅子は三分の二は埋まっている。
数人のグループがあちらこちらに座っているので、三席隣り合わせで空いている場所を探すのが一苦労だった。
「幸太郎、あっちが空いてるよ」
適当に探していると栄達が空席を見つけてくれたようで俺達はそこに向かう。
通路側に宮乃、俺、栄達の順番で座る。時間を見ると、開始まではまだ少し時間がある。
「小樽君はやっぱり李依ちゃんに入れるのかい?」
宮乃が前かがみになって俺の隣の栄達に尋ねる。すると栄達はゲフンゲフンとわざとらしく咳払いをした。
「僕は公平に審査をするつもりだよ。その結果、小日向嬢が一番だと思えば入れるだろう」
「八神は?」
栄達から俺の方に視線を移す宮乃。栄達も気になったのか俺の方を見た。
「栄達と同じだよ。特定の誰かを推すつもりはない。一番いいと思った人に投票するだけだ」
このミスコンには李依を始め、結、白河、涼凪ちゃんも出ている。誰かに入れれば他の人に何かを言われそうで怖い。
何としても、誰にも見られずに投票しなければ。
体育館に入る際に一枚の紙を渡された。そこにはQRコードと説明文がある。スマホで読み込み投票するという現代的な方法だ。
『大変長らくお待たせしました! まもなくお待ちかね、大幕ミスコンが始まります!』
一人が出てきてマイクで話し始める。テンション高めの女の人だ。あの場慣れ感は恐らく三年生だろう。
引退時期は部活によって異なるけど、運動部であれば夏の大会が終わると引退だろうし、文化系の部活も何かしらのイベントをもって終わる。うちみたいに大会も何もなければ引退時期なんて定まっていない。
被服研の三年生の最後の大舞台がこの文化祭のミスコンということなのだろう。
『司会進行は私、被服研部長の野々原が務めさせていただきます。皆さん、温かく見守ってくださいね。それでは、まず最初にイベントの流れを軽く説明しておきますね』
文化祭のミスコンは大幕生的には知っていて当然のイベントだ。もちろんどんなことをするのかなどは一年を通して風のうわさ程度であろうと聞く。
この説明は主に一般客に向けたものだろう。
あるいは、宮乃のように最近転校してきた生徒とか。
『被服研の部員が丹精込めて作り上げた衣装を着て、参加者が一人ひとり登場します。そこで私が一つ二つ程度質問をして退場という流れを繰り返します。質問の答えももちろん審査の基準となります。総合的に一番いいと思った人の投票番号を打ち込んでください』
さっき渡された紙をちらと見る。手順が一から書いてあるのでこれを見ればよほどの機械音痴でなければ問題なく投票できるだろう。
『投票の仕方が分からなかったり、スマートフォンを持っていないという人は近くの係員に声をかけてくださいね』
QRコードを読み取り投票画面を覗いてみる。番号がつらつらと並んでおり、それをクリックする形らしい。
ツイッターとかで見る形式に近いが、恐らく投票したからといって結果が見れるということはないだろう。
しかし、ここまで手の込んだ投票システムを導入しているとは相変わらず力が入っている。
どこか別の部活の協力もあるに違いない。
『と、長々説明してもみんな聞いてくれないだろうからあとは係員に任せて、さっさと本番に行くとしましょうか! ということで、エントリーナンバー1番、どうぞ!』
そんな感じでミスコン開幕である。
最初に登場したのは見知らぬ生徒。私服、というか被服研作の衣装なのでもう何年生かも検討がつかない。
一つ分かることは、可愛いということだけだ。
ブラウンの長い髪に艶やかなパーティードレス。スタイルがいいので女性らしさが前面に押し出されている。ということで多分三年生だ。
幾つかの質問を行い、会場のボルテージが早々に上昇していく。そんな感じでイベントは進行していく。
『続きまして、エントリーナンバー4番。一年生の小日向李依ちゃんデス!』
あ、李依だ。
「李依ちゃんの名前が呼ばれたね?」
宮乃が言い栄達を見たので俺もそれに習ってみると、栄達は困ったような顔をする。
「どうして僕の顔を見る……」
そりゃ、だって、なあ?
なんてことをしている間に李依が登場してしまう。他のみんなはゆっくりと真ん中まで歩いていたのに対して、李依は元気よく駆け足だ。
「すごい衣装だね」
「そだな。李依らしいといえばらしいか」
赤の布地をメインに黒の生地でひらひらの装飾をつける。胸元と下半身だけが衣装で覆われており、肩から腕やお腹は露出していた。
太ももから足にかけては網タイツで守られていた。
髪型は相変わらずツインテールだが、結ぶ装飾がツノをイメージしているように見える。
背中から生える二枚の黒い羽とお尻から垂れる尻尾を見るに、衣装のイメージは小悪魔だ。
衣装を担当したのは確かクラスメイトだと言っていたが、李依のことをよく分かってらっしゃる。
『あら、これは可愛い小悪魔ちゃんですね』
『ありがとうございます。李依もお気に入りなんです』
『その衣装のお気に入りポイントとかありますか?』
『もちろんです。実はですね、この羽動くんです』
言った李依はひらひらと背中の羽を動かして見せた。どういう理屈で動いているんだろうか。
『すごい! それはどうやって動かしているんですか?』
『それは企業秘密です』
李依はごめんなさいと頭を下げる。被服研の人に止められてるのか、それとも聞いていないのか、はたまた聞いたけど忘れたのか、どれだろうな。
ちょっと気になってただけに残念だ。
『それでは二つほど質問しましょうかね。えっとー、一つ目はー』
言いながらタブレットを見ている。
さっきからあれを見ながら質問をしているが、あそこに何が映っているんだろう。
『好きな男性のタイプは?』
『えー、そんなこと聞いちゃうんですかあ?』
そうは言うが、李依はまんざらでもなさそうだ。
それにさっきから一つ目の質問はだいたいがこれである。
彼氏はいるのか? とか好きな人はいるのか? とか聞きたいところなんだろうけど、そんなのマイナスポイントにしかならないもんな。
ここにいる誰もがあわよくばとかもしかしてとか考えているだろうし。
『何かに熱中できる人ですかね。李依は何でも一緒に楽しみたいんです』
李依の答えに会場は沸く。
どうやら人気はあるようだ。
「だってさ、小樽君」
「だから何で僕を見るんだ……」
再び俺達に視線を向けられた栄達が顔を渋らせる。
『えっとー、二つ目の質問はー、お風呂で体を洗うときどこから洗いますか、だって』
そんなの聞いて何になるんだよ。
李依の洗体事情なんか微塵も興味ないわ。
『左腕です!』
へー、としかならない。
が、それは俺だけのようで会場はさらに沸く。なんだこいつら。
「これどういう感じで質問選んでるんだろうな?」
「これ見なよ」
俺が呟くと隣にいた宮乃がスマホの画面を見せてくる。
さっきの投票画面のようだけど。
「ここに質問を打ち込むと、あの進行役の人が持ってるタブレットに表示されるんだって。だから質問はこの会場の誰かが打ち込んだものだと思うよ」
「なにそのシステム」
「紙に書いてあるよ」
言われて、俺はもう一度紙を見る。
「ほんとだ」
多分、打ち込むことはないだろうけど。
宮乃と話している間に李依の番は終わっていた。退場し、次の人がステージに出ていた。
『さて、次々と行きますよ! エントリーナンバー6番、橘涼凪ちゃんデース!』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます