第110話 【文化祭編⑪】涼凪の文化祭


「またおいでよ、とは確かに言ったけれどまさか翌日に、それも別の女を連れてくるとは思わなかった」


 真っ暗闇の部屋をろうそくの火が照らす。おどろおどろしい雰囲気のその部屋は占い研の部室だ。


 俺は昨日、ここに結とやってきていろいろ言われた。気まぐれでまた来るかもとは言ったけど、その機会がまさか翌日だとは俺だって思わなかった。


 というのも、スタンプラリーを制覇しようと最後のチェックポイントにやってきた俺はたまたまそこにいた涼凪ちゃんと遭遇した。


 ここの占いが有名だからぜひ一緒に入ろうと強引に連れて来られたというわけだ。

 スタンプラリーも終わって暇だったから全然いいんだけど。


 部長さんもちょっと引いてるよ。

 凄腕占い師もこの未来は予知できなかったのだろうか。


「それで? 相性占いでもすればいいのかな?」


 やけくそ気味に言ってくる。別に俺が来たかったわけではないのでそんなこと言われても困る。

 という目を涼凪ちゃんに向ける。


「それも悪くないですけど、占ってもらう内容って何でもいいんですか?」


「そうだね、可能な限りはご要望に応えるつもりですよ。時間の都合上、一つの質問が限界だけれど」


 外には長い列ができている。

 この人の占いがそれなりの質であることは昨日体感済みだ。あれだけの列ができるのも無理はない。


「では、私の家のことを聞いてもいいですか?」


「どうぞ」


「私の家は喫茶店を経営しています。最近は少しずつお客さんも増えてきて、軌道に乗ってきていると思うんですけど、これから先どういうことをしていけばいいのか。アドバイスでも貰えればと思いまして」


 彼女は真面目だ。

 こんなときまで家のことを考えている。

 涼凪ちゃんの家の喫茶店、すずかぜは俺が中学の時から通っている行きつけの店だ。

 その頃はお客さんも全然いなくて勉強するのにちょうどよかった。でも最近は地元のジジババだけでなく、学校帰りの学生とかも寄るようになり、店内は賑やかになっている。


 今までは親父さんと涼凪ちゃんが二人でしていたが、さすがに手に負えなくなって今はアルバイトも雇っている。


 全てが順調。

 まさしくその通りなのに、彼女はそこをゴールとしていない。涼凪ちゃんはまだまだ先を見ているようだ。


「少し、見てみますね」


 そう言って水晶玉を用意した部長さんはそれを覗き込む。映っているのは当然自分の顔だろうけど、他に何かが見えているのだろうか。


 一〇秒ほど水晶玉と睨み合った部長さんが顔を上げる。


「なるほど。確かにあなたの言うとおり、以前に比べるとお店の様子は賑やからしい」


 あの水晶玉で何が見えたのかは分からないが、部長さんは話し始める。昨日までなら彼女の言うことなど微塵も信じはしなかっただろうが、今はそれなりに信じている。

 なので、占いの結果には興味がある。


「アドバイス、か。とはいえ見てみた限りでは問題も特になさそうだ。メニューの考案は基本的に店長がしているようだけど、全部そうではないですね?」


 言われて、涼凪ちゃんは恥ずかしそうにもじもじと動く。そして、俯きながら口を開いた。

 

「私も、メニューの提案をすることはあります」


 努力家な涼凪ちゃんは他店のメニューを研究し、それを踏まえて新メニューの開発に勤しんでいた。

 既にいくつか採用されたメニューがあるそうだ。


「今までの努力が少しずつ身になっているのかな、幾つかその案は採用されている。これからももっともっと意見してみるといいでしょう。もちろん全てが上手くいくわけではありませんが、その努力はきっとお店の為になるはずです」


「そう、ですか」


 言われて、涼凪ちゃんは口元を綻ばせた。

 

「あなたはあまり器用な性格ではないようですね?」


 なんともざっくりとした質問だ。

 俺が見た限りでは、別にそんなことは思わないけど。仕事をしている姿だって見ているが、不器用なようには見えない。


 が、涼凪ちゃんの見解は違うらしい。

 

「そうですね。あまり器用ではないと思います。掛け持ちの作業とかは、得意じゃないかも」


「そうかな? 仕事の時とかテキパキしてると思うけど」


「あれは、ほら、慣れてますから」


 だそうだ。

 考えてみれば普段の涼凪ちゃんをあまり見る機会はない。なので、本人が言うのだから日常生活では意外とそんな一面があるのかも。


「そういうところを踏まえて一つアドバイスをするならば、二兎を追う者は一兎をも得ず……という言葉を忘れないこと。二つのものを追い続けれるほど器用ではないのなら、どちらかを選ばなければならない。その選択は苦渋の決断を強いられるかもしれないけれど、だからといって逃げ続ければ両方を失う可能性だってある」


「二兎を……ですか」

 

「とはいえ、あなたは努力家で何に対しても真剣に取り組む性格をしている。存外何とかしてしまうのかもしれない。だから、必ずしもどちらかを選べというわけではありません。あくまで可能性の話、ということを忘れないでください」


「……はあ」


 ふわりとした部長さんの言葉に涼凪ちゃんは不安げに返すだけだった。


「性格とかも見えるんですか?」


 本当に何が見えているんだろう、と興味本位で少し聞いてみた。

 水晶玉で性格とかも分かると言うのか?


「いや、彼女の話を聞いていればそれくらいは分かるよ」


 ただの洞察力だった。

 まあ、大事だよね。そういうのも。


「ありがとうございました。もしそういう機会があったときには、今の言葉を思い出そうと思います」


 涼凪ちゃんは立ち上がってぺこりとお辞儀をする。それに続いて俺も立ち上がる。


 俺なんで連れてこられたんだろ。

 一人で入るのが不安だった、とかなんだろうけど。


「うん。それくらいの気持ちの方がいいと思うよ。言っておいてなんだけれど、占いなんて所詮はそんなものだからね。信じすぎず、疑いすぎずがちょうどいい」


「はい」


 涼凪ちゃんが部屋を出ていったので、俺も軽く会釈をして退室しようとしたのだが、昨日のように呼び止められて足を止める。


「まさか、こうも早く君の未来を見ることになるとは思わなかったよ」


「……どういうことですか?」


「こうして顔を合わせたんだから、そりゃ見るでしょ。未来」


「そんなたまたま会ったし飯行くっしょくらいのノリで未来覗かれても」


「君は占いを信じず、かといって全部を切って捨てているわけでもない。だから伝えやすいんだよね」


「はあ、そうですか」


 その通りだけど。


「彼女」


「はい?」


「さっきの子は?」


「部活の後輩、ですかね?」


 涼凪ちゃんとの関係を聞かれると少しだけ悩むな。知り合ったのは中学のときだけど、幼馴染みというにはまだ浅い。

 部活の後輩ではあるけど、それだけかと言われるとそうでもないし。


「彼女が君に一つの試練を与えることになる」


「試練? 涼凪ちゃんが?」


 突然のシリアスな空気の中、部長さんがそんなことを言うので俺はオウム返しをしてしまう。


「そう。試練と呼ぶべきかは分からないけど、それは君にとってとても大事なことだ。乗り越えなければならない壁と言ってもいい」


「……また脅すようなこと言って」


 俺が肩をすくめて言うと、部長さんはくすりと笑う。相変わらずフードを被っていて顔は見えないが、微かに微笑む口元は見えた。


「こう言ったところで、君は大して気にしないだろう?」


「……どうなんでしょ」


「その時が来たときに、ふとこの時のことを思い出す。それくらいでいいんだよ」


「じゃあ、まあ、そんな感じで」


 なぜか今日も軽く未来を覗かれてしまった俺は一応お礼だけしておいた。他の人は金券使って見てもらってるのに、俺は何も払ってないからな。


 まあ。

 俺の場合は見られたというよりは覗かれたんだけど。


 部室から出ると涼凪ちゃんが待っていた。この光景は何となくデジャヴだ。


「何かあったんですか?」


「んー、いや、何でもない」


 涼凪ちゃんに話すようなことでもないだろうし、部長さんの言っていることは所詮幾つもある未来の中の一つの可能性でしかない。


 気にしなければ、訪れることもないかもしれない。

 涼凪ちゃんが俺に試練だなんて考えられない。


「あ、もうこんな時間」


 その時、涼凪ちゃんが時計を見て慌てた声を漏らす。


「なにかあるの?」


「はい。よかったら、先輩もご一緒しませんか?」


 涼凪ちゃんの用事に俺がご一緒していいのかは分からないが、暇だし誘われたし、ご一緒することにした。


 駆け足で移動したところ辿り着いたのはグラウンドだった。屋台のあるエリアとは別の特設ステージが設けられている場所。


 そこでは何やら催し物が開催されているようだった。


『大会もいよいよ佳境! 今年のアニメ王は誰が掴むのか!』


 アニ研だ。

 アニメ研究会。

 アニメの何を研究するのかは知らないが、それなりに楽しい日々を送ってるんだろうなということはこのイベントを見れば伝わってくる。


 去年もそうだが、相変わらず一部の層でめちゃくちゃ盛り上がっている。


「涼凪ちゃんはアニメに興味があるの?」


「あ、いえ、そうじゃなくて」


 言いながら、涼凪ちゃんはちらとステージの方を見る。習って俺も見るとその理由が明らかとなった。


『さあ、最終問題です。三人が横並びで同立一位。優勝を勝ち取るのはアニ研部長、磯淵か、前回優勝者、小樽君か、ダークホース、小日向さんか!』


 李依がクイズ大会に出るから見に来てくれとでも頼んだんだろうな。あいつがアニメ好きだっていう設定は定期的に忘れそうになる。


 しかも栄達いるし。

 そりゃいるか。


 ステージ上では三人が火花を散らし熱い戦いを繰り広げているがさして興味はなかった。


「文化祭はどう? 楽しい?」


「そう、ですね。クラスのお店はやっぱり恥ずかしいですけど、でも楽しいです」


 メイド喫茶な。

 宮乃がハマるくらい出来はいいし、メイドをしている女の子は申し分なく可愛い。

 あれは人気出るだろうなあ。


 だからこそ、涼凪ちゃんからすれば困りものなのだろうが。


「似合ってたと思うけどね」


「……でも、やっぱり恥ずかしい」


 完全にコスプレだしな。

 露出が少ないからまだマシなんだろうな。


「メイド服ってなんでああいうタイプのになったの? イメージ的にはもっとミニスカートとかな気がするけど」


「そですね。クラスの男の子と一部の女の子、特に李依ちゃんはそっちの方がいいと主張してましたけど」


 李依はそうだろうな。

 あいつは常に可愛いかどうかを基準としてるからな。見た感じの可愛さはミニスカートのが上だろうし。


「私を含めた女の子が反対しました。このままではメイド喫茶自体がなくなってしまうと思ったのか、衣装の決定権は私達に委ねられたんです」


「そういうことね」


「恥ずかしいですけど、でもきっと二度と着ることがないだろうからちょっとは楽しかったかなって思いますけど」


 涼凪ちゃんは恥ずかしそうにはにかみながら言った。


「似合ってたし、すすかぜの制服にすればいいのに」


「それは絶対いやですっ!」


 即答だった。

 それは違うんだ。たまに、というのがいいのかな。何事も頻繁にするとマンネリ化するし、適度な回数って大事なんだろう。


『きまりましたッ! 今年の優勝者は、二年三組、小樽栄達ッ!!!』


 俺と涼凪ちゃんがそんな話をしているとステージの方が最高潮に盛り上がっていた。


 どうやら栄達が二連覇を果たしたらしい。これでまた一年、このネタでしつこくマウント取られるんだろうなあ。鬱陶しいんだよ。


「李依ちゃん負けちゃいました」


「まあ、相手がアニ研部長と栄達だしな。善戦した方だろ」


「そう、なんですかね?」


 アニ研部長と栄達の実力を知らない涼凪ちゃんは不思議そうに笑う。

 その二人の実力はどれほどかって?


 そんなの、俺だって知らねえよ。

 その場の雰囲気で言っただけだから。

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