第86話 湊と栄達


「待ったか?」


 宮乃と和解……というか何というか、まあいろいろあったあの日から数日が経った。

 昼飯を一緒に食べようという誘いがあったので、学食に行く予定だと伝えたところ問題ないという返事があった。


 結果、こうして学食で待ち合わせることとなった。

 学食までの距離にそこまでの差はないだろうに、宮乃は既に注文を済まし料理を受け取って席についていた。


 席を確保してくれていたことには感謝するが、なぜそこまで速いのか疑問が残る。


「いや、ぼくも今来たところだよ」


「そのわりには料理も受け取ってんな」


「いやあ、我慢できなくてさ」


 あはは、と宮乃は笑いながら言う。そして、俺の後ろでひゅーひゅーと呼吸するメガネの男に視線を向ける。


「えっと、そちらは?」


「ああ」


 小樽栄達。

 イレギュラーな理由がなければ昼飯は栄達と食べることが多いのだが、今日は別に約束ができたと言うと「貴様僕にぼっち飯を強いるつもりか? それハラスメントと違う?」とか言って無理やりついてきたのだ。


 俺からすれば栄達と宮乃に面識ができるに越したことはないので連れてきたのだが。


「我こそは大幕高校一の幸太郎の親友、小樽栄達なり。中学時代の朋友と密会すると聞き、馳せ参じた」


 ででん! という効果音が流れそうな勢いで前に出た栄達はそんなことを言う。

 こいつが初対面の女子に対してここまで堂々とした態度を取るのも珍しい。


「ぼっち飯は嫌だから一緒に食べに来たって意味な」


「そんなこと言っとらんやろ」


 俺と栄達のやり取りを見た宮乃はくくっと笑い栄達に笑顔を向ける。


「ぼくは八神の中学の親友、宮乃湊。よろしくね、小樽君」


「ふ、む」


 宮乃の態度が想像と違ったのか気の抜けた返事を返す栄達は、差し出された宮乃の手を握ろうとする。

 ハッとして服で手のひらの汗を拭き取って改めて握手を交わす。


 栄達的にはもっとバチバチ行くもんだと思っていたのか。

 その辺はさすが宮乃だ、と思わざるを得ない。人付き合い一つ取ってもスマートの一言に尽きる。


「とりあえず俺らも注文済ましてくるわ」


「うん。待ってるよ」


 いろいろとあって宮乃とはぎくしゃくしていたが、話し合ってみればそんなことなどなかったかのような今まで通りの関係だ。


 数年間離れていたというのに、昨日まで一緒にいたかのような安定感がある。


「リアルぼくっ娘初めて見たけど意外と萌えるな」


「宮乃に対してそんな感情を抱くな」


「冗談だ」


 今日はそこまで混んでいないので料理を受け取るまでにそこまで時間はかからなかった。

 俺達は各々定食を受け取り、宮乃のところへ戻る。


「先にいただいてるよ」


 席に戻ると、宮乃は口をもごもごさせながらそんなことを言ってきた。まあ冷えるのも何だしな。


「今日の日替わりは回鍋肉だったのか」


「なんで日替わりにしたん?」


 確かに。

 慣れない時に日替わりを頼むのは少々リスキーな気がする。回鍋肉は当たりだが、ハズレの日はとことんハズレだし。


「学食のおすすめを聞いたら日替わりがおすすめだよって」


 勧められたのか。


「誰に?」


「白河さん」


「あいつ学食ビギナーだぞ」


 白河に日替わりをおすすめしたのはこの俺だ。

 そんなことは微塵も感じさせることなく、堂々と我が意見のように言ったんだろうけど。


「そうなんだ」


「この前初学食とか言ってたからぶっちゃけ宮乃と同レベルだよ」


「ま、美味しいから結果オーライだよ」


 運がよかっただけとも言えるが。


「白河とは仲良いん?」


 栄達が聞く。

 この前の感じだとそこまで仲が良いようには見えなかったけど。初対面感強めだったような。


「んー、どうだろう。あっちがまだ心を開いてくれていないような気もするけど。ぼくは好きだよ」


「それは百合的な意味で?」


 栄達が鼻息荒く問う。


「百合的な意味で」


「百合的な意味で!?」


 ダン! とテーブルに手をついて栄達が立ち上がる。めちゃくちゃ興奮していて正直気持ち悪い。


「冗談だよ。普通に友達としてだよ」


 くくく、と含み笑いを見せる。宮乃のこの笑い方は癖のようなもので、逆に言えば本心からの笑いということでもある。


 これだけ見ても、栄達のことを悪く思っていないのが伝わってきた。


「たちの悪い冗談だ。危うく興奮してしまうところだったぞ」


「安心しろ。しっかりしてた」


 栄達はふんすと鼻を鳴らしながらハンバーグを口にする。この学食のハンバーグのサイズは値段のわりに大きい。

 コスパがいいのだ。

 栄達が一番好きな定食がハンバーグ定食である(時期によって変動の可能性あり)。


「クラスにはもう馴染んだのか?」


「みんな優しい人だったから難なく馴染めたよ。悪い癖だけれど、女の子とガールズトークをするよりは男の子と特撮やアニメの話をしていた方が落ち着くというのはナイショだけどね」


「その辺は相変わらずなのか」


「アニメ好きなん?」


「んー、まあ人並みには好きだよ。ぼくはどちらかと言うと広く浅くって感じなんだけどね」


「栄達は見ての通りアニメオタクなんだよ」


「へえ、中身が見た目を裏切ってないんだね。確かに、めちゃくちゃ詳しそうだ」


「自慢ではないが、去年のアニ研のクイズ大会は優勝している」


 めちゃくちゃ自慢げに栄達は言う。本当に自慢するほどのことでもないのに。


「アニ研のクイズ大会?」


「去年の文化祭でな」


 アニメ研究会の催しであるアニメクイズ大会は一部の層にてめちゃくちゃ盛り上がった。


 栄達が参加するということで見物していたけど盛り上がり度的にはだいぶ上だったろう。


「そんなのもあるんだね、ここの文化祭は。ぼくのところとはまた違うようで楽しみだ」


「結も言ってたけど、文化祭って学校によって結構違うもんなんだな」


「その学校の色が特に出るイベントだからな。学校側が仕切ってきちっとするところもあれば生徒に一任した自由なところもある。一〇の学校があれば一〇のやり方があるということだな」


「ふーん」


 他校の文化祭を見に行く機会なんてまあないからな。他校に友達なんかいないし。


「あれかな、やっぱりメイド喫茶とかは鉄板なのか?」


「あったっけ?」


「うん」


 即答だった。

 俺的には記憶が曖昧だったが、どうやら栄達はしっかり堪能したらしい。

 基本的に一緒に行動していた記憶があるけど、気のせいだったか?


「文化祭といえばって感じだな。普段制服を着ている子がメイド服を着るってところがポイントだよね」


「なんだ、宮乃嬢は萌えを理解している口か」


「まあ、ほどほどにね」


 確かに昔から男寄りの趣味嗜好をしていたけど、ここまでではなかったな。


 転校してからいろいろと学んだんだなあ。学ばなくていいのに。


「興味があるなら今度僕の行きつけのお店を紹介するが?」


「それは楽しみだね。ぜひ、ご教授願おうかな」


 その後、俺を置いてきぼりにして二人がメイド談義でめちゃくちゃ盛り上がっていた。


 本来、一番疎外感抱かないはずのポジションなんだけどな、俺。

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