第66話 アスレチック
自分の発言には責任を持つこと。
また、適当なことは口にしないこと。
以上の二点がその日、俺が痛いほど思い知らされたことだ。
相変わらず夏休みの宿題が進まないことに焦りを覚え始めていたとある日のこと。
俺は涼凪ちゃんとアスレチックに行くという約束を果たそうとしていた。
「わあ、すごいですね!」
俺達ははるばる特集されていたアスレチック施設へとやって来た。電車で来れる距離というのが、幸か不幸かって感じ。
いや、目の前のアスレチックを見る限りどちらかと言えば不幸寄りだな。
俺は想像以上に大きいアスレチックに内心少し、というかだいぶ怯えていた。
テレビで見るのと、こうして目の当たりにするのとでは迫力とかも全然違う。
「さ、行きましょう先輩!」
「うん、そうだね」
スカイアスレチックと称されるこの施設には二つのコースがある。
一つは子供用のアスレチックで、地面から少しだけ浮いたアトラクションをクリアしていくもの。
浮いている、といってもその高さはイス一つあるかないかくらいで、落ちても大怪我には繋がらない造りになっている。
しかし、一方もう一つのコースはしっかり大人用のものだ。
高さ何メートルかは分からんけどマンションで言えば三階くらいには及ぶだろう。
その位置に様々な障害を設けている。もちろん落ちればただでは済まず、それを分かって尚これをしようというやつは自殺志願者かドMのどちらかということだ。
どうも、ドMです。
正直やりたくねえなあ。
ここまで来ておいて何だけどめちゃくちゃ怖いよ。その辺でランチしてそのまま帰りたい。
でも可愛い後輩の前でそんな格好悪いことは言えない。
数少ない俺を慕ってくれている後輩の前でくらいは頼れる男でありたいと思う。
「怖くないの?」
もしも見栄を張っているだけなら彼女を心配している風を装って帰るとしよう。
「どきどきします!」
涼凪ちゃんは真性のドMらしい。
このアスレチックを前に目をきらきらと輝かせている。正直言って正気の沙汰とは思えない。
しかしこうなると引くに引けない。
案外やってみると怖くないというパターンもあるし、こうなったらやってやるか。
俺達は体験チケットを購入し係の人から説明を受ける。最後にもう一度だけ行くか否かの質問をされた。
そんな念を押されると止めたくなるからやめてほしい。当然それで涼凪ちゃんが怯むことはなく、つまり俺も引けないということで、俺達は先に進む。
ハーネスという、いわゆる命綱のようなものを装着させられる。なるほど、これで万が一落ちても地面までの落下は防ぐということか。
そりゃそうか、命綱もなしにこんなアトラクション経営してたら死人続出で二日と経たずに閉鎖不可避だろうしな。
準備万端となった俺と涼凪ちゃんはスタート地点へと立たされる。ここからは特に案内などもなく、自分のペースで行ってくれとのこと。
幸い今の時間は他にお客さんもいないようで、急かされる心配もない。ちらほらとこちらを見ているけど実際に挑戦する人は少ない。
それだけこのアスレチックが人々に恐怖を与えているということだ。
「それじゃあ行きましょうか」
涼凪ちゃんの要望で俺が先に行くことになった。あれだけきらきらと瞳を輝かせていても怖いという感情は少なからずあるらしい。
俺なんか目も輝かせずに怖がっているというのに。
最初のエリアは一本橋。
さすがにスタートから難関は用意していないらしい。しっかり固定されているようで歩いても揺れることはない。
恐れるべきは高さだけだ。
どれだけ固定されて一切の揺れがないとしてもマンションの三階近くに及ぶ高さを歩くだけで普通に怖い。
「……ふう。行けそう?」
何とかクリアした俺は後ろを振り返る。涼凪ちゃんは涼しい顔をして渡りきっていた。
「はい。大丈夫でした」
「そ、そう……」
んー、こいつはやばいぜ。
スタートしてしまった以上、全て乗り越える以外に道はない。先輩の威厳を保つため、頑張るとしよう。
ぶっちゃけ俺高いとこそんなに得意じゃないんだよな。観覧車とか乗りたくないタイプの人間だし。
次のステージを見て俺は絶句する。
「……はあ?」
一本の紐だった。
紐というか、綱。さっきの橋と違ってめちゃくちゃ揺れるしバランスも取りづらい。
辛うじて手すりのように綱が張られてあるけど、そんなの持ったところで揺れる。意味はない。
ステージ二にして難易度急に上がったんですけど。なにこれこの先不安になるんだけど。
試行錯誤の末、俺は攻略法を見つける。手すりの綱を持つのではなく、ハーネスを持つ。
これにより、バランスが崩れるのを最小限に抑えることができた。
そんな感じで何とかステージをクリアしていく俺。荒くなる息、普段使わない筋肉を使うので体が悲鳴を上げている。
それでもこの試練は終わらない。
これだけ疲弊したというのにステージはまだ半分。いや、何だかんだここまでよくやった方が。
「…………」
なにせ。
あれだけ希望に瞳を輝かせていた涼凪ちゃんの顔が死んでいるのだから。
「大丈夫?」
「は、はい……」
俺達が次に挑むのは片脚が乗るくらいのサイズのブランコが続くステージ。
ブランコの紐を持つと上手くバランスが保てない為、めちゃくちゃ揺れる。一度揺れると中々止まらない。
このステージも、というより恐らくあらゆるステージがそうなのだろうが駆使すべきはハーネスなのだ。
一見頼りなく、怖いがこいつを持つことにより揺れを最低限に抑えれる。
これがコツだ。
それを発見してからは意外と何とかなった。
もちろん高さや揺れによる恐怖はある。しかし、怯えながらも半分やって来た経験が恐怖を軽減してくれた。
「ハーネスをしっかり持てば大丈夫だよ」
「は、はい……」
しかし、涼凪ちゃんに余裕はなく、恐怖が一度体を揺らせばその反動でさらに揺れが強くなる。そのスパイラルに陥れば、もはや抜け出すことは困難だ。
「わ、わわ」
涼凪ちゃんは今にも泣き出しそうな顔をしながら必死にブランコを渡る。
三〇分前の彼女は、まさかここまで恐怖に満ちた表情になるとは思わなかっただろうな。
その後も何とかクリアしていく俺と、怖がり足を竦ませる涼凪ちゃん。立場が逆転してしまっていた。
「俺に捕まってなよ」
一緒に行けそうなステージは誘導してあげた。
そしてようやく、全てのステージをクリアし、ハーネスを外して地面に足をつける。
ああ、地面を感じるって素晴らしい。
「結構怖かったね」
笑いながら涼凪ちゃんを振り返るとと、彼女は涙目になりながらへなへなと座り込む。
俺は咄嗟に彼女の体を支える。
終わったことで安心したから体の力が抜けたのかも。
「ちょっと休んでから移動しようか」
「はい。ごめんなさい」
すっかり元気を失ってしまった涼凪ちゃんと、暫くベンチに座って喋っていた。
どうやら、先輩の威厳とやらは守れたらしい。
でも、これからは自分の発言をもう少し見直そうと思う。
適当なことは言わないようにしよう、そう思った一日だった。
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