第45話 赤点を回避せよ


 夏本番。

 ただでさえ暑かった毎日が、さらに温度を上げることにより、生徒一同の授業に対するモチベーションは低下する一方だ。


 本格的にエアコンの導入を視野に入れるべきだ、という暴動がそろそろ起こってもおかしくない。


 暑いから勉強できない、という言い訳をしている場合ではなくなる時期が次第にやってくる。


 そう。

 期末テストである。


 つい先日まで夏がやってきたなーとか騒いでいたのに、気づけば夏休みも目前。

 残すところは期末テストを無事乗り越えるのみとなったわけだ。


「我々映研は夏休みに撮影合宿を行う予定だ」


 ある日の放課後。

 部員全員が招集されて何事かと思えば栄達がそんなことを言う。その場にいた俺、白河は去年も経験しているので特にリアクションはしなかったが、結、涼凪ちゃん、李依の三人は三者三様驚いた顔をする。


 ていうか、もうこいつが部長になればいいのに。いちいち部長会議とかに出なきゃならないのは面倒なんだよなあ。


「夏休みが始まって二週目を予定しているのだが……」


 そう言った栄達の表情が少し曇る。何を言いづらそうにしているのかと思っていると、成瀬先生が割って入ってくる。


「皆さん、もうすぐ期末テストがあることはご存知ですね。その期末テストで赤点があると補習に参加しなければならないという校則はどうでしょう?」


 もちろん知っている。

 何故なら、何度か参加させられているからだ。参加さえすれば単位を落とすことはない、逆に参加しなければ否応なしに単位落とされるから強制のようなものなのだ。


「その補習が行われるのが主に夏休み二週目であることが分かりました」


「マズイじゃん。合宿に参加できない」


「……何で赤点取る前提なのよ」


 俺が焦っていると横にいる白河が呆れたように言う。いやだって、赤点ゼロは現実的に考えて不可能だろ。


「無理だよ。赤点なかった時なんてないんだぜ? そういうお前はどうなんだよ?」


「当然問題ないわ。居眠りしていてもコータローより良い点取れる自信があるもの」


 めちゃくちゃ舐められてる。でも現状言い返せないのが悔しい。


「結は?」


「んー、まあ何とかなるかな。ちょっと自信はないけれど」


 言葉通り、自信がないのが伝わってくる。でも絶望に満ちた顔ではないところ、多分本当に何とかなるのだろう。


 栄達はそれなりに勉強できる。

 やべえな、俺だけ補習で参加できませんとか洒落にならない。

 そう思っていると、後ろの方から弱々しい声が聞こえてくる。


 李依だ。


「涼凪は勉強できるの?」


「私は、普通くらいかな」


 ちょっと考えてからそう言ったということは自信アリということか。あまり大きく出ると面倒だから敢えて謙遜したのだ。


「李依ちゃんは?」


 涼凪ちゃんが恐る恐る確認すると、李依は親指を立ててパチリとウインクを決めて見せた。

 あの感じ、明らかにこちら側だと思っていたのにまさかの秀才タイプだというのか?


「多分ダメだ」


 ダメだった。

 冷や汗をかきながら苦笑いをする李依はそのまま涼凪ちゃんに抱きついた。仲良いなほんとに。


「撮影の時期をズラスことは厳しいので、何としても赤点を回避してもらう必要がある」


「最悪補習をサボるというのは……」


「教師の立場からして、それを認めるわけには」


 成瀬先生に否定された。

 まあ、そりゃそうだろうな。


「赤点を取るということは死を意味する。全員死にものぐるいで勉強に励んでくれ給え。特に、幸太郎と小日向君」


 名指しされた俺と李依はウッとバツが悪そうに唸る。まさか絶体絶命なのが俺達二人だけとは。


 そんな警告を受け、さすがに勉強しなきゃやべえなと思う俺に結がにこにこ笑顔で近づいてくる。


「こーくん」


「なんだ? 今はお前の冗談に付き合ってる余裕ないぞ?」


「わたしこーくんに冗談なんか言ったことないのに酷い扱いだ!」


 ガーン! と分かりやすくショックを受けたフリをする結。


「て、そうじゃなくて、大ピンチのこーくんにこのわたしが手を差し伸べてあげようと思ってね」


「なんだって?」


「つまり、わたしが勉強を教えてあげると言っているのだよ」


 自信満々に言う結。胸を張ってぽんと叩く。


「いや、お前も結構ぎりぎりだろ」


「……でも、こーくんよりはマシだし……」


 ショックを受けるとナチュラル煽り決めてくるのな。ていうか、成績優秀だったとしても、いつもの感じからして結は人にモノを教えるには向いてないと思う。

 どちらかというと感覚派っぽいし。習うより慣れろってタイプだろ。


 ここはやっぱり。


「栄達、勉強を」


「悪いが、僕にそんな余裕はない」


「なんだよ。お前、成績だけは良いだろ?」


「だけは余計だが……。勉強は滞りなく進んでいる」


「撮り溜めたアニメの消化に追われてるのか?」


「ノンだ。撮影の脚本を手掛けているので、そんな余裕はないのだ」


「脚本?」


 ああ。

 夏休みの合宿で行う撮影か。


「完成したら確認してもらう予定だから、それまでに勉強仕上げておくのだぞ。幸太郎よ」


「……そうなると」


 俺はちらとスマホをいじる白河に視線を向ける。俺の視線を感じたのか、白河は顔を上げて嫌そうに表情を歪ませた。

 そんな嫌がらなくても。


「嫌よ、面倒くさい」


「そこを何とか」


「……お断りするわ」


「そこを何とか」


「嫌って言ってるでしょ。しつこい男は嫌われるわよ」


「そこを何とか」


「諦めるって言葉知らないの!?」


 俺がしつこく懇願することで白河が折れてくれる。仕方ないとでも言いたげに溜め息をつく。

 本当に心底面倒くさそうだ。


「ねえ、明日香ちゃん。わたしも一緒にいいかな?」


「……まあ、一人も二人も手間は変わらないし構わないわよ。合宿に不参加になっても困るしね」


「さすがっす、白河さん」


「今度何か奢りなさいよね」


 いや、これプールの練習とチャラでよくないですかね? 今ここで大っぴらにしてやろうか。いや、そんなことしたら確実に教えてくれなくなる。

 諦めて奢ろう。


「涼凪ぁー」


「李依ちゃんは私としよっか」


 どうやらもう一人の赤点候補である李依も教師役を見つけたようだ。

 こうして、俺達は夏休み前の最後の戦いに向け動き始めたのだった。

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