第26話 栄達の作戦


「……金がねえ」


 廊下を歩きながら俺は呟いた。

 それを横で聞いていた結がふふっと笑う。


「アルバイトでも始めたらどう?」


「そうだなあ。別に忙しいってわけじゃないし、暇を持て余すくらいなら有意義に使うべきだよなあ」


「そうだね。わたしも何かないかなって探してはいるんだけど、なかなかこれっていうのがね」


 今日もいつものように授業を終えて放課後がやって来る。

 最近は体育祭の実行委員とかもあって部活に顔を出せていないので今日は行こうと思う。


「結ならどこでも受かるだろ」


「そうかな?」


「何でも器用にこなすし」


「それはこーくんもでしょ」


 いや、だから俺はお前の下位互換なんだよ。そんなこと思ってもないんだろうけど。


「あと、見た目はいいからな」


「その言い方は素直に褒め言葉として受け取ってもいいのかな? 何だかちょっと気になる部分があったんだけど」


「そりゃもう褒め言葉だよ。見た目がいいってだけで得するからな」


「うん、まあそれは否定しないけど」


「しないんだ」


 結のことだから、そんなことないよう! とか言ってくるかと思ったけど。


「だって、それが事実だから。自分で自分が可愛いなんて思わないけど、可愛くあろうとはしてるもん。それに、そういう理由でサービスされたこともあるしね」


「男と女ってだけで変わるからな。買い物にはとりあえず可愛い女の子連れてっとけばサービスしてもらえるのかもな」


「じゃあ結論わたしとお出掛けすると吉ってことだよね?」


「……別にそうは言ってないけど」


「この前クラスの子に美味しいご飯屋さん教えてもらったの。今度一緒に行こうよ。サービスしてもらえるかもしれないよ?」


「まあ、いいけど」


 そのパターンだとサービスしてもらえるのは結だけなんだよなあ。何ならよくよく考えると可愛い女の子連れてってもサービスされるの女の子だけだわ。

 男って損な生き物だ。


 なんてくだらない話をしていると映研部室に到着した。中に入ると栄達と白河が定位置に座っている。

 栄達は奥のパソコン机、白河は最も本棚に近い場所にそれぞれいる。


 俺が入ったところで白河は読んでいた漫画から顔を上げて俺を見る。


「あらコータロー、今日は来たのね。最近顔を出さなさすぎていつの間にか辞めたのかと思っていたわ」


「いろいろ忙しかったりな……ていうかお前も実行委員なんだから知ってるだろ」


 先日、体育祭実行委員の集まりに顔を出したところ白河の姿があったから驚いた。

 面倒事とか嫌いなタイプだと思っていたから。

 外面モードだったのですごく優しくされた。いつもああならいいのになと思いました。


「それでも顔くらい出せるわよ。現に私はちゃんと来ていたわ」


「確かに明日香ちゃんはよく部室に来てたね」


「そうなの?」


「あんたとは違うのよ。私を見習ってもう少し顔を出した方がいいんじゃないかしらね、仮にも部長なのだし」


 確かに名ばかりとはいえ部長に任命されたのは事実だ。でも特に部室に来てもすることはないからなあ。


「白河は幸太郎が来ないから寂しがって――あいたッ!」


 栄達がパソコンから顔を上げて言うと白河が手に持っていた漫画を思いっきり投げつけた。


「次くだらないこと言ったら蹴り飛ばすわよ」


「……僕のマジ☆マジ第七巻を雑に扱わないでもらえないかな」


 起き上がった栄達がメガネをくいと上げながら言う。

 痛いとかのクレームよりも漫画の心配をするところが実に栄達らしい。


「あんたがくだらないこと言うからでしょ」


 そう言った白河の頬はわずかに赤くなっていて、俺が見ていることに気づくと「何だテメェ」とでも言いたげに睨まれたので視線を逸らす。


「明日香ちゃん、この漫画は面白いの?」


 栄達の持っていた漫画を受け取り、それを白河に渡しながらしれっと隣に座る。


「ただのエロ本よ」


「失敬な。マジ☆マジは確かにちょっとサービスシーンはあるが、内容自体にその真髄がある。マジ☆マジをただのエロ目的で買っている奴は愚か者としか言いようがないね。魔法装女となって戦う運命に陥った主人公のきらりの葛藤、それに打ち勝ち戦い抜く心の強さ。そして仲間との絆など見どころを上げればキリがない。そんな中でもどこがおすすめなのかと言われるととりあえず三巻のきらりがカルマと戦うときに」


「おい、栄達」


「ん?」


 熱弁する栄達に俺が座りながら言うと、一度口を閉じてこちらを向く。俺は白河や結と対面するように座っている。


「二人とも聞いてないぞ」


「え」


 言われて栄達は白河と結の方を見る。

 二人は既に別の話題に突入しており、栄達の話など失敬なの部分から聞いていなかった可能性がある。

 悲しき奴よ、栄達。


「ゲフンゲフン。まあ、いい」


 そう言いながらもちょっとだけ傷ついた顔をしている。

 あとで二人には言っておこう。もうちょっと栄達の扱いを考えてやってくれ、と。


「幸太郎よ」


「なんだ?」


「ちょっといいか?」


 栄達が手招きしながら言ってくるので俺は重い腰を上げて栄達の後ろにつく。


「部員獲得に向けて僕が進めていたプロジェクトは既にご存知かと思うが」


「ご存知ないんだけど」


 いつの間にそんなプロジェクトを進めていたんだ。部室に来ても一人で黙々とパソコンいじってると思ったらそんなことしてたのか。


「結局体験入部期間を終えて我が部に入部する者はいなかった。それは体験入部に来てくれた新入生に対してのアピールが足りなかったというのはもちろんだが、僕らの活動が明確に可視化されていなかったという問題もあったと思うんだ」


「まあ、基本的には何もしてないしな。白河は漫画とか読んでるし」


 俺の言葉が聞こえていたのか一瞬こちらを睨みつけてくる。が、すぐに結との雑談に戻っていった。

 ていうか、この二人いつの間にこんな仲良くなったんだろう。


「映画を撮ります、とは説明したがそれもどれほどのものかとか分からないままだから良くなかったんだ」


「はあ。それで?」


「これを見よ」


 カチカチとパソコンを操作してあるページを表示する。

 このサイトは知っている。というか誰もが一度は使用したことがあるだろう、大人気動画サービス、ユーチューブだ。


「これが何?」


「ユーチューブには個人がアカウントを作り、動画を公開することができるサービスがある。今流行りのユーチューバーというやつだね」


「ああ、よく聞くな」


 芸能人とかもやってるけど、素人の人らが趣味とか知識を活かして動画をアップするとかいう。

 ゲーム実況とか、何度か見たことあるな。


「それが何なんだよ?」


「察しが悪いな。もう少し考えてみたらどうだ? 話の流れからして我が部のアカウントを作成したというところまで予想できるだろ」


「……できねえよ」


 考えてなかったのは確かだが。


「成瀬先生には既に話を通しており許可も得ている。なのでアカウントはもう作ったのだ。あとは動画を上げるだけ」


「それで去年の映画を上げるってことか?」


「そのとおり。まあ、出演者は基本的に三年生なので許可を取る必要があるのだが」


「断りはしないだろ」


「だと思うがな。その役割を部長である幸太郎に任せるので元部長のところへ行ってきてくれ」


「は?」


「実は既にアポも取っている。今日は図書室で勉強をしていたらしいから行けばいるだろう」


「今から?」


「よろしく頼むぞ、部長」


「いや、ちょっと待って」


 結局、行くことになった。

 俺はがっくりと肩を落としながら部室を後にした。

 あの人、いい人であることは確かだけど疲れるんだよなあ。

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