第30話 意地を張ってる場合じゃない
降り注ぐ朝の陽射し。
どこまでも続く青い海。
キラキラとひかる白い砂浜。
そして――
「あ、えーと、どうも、おはようございます……」
「うん……、おはよう……」
――気まずい表情で挨拶を交わす、僕とルクスさん。
うん!
誰がどう見たって、さわやかな朝の光景だね!
やったぜ!
……なんて、現実逃避してる場合じゃない。
「あれ? フォルテちゃん、このお兄ちゃんとお友だちなの?」
「ああ、えーと……、友だちじゃなくて、前にいたパーティーのサブリーダー。ルクスさんっていうんだ」
「ふーん、そうなんだね!」
リグレはルクスさんに向かって、深々と頭を下げた。
「ルクスちゃん、うちのフォルテちゃんが、大変お世話になりました」
「ああ……、ご丁寧にどうも……」
ルクスさんも困惑した表情をしながら、頭を深々と下げる。
本当に、なんなんだろう、この状況……。
「えーと……、それで……」
頭を上げたルクスさんは、困惑した表情のままだった。
うん。僕と同じくらい、状況が飲み込めていないみたいだね。
「フォルテはこんな所で……、一体、なにしてるの?」
「あ、えーと……、ちょっと色々あって……」
「うん、まあ、たしかに色々とあったね……、それ、で?」
「あ、はい。それで、リグレ……、この子の家庭教師、みたいなことをしてるんです」
「家庭教師……」
ルクスさんはそう呟いて、僕とリグレの顔を交互に見た。
「うん! フォルテちゃんは、私の魔法の先生なんだよ!」
「そう、なんだ」
なぜか得意げな返答に、困惑した表情ながらもコクコクとうなずく。
「……うん、たしかに、魔術は師匠的な人がいる方が、上達しやすいって聞いたことがあるな」
ひとまず、僕たちの関係には、納得がいったみたいだ。
それはともかく、今とのころ、殺気は放ってないし……、ベルムさんを連れ戻しにきたわけじゃないことは伝えよう。
下手をしたら、今度こそ命がないだろうから。
「えーと、そういうわけで、僕たちは魔術の基礎トレーニングとして、このあたりでランニングしてたんです」
「ああ、そうだったのか」
ルクスさんは再びコクコクと頷く。
この様子なら、変に疑ってるってこともないだろう。
「この辺、トレーニングにはちょうど良いからね」
「あ、はい、そうですね。道もキレイですし、この時間帯だと人も少ないみたいですし」
「うん。あと、景色もキレイだしね。だから、俺も毎日この辺りでトレーニングしてるんだ」
「そうなんですね……」
ということは、このあたりでトレーニングをしたら毎朝、こんな風に顔を合わせることになるわけか……。
「あの、すみません。明日から、ランニングのコースを変えますんで」
「え? なんで?」
「あ、えーと、トレーニング中に僕の姿が目に入ったら、目障りかなと……」
「別に、そんなことないけど……」
いや、そっちが気にしなくても僕の方が気まずいんです。
なんて言葉は、今はこらえておこう。
口にしたら、ややこしい事態になりそうだから。
「それはどうも……。でも、これ以上邪魔しちゃいけないんで、今日はこれで失礼します」
「あ、いや、別にそんなに急がなくていいよ。むしろ、ちょうど、もう一回会いたいって思ってたし……」
「……もう一度、会いたい?」
ルクスさんが、僕に?
「うん、そう」
抑揚の少ない声が、短い返事をする。
もう一度会いたいって、なんで――
これからは、
ベルムに迷惑をかける奴は
全員始末することにしたんだ
――うん、理由なんて、一つしかないか。
あのとき始末しそこねたから今度こそ、ってことなんだろう。
やっぱり、諦めてはくれたなかったんだ。
たしかに、ベルムさんを追い詰めることをしてしまったのは事実だけど……、そうやすやすと命は投げ出せない。なら、意地を張ってる場合じゃなくて……。
「この間は、本当にもうしわけ――」
「この間は、ごめん」
……え?
なんで、向こうが僕に頭を下げてるんだ?
まさか、もう一度会いたいって言うのは、謝りたかったからなのか?
でも、そんなわけは――
「直接会って、ちゃんと謝っておきたかったんだ」
――あったみたいだ。
「本当に悪かった。フォルテだって、色々大変だったみたいなのに、ボウガンを突きつけたりして……」
再び、ルクスさんは深々と頭を下げた。
……マリアンさんから事情を聞かなければ、まったくです、なんて言葉を返したのかもしれない。
でも……。
「でも、あれは僕の配慮がたりなかったからで……」
「そうだとしても、ベルムが大変な目にあったのは、全部俺のせいなのに……」
「い、いえ。その件については、色々と事情があったみたいで……」
「だからって、俺がもっと早く辞めればよかったのに……」
「えーと、だから、それでどうにかなる問題じゃなかったらしく……」
「そもそも、毎回『絶対説得』使われて引きとめられるんだから、黙って出ていけばよかったんだ……」
「ああ、ベルムさんの固有スキルって、そこで活躍してたらしいですよね……」
「今思えば、養成学校時代からコケに足を取られて転ぶし、目を離した隙にヒューゴがオオマダラヤドクガエルに噛みついて卒倒したりするし……」
「あ、あの、ルクスさん?」
「焦って手元が狂ってマリアンのスカート破いたし、ベルムにもお前まで焦ってどうするって叱られたし……」
「ルクスさん! 何の話をしてるんですか!?」
「パーティーを正式結成してからだって……」
ルクスさんは、膝を抱えてしゃがみ――
「全部、全部、全部、俺のせいだ……」
――顔をうずめて、ものすごく気落ちした声で自分を責める言葉を繰り返した。
……うん。
とりあえず、このまま放っておいて逃げるわけにはいかなそうだ。
「えーと、多分、というか、絶対にルクスさんのせいじゃないですよ! ね、リグレ!」
「うん! よく分かんないけど、多分そうだよ! だから、落ち込まないでー」
「うん……」
リグレと一緒に適当にフォローすると、返事なのかうめき声なのか分からない声が返ってきた。
命を取る取らないの話にならなかったのはよかったけど……、これはこれで、ものすごくややこしい事態になったんじゃないだろうか……?
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