第27話 気は進まなくても

 動き回りながら呪文を詠唱するには、かなりの肺活量が必要だ。

 そして、肺活量を鍛えるためには、なんと言っても走り込みが一番だ。


 

 だから――



「フォルテちゃん! こっち、こっち!」


「ま、待ってってば……」



 ――猛スピードで海沿いの道を走るリグレを追いかけるこの状況も、魔術の授業ってことて間違いはないはず。



 でも、いい加減に体力が限界だ……。

 ちょっと呼吸を整えないと……。


「フォルテちゃん! どうしたの!? 大丈夫!?」


 僕が立ち止まっていることに気づいたリグレも、立ち止まって大声を出した。 


「全然……、大丈夫……、じゃない……」


「大変! ちょっと待っててね!」


 こっちに向かってくるスピードは、知っているダンジョン探索者たちと比べても、かなり早いほうだ。

 これだと、魔術師よりも双剣使いとか、格闘家とかの素早さが活かせる職が向いてるんじゃないだろうか……。


「フォルテちゃん! どっか痛いの!?」


「あー……、うん……、痛いって言うか、息が苦しいっていうか……」


「分かった! じゃあ、ちょっとしゃがんで!」


「え……? なんでまた、急に……」


「いいから! ちゃんと言うことを聞いて!」


 リグレは頬を膨らませながら、足を踏みならした。

 ……よく分からないけど、拒否したら面倒なことになりそうだな。


「……こう、で、いい?」


「うん! よくできました!」


 しゃがみ込んで見上げると、満足げな笑顔を浮かんでいる。なんだか、警官に見つかったらなにがしかの事案になりそうだけど、大丈夫かな……。


「痛いの痛いのー……、じゃなかった! 苦しいの苦しいのー……」


 不安をよそに、小さな手が僕の背中をさすりだした。

 これは……、痛いのをどこかに飛んでいかせるおまじないか……。


「……塵芥ちりあくたと化し、雲散霧消うんさんむしょうせよ!」


「……うん、これって、そんな物騒な文言のおまじないだったっけ?」


「え!? お父ちゃんにこう教えてもらったけど……、間違えちゃってた!?」


 大きな目が思いっきり見開かれる。

 どうやら、冗談じゃなくて、本気であれが正解だと思ってるみたいだ。

 カリダスさん、娘に何を教えてるんだよ……。


「ねえ、フォルテちゃん! 本当はなんて唱えればいいの!?」


「痛いの痛いの飛んでいけ、だよ」


「分かった! じゃあ、もう一回やりなおすね!」


 勢いのよい返事とともに、再び小さな手が背中に触れる。


「痛いの痛い……、あ! 違う違う! 苦しいの苦しいのー、飛んでいけ! どう!? フォルテちゃん、治った!?」


「あー……、うん。おかげで、だいぶ楽になったよ」


「本当!?」



 まあ、おまじない云々じゃなくて、少し休めたおかげなんだけど――



「やったぁ! フォルテちゃんが楽になった!」



 ――なんかものすごく喜んでるから、黙っておこう。



 絶対に訂正しなきゃいけないことでもないし。


「あ、でも、かけっこしたらまた苦しくなっちゃう?」


「あー、まあ……、今日はこのくらいで許してくれると助かる、かな」


「うん、分かった! じゃあ、またお家で魔法の練習?」


「そうだね……、ただ、リグレの羽虫対策をしないといけないか……」


 また僕が引きつけてもいいんだけど、さすがに何度も虫に群がられたくないしな。

 それに、またリグレが怒りだしてもいけないし……。


「ねーねー、フォルテちゃん」


「うん? 何?」


「さっきフォルテちゃんも、薪を燃やす魔法使ってたよね?」


「そうだね」


「なんで、フォルテちゃんのときは、虫さんがこなかったの?」


「ああ。それは、魔力の流れに敏感な虫とかモンスターを除ける、アクセサリーをつけてるからだよ。ほら、これ」


 ローブの首元から虫除けのペンダントを引っ張り出して見せると、リグレはコクコク頷いた。


「このペンダントがあると、虫さん来ないんだー」


「うん。日常生活で使うくらいの魔術になら、効果があるよ。ただ、あんまり強い魔術には効果がないんだ」


「ふむふむ、そうなんだね!」


「そう。まあこれを交代でつけながら練習してもいいんだけど、ちょっと手間がかかるしな……。リグレ、この辺にアクセサリーを売ってるお店はある?」


「じゃあ、しっぽ屋さんに行こう!」


「しっぽ……、屋さん?」


 なんなんだ、そのファンシーな名前の店は……。


「うん! えーとね、カフェのお隣にあるお店屋さんだよ!」


「カフェの隣……」


 ……ってことは、ヒューゴさんの店か。

 すぐに店に入れば、ベルムさんたちと鉢合わせることはないかも。でも、ヒューゴさんにも、僕のことは知られてるかもしれないし……。


「フォルテちゃん、どうしたの? お腹痛くなっちゃった?」


「ああ、ごめん、大丈夫。ちなみに、他のお店じゃダメ?」


「うーんとね、分かんない! でも、お父ちゃんが『この辺だと、あそこで売ってるアクセサリーが一番だ!』、って言ってたよ!」


「そうか……」


 気は進まないけど……、粗悪品を渡してなにかがあってもいけないか……。


「じゃあ、そこに買いに行こうか」


「うん、分かった! じゃあ、競争ね! とうっ!」


「あ! だから、いちいち全力ダッシュしないで!」


 必死の呼びかけもむなしく、リグレの姿は猛スピードで小さくなっていく。

 これじゃあ、ランニングを中断した意味がないじゃないか……。

 

 それにしても、ヒューゴさんの店って、『しっぽ屋さん』なんて名前だったっけかな?

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