第18話 全部、お前のせいだ!

 マリアンさんのカフェに現れたのは、紛れもなくベルムさんとルクスさんだった


「お久しぶりですね、ベルムさん」


「ああ、久しぶりだな……ん?」


 ベルムさんは、僕の首元に視線を移し、顔色を真っ青にした。


「フォルテ、お前、その首輪は……」


 ああ、この首輪を知ってるのか。なら、話が早いや。


「ええ、多分ベルムさんが知ってるものと、同じ物ですよ」


「そう、か」


 返事の声と身体が、かすかに震えてる。

 この様子だと、きっと使われたこともあるんだろうけど……、痛みを感じなかったくせに、迫真の演技をするんだなぁ。


「それじゃあ、ここに来たのは……」


「御察しの通り、マリアンさんに解除をしてもらうためですよ。でも、ベルムさんにも、お会いできて良かったです。ちょうど、お話ししたいことがありましたから」


「話したいこと?」


「はい。この首輪関連のことで、です。お時間、いただけますよね?」


「ああ……」


 ベルムさんが苦々しい表情で目を伏せる。何の件かは、分かってもらえたみたいだ。


「……分かっ」

「悪いけど、ベルム、今忙しいから、あとにしてもらえる?」


 突然、ルクスさんの声が返事をさえぎった。


「なんですか、急に。僕が用があるのは、ベルムさんだけなので」


「でも、忙しいのは事実だから」


「すぐ済む話ですから」


「それなら、要件だけ教えて、帰ってもらえるかな」


 落ち着いた声をしてるけど、退いてくれる気配はない。

 まいったな、今この人と揉めてる場合じゃないのに……。


「ルクス、そのくらいにしてやってくれ。俺なら、大丈夫だから」


「……ベルムが、そう言うなら」


 ルクスさんは不服そうにしながらも、ようやく引き下がった。

 やれやれ、これで話が進められそうだ。


「マリアン、少し抜けても構わないか?」


「そうね。まだ混み合う時間帯じゃないから、私とルクス二人でも問題はないわ」


「すまない。じゃあ、お言葉に甘えるよ」


「ええ、分かったわ。私の方は、呪いの解除の準備をするから、終わったら呼びにいくわね」


「ありがとう」


 ベルムさんは苦笑を浮かべて、マリアンさんに軽く頭を下げた。


「じゃあ、フォルテ。控え室の方で、話をしようか」


「はい。よろしくお願いします」


「ああ。じゃあ、ついてこい」


 どこかフラフラとした足取りで、ベルムさんが店の奥に移動していく。

 ルクスさんがこっちを見つめてる気がするけど、気にせずにあとを追うことにしよう。



 それから店の奥の控え室へ移動して、僕たちはテーブルを挟んで向かい合って座った。


「それで、フォルテ、話っていうのはなんなんだ?」


 ベルムさんが指を組みながら、軽く首をかしげる。

 なんなんだもなにも……。


「……よく、そんな白々しいことが、言えますね。この首輪のことをご存知なら、僕の身に何があったかのか、大体の予想はつくでしょう?」


「……ああ、そうだな、すまない。だが、詳しい事情までは分からないから、教えてくれないか?」


「……分かりました。一昨日、ギルドに出かけたら、偶然ソベリさんに会ったんです」


「ソベリ、に?」


 端正な顔が、にわかに眉をひそめる。


「はい。そのときに、パーティーへ戻ってきて欲しい、と頼まれました。王宮との交渉に、僕の固有スキルが役立つから、と言われて」


「……お前は、その頼みごとを引き受けたのか?」


「ええ。交渉の内容は、詳しく教えてもらえませんでしたから」


「そうか……」


「それで、王宮との交渉に向かって、王女様の遊びに付き合わされて酷い目にあって、こんな首輪までつけられることになったんです」


「……そうか。それなら」


 ベルムさんは、ゆっくりと組んでいた指を解いた。



 そして、机に両手をつき――



「フォルテ、お前がそんな目にあったのは、全部俺のせいだ。すまなかった」


 

 ――鼻の先が机につくぐらい、深々と頭を下げた。



 

 これは、理不尽な理由でクビになってから、ずっと望んでいた光景のはずだ。

 それなのに、なんでこんなに胸がザワザワとするんだろう?

 ……ああ、そうか。

 きっと、うわべだけで謝って、済まそうとしてるからだ。

 

「……いまさら謝ってもらったて、遅いんですよ」


「そう、か」


「ええ、本当にそうです! 貴方が無責任に逃げ出してくれたせいで、こんな目にあったんですよ!」


「返す、言葉もない」


「まったくですよ! 貴方が、このままここに居れば、また誰か事情を知らないメンバーが、同じ目にあいますよ!」


「……」


「リーダが……、いえ、元リーダでしたね。ともかく、責任ある立場だった人間が、そんな無責任なことをして良いと思ってるんですか!?」


「……そう、だな」


 ベルムさんはそう言うと、机についた手を握りしめて、ゆっくりと上半身を起こした。

 元々色白の顔からはスッカリ血の気が引いて青いくらいになってるし、目もどこか虚ろになってる。

 これなら、後一押しでソベリさんの頼みごとを達成できそうだ。

 ベルムさんが戻ってくれば、また王宮との交渉を任せられる。

 それに、僕の部下になれば、理不尽にクビにしたことを後悔させてやることだってできるんだ。


 ……それなのに、なんでまだ胸がザワザワしてるんだろう?

 

 ……きっと、気のせいだ。

 さっさと、話を進めてしまおう。


「これ以上、不幸になる人間を増やさないためには、どうすれば良いか分かりますよね?」


「ああ、そうだな。俺がまたパーティーに戻れば……」


 よし、これで全部上手くいく……。






  シュッ!


「わっ!?」


 突然、何かが猛スピードで頬をかすめて、机に突き刺さった。

 えーと、これは……、ケーキ用のフォーク?

 でも、なんで、いきなりフォークが飛んでくるんだ?


「話、終わった?」


 振り返ると、いつの間にか控え室の扉が開き、無表情なルクスさんが立っていた。


「話、終わったの?」


 いや、話が終わる終わらないじゃなくて……。

 

「なんてことをするんですか!?」


「だって、ノックしたのに返事がなかったから」


「だからって、ケガしたらどうするつもりだったんですか!?」


「ギリギリ当たらないように投げたから、大丈夫だったろ。それよりも、話は終わったの?」


 ルクスさんは表情を変えずに、同じ質問を繰り返した。 

 ……これ以上、抗議しても無駄っぽいな。


「えーと、僕の方の要件は話し終わりましたが……」


「そう。マリアンが、呪いの解除の準備が終わったから、来て欲しいって」


「あ、はい。分かり、ました……」


「そう」


 ルクスさんは軽く頷いてから、ベルムさんに視線をむけた。


「そういうことで、ベルム、フォルテ借りてくから」


「あ、ああ。分かった」


「うん、じゃあ、またあとで」


 ルクスさんは穏やかに微笑んでから、部屋を出て行った。

 なんだか、調子が狂うな……。


「フォルテ、今は首輪を外すことを優先しておけ。話の続きは、その後にしよう」


 ……ベルムさんの言うことを聞くのはしゃくだけど、こんな首輪をいつまでもつけておくわけにもいかないか。


「そう、ですね。では、行ってきますので、戻ったら話の続きをしましょう」


「ああ、分かった」


 力ない微笑みに、またしても胸がザワザワしはじめた。

 でも、気にしないことにしよう。


 きっと、この首輪が外れて、ベルムさんと話がつけば、こんな胸のざわつきはなくなるんだから。

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