第15話 こんなの聞いてない
背後からガチャリという鍵のかかる音が聞こえた。
「フォルテさん、こちらの施錠は完了しました」
「あ、はい。分かりました」
いよいよ、王女様の部屋に入るのか。
女性の部屋に入るのは、これがはじめてだ。仕事といっても、やっぱりドキドキするな。
きっと、可愛いぬいぐるみなんかが沢山かざってあって、良い匂いがして――
「うぐっ!?」
――なんて幻想は、扉を開けてすぐに打ち砕かれた。
なんなんだ!? この臭いは!
まるで、血と、汚物と、腐敗臭と、薬品臭と、安物の香水をぐちゃぐちゃにまぜたみたいじゃないか!
しかも、壁にも床にも黒い汚れがベッタリとついてる。家具や照明は豪華なものばかりだけど……、これが本当に、王女様の部屋なのか?
「あら、だぁれ?」
不意に、部屋の奥にある天蓋の閉じたベッドから、眠たげな声が聞こえた。
「あ、あの、お休み中に失礼いたします。僕は、魔術師のフォルテです」
「ふぅん、そう。それで、あたしに、なんのようなの?」
「あ、あの、王様から、遊び相手になるようにと言われまして……」
「あら、それはうれしいわ。さいきん、べるむがきてくれないから、たいくつしていたの」
……本当に、ベルムさんと王女様は関係があったのか。
「それじゃあ、いっしょにあそびましょうか」
天蓋がゆっくりと開いて、王女様が姿を現す。
緑色のロングヘアーに、赤い瞳の大きな目、紫色のネグリジェからのぞく華奢な手足。なぜだろう、すごく可愛らしいのに、鳥肌と吐き気が止まらない。
「ああ、おもいだしたわ。きのう、おとうさまから、あたらしいこがあそびあいてになてくれるって、きいていたんだったわ」
「そう、でしたか」
「あなた、たしか、おもしろいこゆうすきるをもってるのよね?」
「はい。『怯み無効』といって、魔術の詠唱中はどんな攻撃を受けても、痛み感じることがありません」
「そうそう、そうだったわ。ひるみむこう、おもしろそうだから、ちょっとみせてよ」
「固有スキルを、見せる?」
詠唱中に叩いたり、つねったりするつもりなんだろうか?
「ええ、そうよ。だから、あのかべにむかって、まほうをうってみて」
「でも、そんなことしたら、壁が……」
「だいじょうぶよ。このへやは、うちがわからのこうげきでは、ぜったいこわれないようになってるから」
内側からの攻撃に強い部屋?
防犯ということなら、外からの攻撃に強くないといけないんじゃ……。
「ねえ、はやくして。ほんとうはべるむがよかったのに、あなたでがまんしてあげてるんだから」
……さすが、王女様相手だから言い返せないけど、その言い方はどうなんだ?
「はやくしてってば」
……そこまで言うなら、お望みどおり見せてやろうじゃないか。
壁を粉々に吹き飛ばすくらいの魔術を使って。
「東をつかさどるものよ……」
「そうそう、はやくみせて。えーと、あれはたしか……」
王女様が、鏡台に向かっていく。
自分から見たいっていったくせに、なに目を離してるんだよ。
「あらゆるものを引き寄せ、また引き離すものよ……」
「あった、あった。たぶん、これだわ」
あ、戻って来た。
ん? 手に、何か持ってるな。
あれは、香水ビン……、か?
「散漫と不安定もたらすものよ……」
「えい」
真っ赤な爪をした華奢な指が、僕の袖に香水を吹きかける。
本当に、一体なんのつもりなんだよ?
……え?
ローブが……、溶けてる?
「英知と倫理を授けるものよ……」
「うん。よかった、あっていたわ」
何が、よかった、なんだ?
服だけじゃなくて、腕までただれてきて……。
「今ここにきたりて……」
「へー、ほんとうに、いたみをかんじないのね」
固有スキルを見てみたいっていっても、これはやりすぎじゃ……、うわっ骨まで見えてきた。
「我が望みを叶えたまえ」
「べるむだって、このおくすりだけは、ないていやがったのに」
……え?
「我が前に
「あのときのべるむは、すごくかわいかったなぁ」
ベルムさんに、この薬を使った?
「切り裂き……、粉砕し……」
「からだじゅうがぼろぼろになって、きれいなかおをぐちゃぐちゃにしてないて」
うっとりした表情で、なんてことを言ってるんだ、この人は。
それじゃあ、ベルムさんが勤めていた、遊び相手っていうのは……。
「かの者の一切をなぎ払いたまえ……」
「かんぜんかいふくやくをつかうのが、いやになるくらいだったなぁ」
……人のことを心配してる場合じゃない。
だって、もう詠唱が終わって……。
「だから、あなたも、かわいいかおをみせてね」
「破壊の風……、ぎゃぁぁぁぁぁぁ!?」
腕が、腕が、腕が。
「ほら、こんなにつよいまほうをつかっても、かべはすこしもこわれてないでしょ」
そんなこと、どうでもいい。
「だいじょうぶよ、もうすこしほうっておいても、しなないから」
死ぬ、死なないの問題じゃない。
「それにしても、ほんとうにえいしょうちゅうはいたみをかんじないのね。なかなかおもしろいわ」
分かったなら、早く、完全回復薬を。
「かんぜんかいふくやくをつかったら、つぎはなにをしようかな」
つ、次?
「つめをめくったり、おなかのなかみをひきだしたり、あしをすりおろしたり……」
なんて、ことを、言うんだ。
「じかんはたっぷりあるから、ゆっくりたのしみましょう?」
滲む視界の中で、目を見開いた微笑みを浮かべた顔が、カクリと首をかしげる。
誰か……、助けて……。
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