第44話 元最強騎士、長く深い因縁に巻き込まれる


「ああ、いつぞやの。たしか、グランティの地下に封印したという……えー……っと、封印?」



 ガレイトが再度訊き返すが、グラトニーは相変わらずどうでもいいといった雰囲気で頭を掻いている。



「ということは、この方のひぃひぃ……ご先祖様が、グラトニーさんの体を砕いて、心臓を抜いたということですか」


「まあ、そんなこともあったの」


「いや、そんな事って……」



 グラトニーが面倒くさそうな目でガレイトを見る。

 ガレイトはそれ以上何も言わなくなると、そのまま押し黙ってしまった。



「で、おぬしがあやつの末裔というわけか」


「左様。拙者こそが、初代魔物殺しりょうの子孫、さきがけにござる」


「あの、すこしいいですか」



 黙っていたガレイトが遠慮がちにすっと手を挙げる。



「なんでござろう」


「さきほどからサキガケさんが仰っておられる、〝魔物殺し〟とはどういう……? 肩書かと思ったのですが、組織の名前なのですか……?」


「ニン! これは失礼つかまつった。……魔物殺しとは、がれいと殿が仰ったと通り、組織名ではなく、拙者の肩書にござる。拙者が現在所属している組織とは全くの無関係ゆえ」


「その組織とは……?」



 ガレイトがそう尋ねると、サキガケは頭巾の上から口に人差し指をあてた。



「それについては極秘につき、教えられぬでござる」


「極秘……」


「……それで? サキガケとやら、これ以上、妾に何の用があるんじゃ。もう、ここら一帯の動物や魔物たちの、不自然な狂暴化の謎も解けたのじゃろ? ならそれを帰って、極秘の組織とやらに報告すればよかろう」


「ご先祖様の怨敵を、拙者がむざむざ見逃すと思っておるでござるか」



 場の雰囲気が一変し、魁が腰に手を置く。



「怨敵って……まあよい、それよりも、なんじゃ? よもや、このような幼女に殺気を向けるか。魔物殺しが聞いて呆れるのう。いっそのこと、幼女殺しに改名してはどうじゃ」


「くどい。ぐらとにぃは自在に、その姿かたちを変えられると聞く。見た目こそ幼女なれど、貴様の妖気は隠し切れるものではない! 拙者に出会った事こそが運の尽きでござる……!」



 サキガケはそう言うや否や、腰に提げていた苦無クナイを取ると、目にもとまらぬ速さでグラトニーに斬りかかった。



「ちょ、マジか、こやつ!?」



 驚き、後ずさるグラトニー。

 しかし、そんなのはお構いなしに、肉薄するサキガケ。



「問答無用! 覚悟!」


「ちぃ──」



 パァン……!

 風船が割れるような、軽い破裂音が辺りに響く。

 サキガケの構えた苦無がグラトニーに届くよりも先に、イルザードの足の甲がサキガケの顔面を捉えていた。



「ぺゃっ……!?」



 サキガケは奇妙な呻き声をあげると、顔面を抑えながら、驚いたような目でイルザードを見た。



「えぇ……いたぁい……?」


「あ、ごめん」



 イルザードが申し訳なさそうに謝る。



「びっくりした……え……なんで? なんで顔面? めっちゃ痛いんやけど?」


「殺気を纏いながら近づいてきたから、体が勝手に……大丈夫か?」



 そう言ってサキガケに手を差し伸べるイルザードの間に、グラトニーが強引に割って入る。



「いいぞ! 我が眷属・・よ!」


「は?」

「眷属……?」



 イルザードとサキガケが首を傾げたが、ここぞとばかりにグラトニーがまくし立てる。



「……おうおう! そこの幼女殺し!」



 グラトニーがビシッと、人差し指でサキガケを指さす。



「も、もしや、拙者の事でござるか……?」


「ここにいる大男が見えるか?」


「お、俺の事ですか……?」



 ガレイトが自分を指さす。



「貴様の言う通り、こやつこそが妾の眷属じゃ」


「なな、なんと……!? 目覚めて早々、もう眷属を作っていたとは……!」


「そして、さきほど貴様を蹴飛ばした変態こそが、その眷属の部下というわけじゃな!」


「な、なに……!? 眷属の、そのまた眷属……? 意味が分からんでござる!」



 サキガケは依然、苦しそうに顔をおさえたまま、イルザードを見た。



「いや、眷属とかそういうの以前に、私もそこの幼女が何を言ってるかわからんのだが……」


「え?」



 イルザードの話を聞いたサキガケが、再びグラトニーの顔を見る。



「おい、ぐらとにぃ。そこの眷属の眷属、何も知らないようにお見受けするのでござるが、もしや貴様、適当な嘘を並べて、拙者をけむに巻こうとしているのではあるまいな」


「そんなわけなかろう。じゃが、ま、眷属の眷属が混乱するのも無理はないじゃろ」


「……どういうことでござる」


「よく考えてみるのじゃ。『何を言っているかよくわからない』『何が起こっているかよくわからない』そんな状況で、この眷属の眷属が、無意識的に妾を守ろうとする事……それ即ち──眷属であることの証明であろう?」


「た、たしかに……!」



 サキガケは目を見開くと、震える指でグラトニーをさした。



「……おい、ガレイトさんをパパと呼ぶ幼女よ。おまえはさっきから何を──」



 イルザードが言いかけて、ガレイトに遮られる。



「ガレイトさん?」


「……グラトニーさんにも何か考えがあってのことかもしれない。イルザード、ここは成り行きを見守っておこう」


「ガレイトさんがそう言うなら……」



 二人はそう小さくやり取りを交わすと、グラトニーとサキガケを見た。



「……サキガケよ」


「ニン……?」


「何事にも順序はあるじゃろ」


「な、何を突然……?」


「今の攻防を見る限り、貴様程度の腕では妾どころか、その眷属の眷属にすら太刀打ち出来ておらんではないか」


「それは……そうでござるが……しかし、それでも拙者は諦めるわけには──」


「まあ、待て。まずは話を聞け」


「この期に及んで……!」


「……したがって、慈悲深い妾はここでおぬしに容赦してやる」


「容赦……でござる?」


「──腕を磨け」


「な、何を……」


「妾を倒せるまで力をつけよ、とまでは言わぬ。……が、せめてここにいる眷属どもを一蹴できるくらい力をつけよ」


「ぐらとにぃ、貴様……もしや、敵に塩を送っているのでござるか……?」


「どのように解釈してもよい。ただ、妾は退屈しておるのじゃ」


「た、退屈……?」


「このまま貴様を……羽虫が如く貧弱な貴様を、プチッと踏み潰すことなど造作はない。しかし、それでは面白みも何もないじゃろ? なら、家畜の如し、ぶくぶくに成熟するまで待ってやろうと、妾は言っておるのじゃ」


「つまり……拙者をここで見逃すと?」


「左様。せめて、羽虫ではなく兎までには成長してみせるがいい。その時に改めて、妾が貴様の相手をしてやる」


「くっ……! 言わせておけば……! 拙者は誇り高き千都の魔物殺し! 貴様とは、いつでも刺し違える覚悟は──」


「疾く、失せるがよい」



 ビリビリビリ……!

 空気が震え、サキガケの体も硬直する。



「妾の気持ちが変わり、ここで貴様の体を踏み潰さんうちにな……!」


「ぐ……ぐらとにぃ、この屈辱、忘れへんで……! いつか必ず、あんたを──」


「サキガケェッ!」


「ぬぃん!」



 グラトニーが一喝すると、サキガケは最後にそう叫びながら、煙のようにその場から消えた。



「……行ったか?」



 それから少しして、グラトニーがガレイトに小さく尋ねる。



「はい、もう気配はないかと」


「ぷっはー……!」



 緊張の糸が切れたのか、グラトニーはへなへなと、その場にへたり込んでしまった。



「……それより、説明してもらえますか、グラトニーさ──」



 ガバッ……!

 グラトニーが突然、ガレイトの脚にしがみつく。



「パパ! お願い! 妾を守って!」


「……はい?」

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