第17話 元最強騎士とレストランの現状


 レンチンの登場により、すっかりシラけてしまった打ち上げはお開きとなり、ディエゴ、リカルド、レイチェルの三人は軽く店内を清掃した後、そのまま帰路に就いた。



「──ガレイトさん、やっぱ気になる? さっきのこと?」



 店の玄関で三人を見送っていたガレイトに、モニカが話しかける。ガレイトはモニカの顔を見ると、少し間をおいてから口を開いた。



「無理にとは言いませんが、俺ももう従業員です。……料理でお力添えをすることは難しいかもしれませんが、一緒に悩むことは出来るかと」


「……うん。そうだね」



 モニカは俯いていたが、すぐに顔を上げてニコッと笑った。



「座って。コーヒーでいい?」



 ◇



 すこし照明を落とした店内ホール。

 テーブルに置かれた二つのマグカップから白い湯気が立ち昇る。

 モニカはマグカップを持つと、コーヒーを少量口に含み、ゆっくりと飲み下してから、ガレイトと向き合った。



「──さて、なにから話したもんかね」


「レンチンという男性ですが……話を聞いている限りだと、あの男も飲食店を経営しているのですか?」


「ビストロ・バラムンディ。はやい、やすい、うまい、がウリで、店内がちょっとだけ上品な雰囲気のファストフード店。この街にも数軒あったと思うけど、ガレイトさんは知らない?」


「ちらほらと……」


「そうなんだ? 食べた?」


「いえ。俺はその、胃が弱いので、ああいった脂っこいものや調味料を多く使った食べ物はすこし苦手で……」


「……胃が弱いのに料理に酸入れてたの?」



 モニカがほぼ無意識的にぽつりとつぶやく。



「え?」


「ああ、ううん! なんでもない! レンチンはそこの店の店長……というよりも、オーナーだね。あっちこっちにお店があるし、たぶんもう料理は全部部下が作ってると思う」


「そうだったんですね」


「うん。それで、じつは元、ここの従業員なんだよ」


「元従業員……それはつまり、ディエゴさんたちと同じということですよね?」


「うん。ただ、あの人はレイチェルたちとは違って、この店で一番長く働いてたんだよ」


「モニカさんよりもですか?」


「そう。あたしも結構長い間働いてるけど、あたしが働くよりもずっと前からここで働いてたみたい」


「そうでしたか……ですが、なぜそのような人が、モニカさんたちにこの店から立ち退くように言ったのでしょう?」


「たぶん、邪魔なんじゃない?」


「邪魔?」


「うん。立地的にというか、競合的にというか、他には……ねえ、ガレイトさん?」


「あ、はい」


「この街に来て、何か違和感を感じなかった?」


「違和感、ですか?」


「そう、違和感。ここが普通・・の街と違うとか、ここがちょっと変じゃないかなぁ……みたいな」


「そう、ですね……」



 モニカにそう言われ、とりあえずどっしりと腕を組んで眉を顰めるガレイト。

 ガレイトは数秒ほど唸ると、何か思い出したように顔を上げた。



「飲食店が……というか、食料を扱う店がやけに少ない……ですか?」



 ガレイトがそう言うと、モニカは静かに頷いた。



「この街へやって来て数日ほど経ちますが、未だに中央広場近くの市場で、食品が売られているのを見たことはないですね」


「それで?」


「はい……たとえ食品が売られていたとしても、とてもじゃないけど、食べられるようなものではなかった。もっと言うと、商品として店頭に並べるようなシロモノではなかったですね」


「品質の問題だね」


「はい。レストランと食材を取り扱う店が圧倒的に、他の国、街に比べて少ない。……これが、俺の感じた違和感です」


「……そう。ない・・んだよ」


「え?」


「ガレイトさんの言う通り、この街にはまともな食材を取り扱っている店がないの」


「ない……ですか? 一軒も?」


「一軒も。ガレイトさんが見つけてないだけとかじゃなくて」


「それは……あの、火山牛キャトルボルケイノの影響で、ということでしょうか?」


「あー……たしかにそのせいで、輪をかけて食材が手に入りにくくなったのもあるんだけど、それを加味しても、元々あたしらまで回ってくる分が少ないんだよ」


「回ってくる分が……」


「レンチンが一般に流通するはずだった食品を買い占めて、出回る量を制限しているんだよ。この街に売りに来ている食材卸売業者全員と裏で取引をしてね」


「そ、そんなことが可能なんですか?」


「ああ、現にそうしてる。いままでこの店に卸してくれてたお得意さんも、今ではほとんど全員、レンチンと取引してるよ。通常の卸値より高く、それも大量に買ってくれるらしいからね」


「ですが、それが可能だったとしても……民の暴動が起きるのでは? そもそも、上が黙認するはずが……」


「ならないよ。上にはその分甘い汁を吸わせてるだろうし、ここの人たちもビストロ・バラムンディで、格安で飯を食べてる」


「それもこれも、モニカさんやブリギットさんをここから追い払うためですか……?」


「たぶんね。それに、この街でトップになったら、それだけで箔が付くからね」


「箔? なぜですか?」


「えっと……グランティっていえば元々、いろんなジャンルの料理店がひしめき合ってて。世界中の肉、魚介、野菜、酒、調味料、珍味が集まってくるような街だったんだけど……」


「せ、世界中の……? それはすごいですね……」


「ええ!? ガレイトさん、それを知っててこの街に来たんじゃないの?」



 モニカが目を丸くしてガレイトに尋ねる。



「す、すみません。俺がここへ寄ったのは本当にたまたまで……」


「そ、そうなんだ。たまたまオーナーの店に来るなんて、運命というかなんというか……とにかく、このグランティって街は、今はこんな感じだけど、オーナーが現役の頃は、そりゃもう、色々な人種、グルメ家や料理人、料理人見習いの人でごったがえすような街だったんだよ」


「そうだったんですね」


「うん。その中でも売上トップだったのがここ、オステリカ・オスタリカ・フランチェスカだったんだよ」


「なるほど。只者ではないと思ってはいましたが、そんなにすごい方だったんですね、ダグザさんは」


「〝すごい〟なんてもんじゃないよ。全料理人の憧れさ。……で、そんな全料理人の憧れの右腕──料理長補佐だったのがレンチンだよ」


「料理長補佐!? ……そこまでの腕を持っている方が、なぜファストフードを……? 俺が言うのもなんですが、ジャンルも全く別物では?」


「だれも知らないさ、あの男の本心なんて。たぶんもう、料理への情熱もないんだろうね。いまのレンチンには、金しか見えてないよ」


「そう……でしたか……」


「オステリカ・オスタリカ・フランチェスカは……いや、グランティにあったレストランは純粋に〝美味しい〟を追求しているのに対し、ビストロ・バラムンディは利益だけを追求しているんだよ。一皿の感動よりも、一皿の利益。要するに、料理を金儲けの道具としてしか見てないってこと」


「一皿の利益……」


「まあ、たしかに、それが悪い事だとは言わないよ? 何をやるにしても金が必要になってくるのは、あたしもわかってる。……けど、レンチンの場合、そのやり方が強引すぎるんだ」


「強引……さきほどモニカさんが言っていた、市場を独占したりですか?」


「うん。そのせいで、もうこの街のレストランといえば、ここか、レンチンのところだけ」


「ということは、あとはすべて……」


「潰れた……というか、潰された。料理しようにも食材がないんだから、どうしようもないよ。だからうちも、これ以上人を雇う余裕がなくなって解雇したのが、さっきの三人ってわけ」


「そうだったんですか……」


「あたしは……まあ、ガレイトさんと同じでほぼ無給だけどさ……」



 モニカはそう言うと、物陰で二人の会話を心配そうな顔で聞いていたブリギットを見た。



「ブリはあんな感じでしょ? だからあたしも辞めるに辞められなくて、ずっとここでブリの面倒を見てるって感じかな」


「そうだったんですか……ですが、生活のほうは……?」


「まあ、そこはガレイトさんが心配しなくても大丈夫。食べ物はブリが作ってくれるしね?」


「ごめんね、モニモニ……」


「そんな顔しなさんな。あたしはあたしなりに、今の生活に満足してるんだから、ブリが気にすることじゃないよ」


「モニモニ……」


「……しかし、たとえ上の役人がレンチンさんに買収されていたとしても、このようなことを看過するのはさすがに……」


「まあ、その為のくず食品だよ」


「くず食品……?」


「ほら、さっき言ってたでしょ? とてもじゃないけど、売りものにはならなさそうって言ってた、あれ」


「……もしかして、あえてそう言った食材のみ・・を出回らせているのですか?」


「そう。『食材の独占はしていない。市場に出回っている分もある。ただし品質は知らないけど』ってね」


「な、なんという……」


「で、極めつけなのが──」


「ま、まだあるんですか!?」


「まあね。ダグザオーナーが店にいた頃からお世話になってたプーグルさんって仲卸業者の人がいるんだけど、その人は、他の業者さんがどんどんレンチンのほうへ流れて行っても、ずっとあたしらと取引してくれた人なの。で、その人が数日前、輸送中に事故に遭ってそのまま……」


「もしかして、お亡くなりに……?」


「いやいや、死んじゃいないけど、馬車から派手に転げ落ちちゃったらしくてね。その時、腕や足の骨を折っちゃって、しばらくは仕入れをすることも、輸送することもできなくなって」


「じゃあ、その事故を起こしたのは……?」


「うん。あたしはこの事故、レンチンが仕組んだんじゃないかって思ってる」


「しかし、その証拠はあるんですか?」


「証拠は──」


「──ないです」



 ブリギットが真剣な表情で二人の会話に割って入った。その体は小さく震えており、唇はきゅっと一文字に結ばれている。



「ブリ……」


「証拠はないです。実際、公にはただの落馬事故だってことになってます」


「なら──」


「けど、プーグルさんは何十年間も馬車に乗って食材を運び続けたプロなんです……! 私がちっちゃい頃から、ずっと食材を届けてくれてて、おじいちゃんがいなくなってからも、ずっとずっと、プーグルさんはよくしてくれて……」


「ブリギットさん……」


「私がお見舞いに行ったとき、笑いながら謝ってたけど、そんなわけない。プーグルさんがそんなヘマするはずがないんです……!」


「す、すみません……軽率なことを……」



 ガレイトがそう言うと、ブリギットは顔を真っ赤にしてガレイトに「こちらこそ、ごめんなさい」と謝った。



「……とまあ、うちの現状はこんな感じかな」



 一通り話し終えたのか、モニカはため息をつくと、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲みほした。



「食材の供給は止められて、従業員削減。そんな中をなんとかやりくりしてたけど、頼みの綱だったプーグルさんが怪我。途方に暮れてた時に、ガレイトさんが火山牛背負ってやって来てくれた感じ。だからほんと……ありがとう、ガレイトさん」


「いえ、それで助けになるのでしたら、全然……」


「いつか絶対、ちゃんとお給料払うからね」


「お金については気にしないでください。この数日で学べたこともありましたし、逆に俺がお金を払いたいくらいです」


「いや、それは違うと思うけど……」


「それに、なにより俺がお二人のお役に立てることといえば、それくらいしか……」



 ガレイトはそこまで言うと、何か思いついたように「そうか!」と言った。



「ど、どうしたの、ガレイトさん? お金なら受け取らないよ?」


「いえ、俺が火山牛の時みたいに、食材を入手するというのはどうでしょう?」


「あー……」


「そうすれば、わざわざ仲卸を頼らなくても食材が手に入るのでは?」

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