第16話 元最強騎士と重力使い
『あはははははははははははははは──』
深夜のオステリカ・オスタリカ・フランチェスカに陽気な笑い声が響く。
ディエゴ、リカルド、レイチェル、そして隅っこにいたブリギットの四人は楽しそうに笑っており、
「じゃあ、なにかい。この三日間、ずっとあたしのことを臨時の従業員かなんかと思ってたってこと?」
「そ、それは……その……」
「しょうがないですよ、モニカさん。あの
すでに笑い過ぎて涙目になっているディエゴが、ガレイトに助け舟を出す。
「ま、丸いって言うな! 健康的と言え!」
「す、すみません。でも、僕が最初に会ったモニカさんは、今みたいな痩せてるモニカさんだったので、丸……健康的なモニカさんをはじめて見たときは……その、ぷぷ、すごい……衝撃的で……」
「笑うな!」
「ま、まあ、俺もディエゴもびっくりしたんだから、ガレイトさんが驚くのも無理はな……い……くく……」
「笑うなっての!」
「……でも、すごい体型よね、モニカって。太りやすくて、痩せやすいんでしょ?」
レイチェルがジョッキを片手にモニカに尋ねる。
「ま、まぁ……」
「えっと、お店が繁盛して、常に動いてるときはモデル並みにすらりとしてて、暇なときは丸っこいんだっけ」
「だから、丸っこい言うな!」
三人にいじられているモニカを黙って見ていたガレイトが、おもむろに口を開いた。
「しかし、急激な体重の変化は体に悪いのでは……?」
ガレイトのその発言を聞いた途端、三人は腹を抱えて大笑いしだした。モニカは大笑いしている三人を忌々しそうに一瞥すると、ガレイトと向き合った。
「心配してくれてありがと。……まあ、ちっちゃい頃からこういう体質だからさ、お医者さんにも診てもらったりしたけど……」
「そうだったんですか? それで……」
「特に問題はないんだって。これが、不思議なことに」
「そ、そうでしたか……」
ほっと胸をなでおろすガレイト。そして、それを見たモニカはふっと口元を緩ませた。
「そう。だからあたしの事は、勝手に膨らんだりしぼんだりしてる変な人……て思ってくれて構わないから」
「いえいえ、そういうわけには……」
「いや、冗談だから。そんな真剣に返さないでよ」
「は、はぁ……」
「ん。でも、心配してくれたのは嬉しかった……かも? ありがとね、ガレイトさん」
「──あはははは……く、苦し~……」
「ははは、ガレイトさんまじめ過ぎ……」
「いや、笑うのは悪いよ。たしかに、ガレイトさんの心配ももっともだし」
「それはそうだけど──」
──ドンドンドンドン!
突然、店内に響く扉を強くたたく音が響く。
「お客さん……か?」
リカルドが首を傾げながら呟くと、モニカがそれに反応する。
「うーん、どうだろね。いちおう『火山牛フェアは終了しました』っていう張り紙は貼ってるはずだけど……」
「文字が読めないとかじゃない?」
「あー……たしかに、その可能性もあるかも」
「俺が見に行きましょうか?」
ガレイトがそう提案すると、モニカは「うん、お願い」と答えた。
ガレイトはすぐに席から立ち上がると、施錠してある鍵を外し、少しだけ扉を開けた。
「どちら様でしょうか? フェアはすでに終了して──」
ガレイトが扉を開けると、そこには大柄で強面の男二人と、身なりの良い中肉中背の男性が立っていた。身なりのいいほうの男性はガレイトを見るなり、ため息をつくと、金歯をちらつかせながら口を開いた。
「やれやれ。〝どちら様〟と尋ねたいのはワタクシのほうなんだがね?」
「どういう意味──」
ガレイトの返答を待たず、その男性は男二人に合図を出す。
二人はそれに黙って頷いて答えると、ガレイトを押しのけて店内に入ろうとした。
しかし──
「ふ……ふん、んぬぬぬぅ……!!」
「ぐぬぐぬ、ぬぬぬぬぅうううう~!!」
二人は顔が真っ赤になるほど、ガレイトを押したり引いたりしているが、当のガレイトはその場から一切動く気配はなかった。
突然の事に困惑するガレイト。
やがてその二人は諦めたのか、ガレイトから距離を取ると、肩で息をしながらガレイトを睨みつけた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「だ、ダメです。
「な、何をやっとるんだね! 不甲斐ない!」
「そ、そうは言われましても、あの男、ものすごい力で……」
「いえ、俺は特に力を入れていたわけではないのですが……何か御用──」
「──くっ……何のためにおまえたちのような筋肉バカを雇ったと思ってるんだね!」
「すみません……」
屈強な男二人が不甲斐なさそうに肩を落とす。
「というか、なんだね、チミは……!?」
「『なんだね、チミ』は……と言われましても……」
「ワタクシは、ここの責任者に用があるのだよ! さっさとどいてくれたまえ!」
「すみません。もうフェアは終了していまして……」
「誰が飯を食いに来たって言ったんだね!?」
男に怒鳴りつけられると、ガレイトは困ったようにため息をついた。
「ガレイトさん、どうかした? なにか問題?」
「ああ、モニカさん。あの、三人の男性がやって来て、責任者を出せ……と」
「責任者……? なんで?」
「いえ、それが俺にもよく……」
「モニカ君!? ひょっとしてその声、モニカ君じゃあないのか!?」
男性がガレイト越しに、店内のモニカに声をかける。
「ゲ……その声はレンチンさん……」
「『ゲ』とは何かね!
「じゃあなんで三人も連れてきてるんですか? 返事を聞くだけならレンチンさんだけでいいでしょうに」
「そ、それは最近物騒だからね。用心するに越したことはないのだよ」
「はぁ……ガレイトさん、絶対にその人を入れないで」
「なっ!?」
「というか、なんなら、いますぐ追い返してもいいよ。あたし、厨房から塩持ってくるから」
「は、はい。わかりました」
ガレイトはそう返事をすると、ぬぅっとレンチンに、その巨大な手を伸ばした。
「ちょ!! ちょちょちょ、ちょっと待った! 待ちなさい! 暴力反対! モニカ君も、塩なんて持って来なくてよろしい!」
「……あの、レンチンさん、近所迷惑なので、あまり大きな声を出さないでくれますか?」
「ふむ……たしかに、些か品性の欠けた行いだったかもしれない。反省しよう」
「いや、もう反省とかいいので、もう店の周りの空気吸わないでもらえます?」
「それはワタクシに死ねということかね!?」
「はよ帰れっつってんですよ……!」
あからさまに不機嫌なモニカが、腕組みをしながらガレイトの背中を睨みつける。
「な、なんて口の利き方を……ク……ククク、まあ、いつまでそんな口が叩けるのかな?」
「どういうことですか?」
「……それに、このワタクシが、なんの手土産もなしにここへ来たと思っているのかね?」
「またですか? もう何をやっても意味──」
「これを。チミの後ろにいる女性へ渡してくれたまえ」
レンチンは懐から紙の束のような物を取り出すと、その中の一枚を破ってガレイトに手渡した。ガレイトはとりあえずその紙切れを受け取ると、視線をレンチンに向けたまま、背後にいるモニカにゆっくりと手渡した。
「なんですか、これ」
モニカがガレイトの背中越しに、レンチンに尋ねる。
「小切手だよ。見ればわかるだろう」
「あのですね、物について尋ねてるんじゃなくて、意図を尋ねてるんですけど?」
「──時に、モニカ君」
「いや、話聞けや、おっさん」
「……この大男は、新しく雇った用心棒かね?」
レンチンがガレイトを忌々しそうに睨みつけながら言った。
「ああ、いえ、俺はウェ……」
「チミには訊いてない! ……どうなんだね、モニカ君」
レンチンの問いに、モニカはすこし言いづらそうに「彼はウェイターとして雇いました」と答えた。
「なるほど。ウェイターとして、ねえ……。まったく、こんな店のどこにそんな金があるというのか……」
「喧嘩売ってんですか?」
「モニカ君、いい加減このチンケな店を手放したらどうだ?」
「余計なお世話です」
「もはやダグザ殿がいらっしゃらない時点で、この店には存在価値などないのだよ。むしろ、目障りにしかならない。さっさと立ち退いてもらいたいところなんだが……」
「あなたのほうが目障りなんですが」
「まあ、そう言うな。……君も、ダグザ殿の孫と昔のよしみなのか知らないけど、低賃金で働かされて、そこまで義理立てする必要もなかろう」
「義理立てなんて……」
「まあ、聡明なモニカ君の事だ。さっさと見切りをつけたほうが賢明だと思うがね。なんなら、ワタクシの店でならいつでも雇ってあげられるよ? それも、こんなところよりも、何倍……いや、何十倍もの金でね」
「結構です」
「おっと。……ははは、ゼロになにを乗算してもゼロだったか」
そこまで黙ってやり取りを聞いていたガレイトが、おもむろに口を開く。
「すみません。もうお引き取り願えますか」
「なんだと……? そういえば、さきほどからチミの言動は目に余るな。このワタクシを知らんのか?」
「すみません」
「……おい、モニカ君。どういうことだ? 新人への教育が行き届いていないんじゃないのか?」
レンチンはそう言うと肩眉を吊り上げ、ガレイトを見上げた。
「いいか。ワタクシはレンチン。レンチン・バラムンディ。ここら一帯のフランチャイズ型飲食店〝ビストロ・バラムンディ〟を取り仕切るオーナーだ! 無知なウェイターよ、せいぜい覚えておくことだね」
「はぁ……」
「いやいや、べつに覚えなくていいからね、ガレイトさん」
「話を戻そう。モニカ君、さっき渡した小切手に……いくらでもいい。好きな金額を書きなさい。モニカ君ひとりのぶんでも、ダグザ殿のお孫さんと合わせて、二人分でも構わない。だからその代わり、ここの土地と、店をもらう。それだけだ。ワタクシの要求はそれだけだよ」
レンチンはそこまで言うと、扉に張り出されている張り紙を睨みつけた。
「〝火山牛フェア〟ねえ? どこでそんなのを手に入れたかは知らんが、無駄な足掻きさ。どのみち、君たちに未来などない。──ま、よ~く考えることだね」
レンチンはほぼ一方的に言い放つと、すこし乱れた服を正し、フン、と鼻を鳴らして踵を返した。
「では、また会おうモニカ君。そして、新人の
レンチンがそう急かすと、男二人は慌ててレンチンの後をついて行った。
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