第10話 元最強騎士雇用は厳しいかも?
「あ、あの、ガレイトさん。いちおう訊きたいんだけど、なに? その大きな牛……?」
そこかしこからどよめきが起こり、騒然とするギルド内にて──モニカが、ガレイトの引きずってきた牛を指さし、尋ねた。一方、ガレイトはモニカにそう尋ねれると、スっと頭を下げた。
「申し訳ありません、モニカさん。盗み聞きをするつもりはなかったのですが、
「ほ、本当に火山牛なんだ……」
「も、もしかして、違うのですか? グランティ周辺に牛の形をした魔物は、この一頭しか確認できなかったから、この牛が火山牛だと思っていたのですが……」
「この短時間でグランティ一帯を探索したの……?」
「はい。それになにより、この牛……かなりの熱を持っていますし……」
「その割に、普通に素手で触ってるんだけど……」
「──それは、間違いなく火山牛です!」
モーセが声を上げた。
「いやー、助かりました、ガレイトさん! あたしたちもその牛にはほとほと困り果てていたんですよ!」
「あなたはたしか……先日、ここで受付をなさっていた……」
「モーセ! モーセ・アンドレウです!」
「モーセさん」
「それよりもガレイトさん! 火山牛を狩ったということは、つまり、冒険者になってくれるということですね!?」
「すみません。前にもお伝えさせていただきましたが、俺は冒険者になるつもりはありません」
「そ、そんなぁ……じゃあなんで火山牛を……」
モーセはそう言うと、机に突っ伏してしまった。
「──それで、その、如何でしょう、モニカさん。これで雇っていただけますか?」
「え? えー……っと……うー……ん……」
まっすぐにモニカを見据えているガレイトとは対照的に、モニカの視線はあっちこっちと、忙しなく動いている。
「ちょ、ちょっとブリ。どうしよう? 本当に狩ってきちゃった……けど……?」
振り返り、ブリギットに助言を求めるモニカだったが、当のブリギットは虚ろな目をしたまま、ボーっと火山牛の死体を眺めていた。
「でへへぇ、牛がいっぱいなのらぁ……これでいっぱいお野菜が食べられるねぇ……」
ブリギットはグルグルと目を回しながら
「……あ! まずい! ブリの
それをモニカがすんでで支える。
「ぶ、ブリギットさん!?」
持っていた火山牛を放り投げ、慌てて近寄るガレイト。モニカは慣れた手つきでブリギットの体をくるりと前後を反転させた。
「うし……おとこ……うし……おとこ……まもの……」
ブリギットは依然、悪夢にうなされるようにして、意味不明な言葉を述べた。
「も、モニカさん! これは一体……? ブリギットさんは大丈夫なのでしょうか!?」
「気絶しちゃったね」
「や、やはり、俺のせい……でしょうか?」
「はぁ、どうだろね。真夜中とはいえ、久しぶりに人のいる場所まで来たんだ。この子にもそれなりにストレスがあったんじゃないかな? それで、火山牛を持ったガレイトさんが、ブリの精神にとどめを刺したって感じなんじゃないかな」
「そ、そう……だったんですね……」
ガレイトは一瞬、顔を伏せたものの、すぐさま立ち上がると、モニカとブリギットに向けて頭を下げた。
「すみませんでした……!」
「ど、どうしたの、いきなり……?」
「俺ひとりの都合でこんな、おふたりにご迷惑をおかけして……やはりここは、潔く身を引かせていただきます」
「え? なにが?」
「心残りはありますが、いつまでも甘えるわけにはいきませんので」
ガレイトはそう言うと、ギルドの床の上に転がっていた火山牛をブリギットとモニカの前に置いた。さきほどまで火山牛が転がっていた場所には、魚拓ならぬ牛拓のような焦げ跡が残っている。
「これは、今回の件のお詫びです。火山牛は高級食材とも聞きますので、お二人で食べても、お店で提供しても、なんならそのままどこかへ売り払ってしまっても構いません」
「で、でも、ガレイトさんはどうするの?」
「俺はこのまま、グランティを去ります」
「いいの? 本当に?」
「……本当はダグザさんのお孫さんであり、お弟子さんでもあるブリギットさんから色々と教わりたかったのですが……料理なんてどこでも作れますし、俺はまた別の道を探そうと思います」
ガレイトは再び二人にお辞儀をすると、踵を返し、ギルドから出ていこうとした。
「ま、待って、ガレイトさん!」
去り際のガレイトを呼び止めたのは、モニカだった。モニカは抱きかかえていたブリギットをそっと床の上に下ろすと、ガレイトのすぐそばまで歩み寄った。
「モニカさん……」
「ガレイトさん、明日の朝……あたしが今日、店に来たくらいの時間に、もう一度来て」
「……え?」
「ブリには許可はとってないけど、いちおう試験みたいなことをさせてもらいます」
「試験……ですか? ということは、雇っていただけ──」
「ううん。あくまで最終的に判断するのはブリ。……なんだけど、あたしはなんとなく、このままガレイトさんを帰らせるのは勿体な……」
「もったいない?」
「おほん。ガレイトさんとブリに、わだかまりが残るんじゃないかって思って、それでこういう措置を取らせてもらっただけ。他意はないから」
それを聞いたガレイトの顔が、次第に明るくなっていく。
「そ、そうですか……こんな俺にまた機会を……! ありがとうございます! ですが、本当によろしいのですか?」
「うん。でも、注意してね。次を逃せば、もうチャンスはないから」
「わかりました。要するに、明日の朝が最終試験ということですね」
「そういうこと。まあ、悔いを残さないように頑張って」
「は、はい。ブリギットさんに気に入られるよう、努力します」
「うん。とりあえず、ブリが起きたらそう伝えておくから、今日のところはおやすみなさい」
「はい! お疲れ様です!」
ガレイトは元気よく言うと、今度は軽快な足取りでギルドから出ていこうとした。
「──あっ! ちょっと待って、ガレイトさん」
「はい、なんでしょう?」
「その火山牛片付けといて」
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