就職試験

第8話 元最強騎士とキャトルボルケイノ


「──お願いします!」



 オステリカ・オスタリカ・フランチェスカ店内。

 月が夜空に浮かび、営業時間が終了した頃──

 ガレイト・ヴィントナーズは、額をホールの床にこすりつけるようにして、平身低頭していた。



「む、ムリ、ですぅ~!」



 悲痛な声を上げているのはブリギット。

 ブリギットはガレイトからすこし遠いところ。

 ホールと厨房の境目。

 そこの壁に身を隠しながら、時折、ひょこっと半身だけ出していた。



「そ、そこをなんとか……!」



 ガレイトが絞り出すような声で、ホールに頭を打ちつける。



「で、ですから、ムリですぅ……これ以上人を雇う事なんて、お金的にも……なにより、私の心的にも無理なんです~! ごめんなさ~い!」



 すでに半べそをかいているブリギットに、ガレイトが続ける。



「賃金は払わなくて結構です!」


「ひぇっ」


「前職の蓄えはまだありますので!」


「ひぇ、……ひぇっ」


「それに、体も丈夫ですし!」


「……お金は要らない。前職でたっぷり稼いだ。体も丈夫……それってつまり、危ない人じゃないですか~!」


「い、いえ! そう言うのではなく……ほら! 重い物も持ち上げたり下ろしたり、また持ち上げたりできます!」



 そう言って、店のテーブルを片手で軽々と持ち上げるガレイト。



「いやそれ、ただの筋トレじゃない?」



 二人のやりとりを、つまらなさそうに見ていたモニカが静かにツッコんだ。



「いや、ほんと、雑に使っていただいて結構ですので、どうか俺をこの店で、オステリカ・オスタリカ・フランチェスカで働かせてください!」


「ひぃえ~! モニモニ・・・・ぃ、この人、話聞いてくれないよぉ~!」


「え? べつにいいんじゃない?」



 ブリギットに〝モニモニ〟と呼ばれたモニカが、自身の爪を見ながら言う。



「モニモニ!?」


「雇ってあげなよ」


「ンモニモニィ!? なんで裏切るの……?」


「裏切るも何も、ガレイトさんはただ働きでいいって言ってんだし」


「でもでも、〝タダ〟がむしろ、いちばん高くつくんじゃ……」


「……高いのがいちばん、高くつくんだよ」


「そ、そうだ、こうやって私たちを安心させて……あとで、このお店を乗っ取るつもりじゃ……」


「そ、そんなことはしませ──」


「いや、あんたの考えが一番怖いわ」


「モニモニ……」


「……てか、実際いてくれるだけで何かとメリットはあると思うよ。……威圧感とかすごいし、ひと睨みで、そこらへんの魔物くらい焼き殺せそうだし……」


「そ、そういう問題じゃないよぉ~……」


そういう・・・・こういう・・・・も、要はいろんな理由をつけてるけど、あんたが男の人が苦手だからイヤってだけなんでしょ?」


「そ、それは……そう……かもしれない、けど……」


「──わかりました!」



 ガレイトが突然立ち上がり、ふたりに向けて口を開く。



「では、このガレイト・ヴィントナーズ! ブリギットさんのために、化粧をさせていただきます!」


「ふぇ?」

「は?」



 ブリギットとモニカは目を点にして、口をぽかんと開ける。



「要は俺の見た目が、男でなければいいという事!」


「そうなの?」


「ダグザさんの……いえ、ブリギットさんの料理の神髄を教われるのであれば、女装するのもやぶさかではありません!」


「いやいや、やぶさかであろうよ」


「モニモニ、なんか言葉ヘンだよ……」


「……てか、ガレイトさんが女装しても、バケモノが出来るだけじゃない?」


「ば、バケ……!?」


「ちょ、ちょっとモニモニ……言い過ぎだよ……!」



 歯に衣着せぬモニカの物言いに、ガレイトが固まる。



「いや、だってガレイトさん、さっきも言ったけど、目つき鋭くて怖いし」


「うっ!?」


「体も大きくて怖いし」


「ぐぅっ!?」


「声も大きくて、なんだか威嚇されてるみたいだし」


「がはぁっ!」


「たまにぶっ飛んだこともするし」


「……そ、それは……女装とは関係ない気が……」


「実際、あたしもガレイトさんに声をかけた時、ちょっと勇気が必要だったっていうか……、だからたぶん、化粧しても残念な結果にしかならないと思う。下手したら、また捕まるんじゃない?」


「くっ……!」



 ガレイトが、その場に片膝をつく。



「かくなる上は、切除するもやむなし、という事か……!」



 ガレイトはこぶしを床につけ、ぶるぶると震わせながら言った。



「いや、なんでそうなんの!? ……あと、どうせやるなら、きちんとした施設でやってね」


「モニモニ、そのアドバイスも違うと思う……」



 ひととおり問答を終えたモニカは、ため息交じりに、カウンター席から降りた。



「……わかったから、ガレイトさんはちょっと待ってて。ブリと話してくる」



 モニカはそう言うと、壁に張り付いていたブリギットをベリベリと引きはがす。

 そしてふたりは、そのまま店の奥へと引っ込んでいった。


 レストラン内、二階へと繋がる階段。

 モニカはそこに座ると、ブリギットの手を握り、まっすぐに目を見つめた。



「……ねぇブリ、まじめな話なんだけど、本当にイヤなの? ガレイトさんを雇うの」


「う、ううん、イヤってわけじゃない……んだけど……」



 モニカの真剣な問いに、ブリギットは目を伏せながら答える。



「じゃあ何がダメなのさ」


「ダメっていうか、いきなり過ぎるっていうか……」


「へ?」


「ま、まずは、その……お友達から始めたいかなって」


「なんの話してんの……?」


「で、でも、モニモニはずっと友達だし……」


「あー……」



 納得したように相槌をうつモニカ。



「つまり、出会ってすぐの人とは一緒に働けないって?」


「は、働けないっていうか……なんていうか……」


「ああ、もう、じれったい!」


「ええ……!?」


「いい加減、思ってることをそのまま口に出してみたら? あんまりいじいじしてると、勝手に承諾しちゃうよ?」


「そんなぁ……」


「最近はいろいろと物騒だし、男手はあるに越したことはないんだから」


「うう……」



 モニカに一喝されたブリギットは涙目になりながらも、ぽつぽつと呟き始めた。



「あの、ガレイトさんって、おじいちゃんと知り合いなんでしょ?」


「そう言ってたね」


「えと……、どんな関係だったんだっけ?」


「知らない。詳しくはね。……ただ、恩人って言ってたし、ガレイトさん自身も料理人って言ってたから、たぶん、オーナーが与えた料理えいきょうってすごかったんだと思うよ」


「うん。……でも、それって、おじいちゃんの料理・・が好きなだけで、私の料理なんてどうでもいいんだと思うの……」


「ん?」


「え?」


「いや? そんな事ないと思うよ?」


「そうなの?」


「うん、だって、ブリの料理が好きじゃなかったら、昨日のシチューもあんなに食べてないと思うし」


「ほ、ほんとだね。あのときは、いっぱい食べてくれて、嬉しかったなぁ……」



 しみじみというブリギット。



「なら、いいじゃん」


「で、でも、シチューは割と得意料理だし、他の料理を食べて私に失望しないか、不安だし……」


「ははぁ……なるほど。つまりこういうことね。ブリは、オーナーに憧れて料理人になったガレイトさんに、もしかしたら、自分が失望されるかもしれないから、怖くて雇えないってことなんだね?」


「う……あえて言葉にすると、なんかイヤな理由……」


「イヤな理由とは思わないけど……でも、そういうことでしょ?」


「う、うん……そう、だね……でも、私、まだ人に教えられるほど偉くもすごくもないし……」


「そんなことは全然ないと思うけど……だって、ガレイトさんは実際、ブリの料理を食べて、オーナーと重ねたんだよ?」


「た、たまたまだよ……!」


「……ねえ、逆に訊くけど、たまたま・・・・オーナーと同じような料理って、作れるものなの?」


「そ、それは……無理、かも……」


「〝かも〟?」


「む、むり……です……」


「ね?」


「でも私、今はおじいちゃんが外出してるから、代わりに料理作ってる・・・・・・・・・・だけ・・だもん。どうせ教えてもらうなら、おじいちゃんが帰ってきた後でもいいし……」


「でも、いつ帰ってくるかわからないじゃん」


「でもでも……!」



 ブリギットは何かを言おうとしたが、途端に俯いてしまう。



「そもそも、私のせいで常連さんたちもみんな離れちゃったし……」


「あ……」


「そんな私が教えることなんて……」



 二人の間に沈黙が流れる。



「──よし」


「え? なに?」


「わかった。ブリがそこまで言うなら、あたしはこれ以上何も言わない。どうしてもダメだってブリが言うなら、あたしもそれに従うさ」


「モニモニ……」


「だから、それを踏まえたうえでもう一度聞くよ? 本当に、ガレイトさんは雇わなくていいんだね?」


「……うん」



 今度はしっかりとうなずく。



「ガレイトさんには悪いけど、やっぱり私なんかじゃ、おじいちゃんの代わりは務まらないよ……」


「ん、了解。あとはそれをどうやってガレイトさんに伝えるかだけど……」


「……どうしよう?」


「あの様子じゃ『あきらめてください』って言って、『はいそうですか』って帰ってくれないよね。……ガレイトさん、優しそうではあるんだけど、妙に頑固そうだし」


「うん、それに、おじいちゃんの知り合いだから、なるべく傷つかずに帰ってほしいし……」


「やれやれ、どうしたもんか……」



 うーん。

 ふたりが首を傾げてうなる。



「あ! そうだ! いい案を思いついたよ、ブリ!」


「いい案?」


「そう。ガレイトさんって料理人だけど、いわゆる冒険者寄りの料理人だよね」


「え? 冒険者寄り……?」


「そう。体格とかもがっしりしてるし、ブリみたいにお店で料理を作るっていうよりも、いろいろな所へ行って、色々な料理を作ってそうな感じ。もっとサバイバル的な……」


「あ、うん。わかる。ワイルドっていうか、やっぱり毎日牛乳とか飲んでるのかな? 私も飲んだほうがいいかな?」


「いや、それはちょっと違うけど……そう、まさに、その牛乳だよ」


「牛乳? 飲み比べでもするの?」


「おバカ!」


「ひゃっ」


「また昨日みたい大量に水飲んで失神したいの?」


「うぅ……思い出したら、またお腹がタプタプしてきたよ……」


「はぁ……飲み比べじゃなくて、ほら、いまグランティで問題になってるあれ。あの魔物……」


「魔物……?」


「いやいや、いろいろと邪魔になってるのがあるじゃん」


「あ、もしかして、火山牛キャトルボルケイノ?」


「そうそう。いろいろな所へ行ってるガレイトさんならさ、その魔物の危険性は少なからず知ってるわけじゃん」


「……も、もしかして、火山牛を倒して来いって言うんじゃ……?」


「ふふ、そういうこと」


「えええええ!? だ、ダメだよ! 火山牛って、すっごく危険な魔物なんだよ!? いくらガレイトさんでも倒せっこないよ!」


「しー……! 声が大きい……! 聞こえちゃうよ……!」


「ご、ごめん……でも、だめだよ、あぶないよ……!」


「ちがうちがう。そういう事じゃないってば」


「じゃ、じゃあ、どういうこと……?」


「火山牛を知っている料理人なら、まず手出ししようとは思わないでしょ?」


「う、うん……」


「たとえば……、ブリ」


「は、はい」


「いきなり、火山牛倒しに行けって言われたらどうする?」


「あ、泡吹いて、気絶する……かも……」


「……いや、情けないな」


「えぇ……でも、実際そうなるかも、って考えただけで──ヴォエッ!」



 ブリギットは気持ち悪そうに手で口を覆う。



「いや、なに盛大に嘔吐えずいてんのさ」


「ご、ごめ……ウェッ、ウェッ、ウォッ」



 涙目になるブリギット。

 心配そうにブリギットの背中をさするモニカ。



「……まあ、ガレイトさんが気絶したり、嘔吐くことはないだろうけど、普通は諦めるよね」


「そ……そうかなぁ?」


「どんな人だって自分の命が一番だし、なによりこんな条件付き付けたら、『雇いません』って言ってるようなもんじゃん」


「……たしかに」


「だから、ガレイトさんもさすがに諦めてくれるよ」


「……そう、だよね」


「じゃあ、話がまとまったところでガレイトさんに伝えに行くよ」


「うん、わかっ……んプっ」



 モニカはそため息交じりに立ち上がると、一足先にホールへと戻った。

 ──が、そこにはすでにガレイトの姿はない。



「あ、あれ、モニモニ……これ……?」



 遅れてやって来たブリギットが指さす先──

 そこには、一枚の紙きれが置かれていた。

 モニカはおそるおそる紙を拾い上げると、書いてある内容を読み上げた。



「えーっと、『火山牛倒しに行ってきます。楽しみに待っていてください』ぃ?!」


「ええええええ!?」


「な、なんてこった。なんでさっきの話を……でも、聞かれてたなんて──あっ、もしかして、ブリが大声を出したときに……!」


「わわ、私のせい~!?」


「いや、誰のせいとかじゃなくて……えーっと……この場合どうすれば……ていうか、なんで本当に倒しに行くかな……もしかして、ガレイトさん、火山牛のこと知らないんじゃ……?」


「どどど、どうしよう、モニモニ! ガレイトさんが死んじゃうよ! 今すぐ助けに行かな……オエッ、助け……うぼッ」


「いやいや、あんたが行っても吐いちゃうだけだよ。……とはいえ、今からだと急いで追いかけても追いつけるかどうか……」


「じゃ、じゃあ、どうすれば……」


「と、とりあえず、ギルドに行こう! 今の時間帯ならまだ間に合うと思う!」


「う、うん……!」



 こうしてガレイトは街の外へ火山牛を倒しに。

 ブリギットとモニカはギルドへと向かったのであった。

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