最強騎士、身分を隠してパーティ付きの料理人に転職したが追放される ~戻ってきて魔物と戦ってくれと言われてももう遅い。夢は料理人なので~

水無土豆

騎士と料理人

第1話 元最強騎士はダメダメ料理人


 ──スゥゥウウウウゥゥウウウ……!


 これは、これから行われる〝攻撃〟の前触れ。

 大型の、メートル法に換算すると十メートルは優に超える翼竜が、周囲の空気を肺いっぱいに吸い込んでいる。

 木々はガサガサと大きく揺れ、大地は脆い岩盤ごとめくり上げられ、まるで掃除機のように翼竜の鼻腔へと吸い込まれている。

 翼竜の名は〝ドラゴン・モヒート〟

 蒼く輝く鱗に、まるでミントを彷彿とさせるように深く、それでいて鮮やかな碧色の瞳を持った翼竜。

 全世界に展開しているフランチャイズ型冒険者ギルド〝波浪輪悪ハローワーク〟が定めている、危険指定魔物S級に相当する魔物である。


 ちなみに、この翼竜が討伐されたという記録は現在、波浪輪悪は所持していない。

 ゆえにドラゴン・モヒートとは災害そのもの。

 ひとたびこの翼竜が出現したという報せがあれば〝即座に避難しなければ命はない〟と言われるほどの存在である。

 そして、そんな災害の顕主とも呼ぶべき翼竜を前に、ひとりの男が立ちふさがっていた。

 オールバックの金髪に、白いエプロン。

 その男の名は〝ガレイト・ヴィントナーズ〟

 翼竜と比べると見劣りはするが、その体躯は二メートル。

 人類の中では間違いなく大男に分類される人間である。

 ガレイトは手に包丁のような刃物を握りしめながら、翼竜を睨みつけていた。


 ス──

 やがて、ガレイトは静かに目を閉じると──



「ふぅぅ……!!」



 翼竜とは対照的に、力強く息を吐いた。

 手に持っていた包丁を逆手に持ち替え、腰を落として上半身を後ろへ捻る。



「──ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」



 刹那、翼竜がその碧色の瞳を大きく見開いて、口をめいいっぱい開ける。

〝メルト・ブレス〟

 その熱線が口から吐かれた途端、周囲の木々が山火事のように発火していった。

 地面は焦げ、岩は溶け、空に暗雲が立ち込める。

 国すらも滅ぼすと言われている攻撃が、ガレイトの体をこうとした瞬間──



「──ッ!」



 ガレイトはキッと目を見開き、目にもとまらぬ速度で包丁を振りぬいた。


 ──ズ──パ──ッ!!


 真空波かまいたちが巻き起こり、空間がわずかに歪む。

 斬撃は熱線を切断・・し、そのまま翼竜の頭部を横一線に両断した。

 それは明らかに、包丁の刃渡りを無視した射程距離・・・・

 頭部を失い、力を失った翼竜はやがて支えを失い、ズズゥンと大きな音を立てて倒れた。



「ふぅ……こんなものか……」



 ガレイトは額に滲んでいた汗を袖口で拭うと、逆手に持った包丁を順手に持ち直した。

 プス、プス……!

 パチパチ……!

 まるで大規模な山火事でも起こったような場所を、ガレイトは平然と歩いて行く。

 そして、そのまま翼竜へと近づいて行き、その死体に手を置いた。



「これがドラゴン・モヒート……。ギルドの討伐記録にはなかったみたいだが、こいつの肉は、肉本来の原始的な香りが、カクテルのモヒートのように鼻から抜けると古文書に記されてあった」



 ガレイトはしばらく考えると、ポンと手を叩いた。



「……よし、昼飯はこいつでいこう。あの三人も喜ぶだろう」



 ガレイトはそう呟くと、慣れた手つきで翼竜の腹を縦に割き、下処理を開始した。



 ◇



「──おまたせ」



 晴れた空。

 色鮮やかな花々。

 時折吹く爽やかな風が頬を撫でる、そんな野原。

 そこに、相変わらずエプロン姿のガレイトと、三人の男がいた。

 三人は木製の簡易テーブルに腰掛け、手にはナイフとフォークを持っている。



「今日のランチは、そこらへんでばったり会ったドラゴン・モヒートのテールステーキだ」



 ガレイトはそう言うと、ひとりひとりの前に皿を置いていく。

 肉は皿の中で、ジュウジュウ、パチパチと肉汁を迸らせていた。



「肉自体が美味い……らしいから、是非冷めないうちに食べてくれ」



 ガレイトがうやうやしく、それを三人に勧めた。

 三人の名は座高の低い順から、ガガ、ザザ、ボボ。

 みな、同じように粗野で乱暴そうな容姿だが、三つ子ではない。



「ガハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」



 突然、三人の笑い声が辺りに響き渡る。



「聞いたか? ドラゴン・モヒートだとよ」

「けっ、まーたバカ言ってら」

「どうすれば伝説の竜とばったり会って、さらに肉まで調達してくんだよ」


「切り殺した」



 ザザに尋ねられたガレイトはあっけらかんと答えた。



「はン、どうやって切り殺すんだよ。やっこさん、そこらへんの建物なんか目じゃないくらい、デカいバケモノらしいじゃねえか」


「ああ、デカかったな」


「しかも蒼い鱗はどんな刃物も通さねえんだろ?」


「ああ、硬そうだったな」


「そもそも、これっぽっちの肉じゃ、とても足りねえだろ」


「もちろん、食べられる分だけ持ってきた。放置しておけば、あとは周辺の動物や魔物たちの食料になるからな」


「ガーハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」



 ガザボトリオの笑い声が響き渡る。



「へへ、相変わらず笑わせてくれるぜ、うちの料理人さんは」

「……いや、料理が出来る芸人か?」

「ま、料理が出来るっつったって、焼くか煮るしかできないだろ、こいつは。しかも不味いしな」


「悪かったな。なにせ、まだいろいろと勉強中なんだ」


「勉強中っつっても、もうおまえを雇ってからかなり経ってるだろ」

「いつまで勉強するつもりだ? ああ?」


「それは……面目ない」



 すっと頭を下げるガレイト。



「チッ……まあ、そのぶん、ほとんどタダ働きに近い低賃金で雇えてるからな」

「これぞ、ウィンウィンってやつだよ」

「つか、おまえ、それっぽっちの賃金でどうやって暮らしてんだ?」


「以前勤めていた所の退職金がまだ手元に残っていてな。その金で何とかやっていけている」


「そういや、勤めていた場所ってどこだっけ?」



 ボボがそう尋ねると、ガレイトは顎に手をやり、すこし考えるような素振りをした。



「それは……」


「ま、どうせロクなとこじゃねえんだろうがな」

「おまえみたいなダメなやつが勤められるところなんて、たかが知れてるだろ」

「ったく、図体だけデカくて、その上ほら吹きなんて、救えねえよな」



 三人はそう切り捨てると、肉をナイフで一口大に切り、口へと運んだ。

 一様にモグモグと顎を動かしていたが、次第にその眉間の皺が深くなっていく。

 やがて、口の中にあった肉をぺっぺっ、と地面に吐き捨てた。



「……てめっ、なんだこれ!」

「硬くて食えたもんじゃねえよ!」

「ゴムか? おまえのいうドラゴン・モヒートはゴム製なのか!?」


「いや、そんなはずは……」


「じゃあ試しに食ってみろよ」



 ボボはさきほどと同じように肉を切ると、肉をフォークに刺し、ひらひらと動かした。

 ガレイトはそのままボボに近づいていくと──


 ガチャアン!

 ボボは皿を持ち上げるや否や、熱々のステーキをガレイトの顔面に押し付けた。

 それを皮切りに、残った二人も、ステーキを皿ごとガレイトめがけて投げつけた。



「どうだ? あ? 食えねえだろ? 硬いだろ? まずいだろ?」


「いや、食ってないからわから──」


「……クビだよ。ク・ビ」

「へっ、いままでまずい飯作ってくれてありがとよ」

「これからはトリプルスターの料理人雇うから、おまえみたいなクズはお払い箱ってわけ」

「最近じゃ、ガザボトリオっつったら、それなりに名が知れてきてっからな」

「おまえと違って金も地位もあるってことだよ」

「恨むんなら、おまえのその無能さを恨むんだな」



 三人は言いたい放題言うと、テーブルを蹴り倒し、どこかへ去って行った。

 残されたガレイトは自分の焼いたステーキを、おもむろに口へと運ぶ。

 ぱく。

 もぐもぐ。

 ……ごくん。



「──うぐぅ……っ!? こ、こいつは……!?」



 ガレイトは突然、苦悶の表情を浮かべながら、近くの茂みの中へと入っていった。

 彼は致命的なまでに胃が弱かった・・・・・・のである。

 しかし、そんな彼にもささやかな野望とも呼べるものがあった。

 それは──


〝自分の作った料理でお腹を壊さないこと〟


 この男こそがガレイト・ヴィントナーズ。

 ここより遥か西に位置する大国、ヴィルヘルム帝国の騎士団長を務めていた、世界最強の騎士で、災害ドラゴンをも凌駕せし男である。

 そんな彼は現在、料理人見習いとなっていた。


 この物語はそんなガレイトのドタバタ覇道りょうり譚である。

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