WEN. あと三日
新聞部員の章――Ⅲ
昼休み。羽を伸ばしたがる時間帯。文字通り両腕を天井に伸ばしている人が多数。
僕はチャイムと同時に、勢いよく席を立つ。校庭でスポーツに勤しむ人も多いだろうけど、僕は真面目な部活動。抜かりなく、食事は前に済ませておいた。
教室を出ようとしたその時、「江田」と名前を呼ばれる。
おお、珍しい。彼女とは中学からの同級生だが、まともに会話するのは数えるほどしかなかっただろう。
「どうしたの?」
「ちょっとね」
三原は曖昧に微笑む。すぐ後ろには、新聞部としてお手合わせを願いたい、豊浜千夏子さんがいる。が、今は少々時間が惜しい。
「悪いけど、ちょっと急いでて」
「すぐ終わるから」
「ああ、うん」
急用かな。僕は教室前で立ち止まった。
三原が口を開く。「江田って、政治系部活動に詳しいよね」
「そりゃ、まあね」
「新聞見たんだけど、右と左が喧嘩しそうじゃん? だからそれを止める第三勢力があるかなあって。そのー右と左、どちらにも付かないで、政治運動そのものに反対してる部活とか」
目玉を動かしながら、三原は述べる。
「なんだ、政治系に興味あったんだ」
「まあ……なんというか、治安の面でちょっと怖いし。知ったほうがいいかなって」
「うん。なるほど」
第三勢力。異称としてピッタリな集団が一つある。
「生徒会が当てはまりそうだね。右にも左にも属さず対等な立場で議論ができるし。でも運動そのものに反対してるわけじゃないし、中立を保ってる学校側の機関っていう意義が強いかな」
「じゃあ、部活動っていうことだと……」
「一つ覚えがある」僕は指を立てた。「『セントラル』っていう名前で、去年できたばっかりの新興団体さ。『反運動への運動』っていう一見矛盾したフレーズに惹かれて、確か取材もしたはず」
「へぇ。すごい」
「すごいけど、部活動としてはまだまだ弱小だよ。とても『左閣』と『NGC』の間に入っていけるような第三勢力とはいいがいたい」
「ふうん。もしよかったら、その時の取材した記事とか残ってない?」
「部室にあるかも。後でとってこようか?」
三原は両手を合わせる。「ありがとう。感謝します」
「いいよ。お安い御用さ。じゃ、そろそろ行かないと」
僕は手を挙げて、教室から発った。時計の針は、すでに五分を経過していた。急げ急げと足を動かしながら、僕は引っかかっていた。
三原は『セントラル』のことを知って、何をするつもりなんだろう?
〇
一年H組は、昼休みにしては静かな部類に入る雰囲気だった。まだ新しいメンバーと組んで一か月程度しか経ってないから、それもそうか。
教室の後ろから、攻めることにした。
「ねぇねぇ」
と、廊下の近くにいる男子生徒に声をかける。振り向いたその髪型はしっかりと刈りあげられていて、目が狐のように細い。見た目で判断するのは客観主義に反するが、暴走族に入ってますといわれても驚きはしない人相の悪さだ。
「なんすか」
相手方が答える。
怖い。普通に怖い。逃げたい。
いや、怯えるな。相手は所詮一年坊主。先輩としての威厳を示さねば。
「えっと……青沼森吾君っているじゃない。今ずっと休んでると思うけど……」
「はぁ」
「彼と仲良い人って知ってる?」
青沼……と刈り上げ君は例の事件を知ってるか知らずか考えて、「わりと誰とでも話してたけど」といった。
「そうなんだ。君は?」
「少し」
「ふうん。じゃあ、とりわけ仲良かった人を教えてくれるかい」
「とりわけっていうと……よく土尾と一緒にいたイメージがあるな」
土尾。聞いたことのない名前だ。
「その土尾君、呼んできてよ」
いいですよ、と刈り上げ君は立ち上がって、窓側の前から二番目に向かう。一人で黙々と弁当を突いている、遠目からして普通の青年だ。
手招きしている僕をギョッとした目で、彼は見つめていた。
〇
華月にはオープンスペースという、誰でも占拠していい自由空間が階ごとにある。他クラスの人と飯を食ったり、教師が進路指導をする時にも使われたりする。
ただ、まだ横の繋がりが希薄な一年生のフロアには、ほとんど集っている生徒はいなかった。まあ、こちらとしては好都合だ。相手方にとっても聞かれたくない内容だろうし。
座席は、先に律さんが確保していた。土尾君がちょっとだけ安堵した様子である。ひとたび口を開けば、ストレート投法で一蹴されることを知らないで、無垢な赤子のよう。ちなみに廿日市は、別の件で動いてもらっているので、二人だけでの取材だ。
先に、土尾君が説明を求めた。
「オレ、そんな青沼と仲良くないですよ。体育の背の順でたまたま隣だったから話し始めたってだけで……」
ふんふん、と相槌を打つ。仲良い奴は「仲良くない」と言い張るのが定番の流れだ。
「いやあね、僕たちはなんとか森吾君についての情報を知りたいんだよ。彼が何者かに殴られったことは知ってる?」
「噂で聞いたかな」
「そう。噂で」新聞を見てほしかったなあ。『京雀』はちゃんとこの階でも掲示してあるし。「森吾君は、なんで殴られたんだと思う?」
「さあ……。どうせ、政治のグループの揉めごとに巻き込まれたんじゃないんですか」
おや。「もしかして、彼が政治系部活に属していたことを知ってた?」
「だって、お兄さんがその手の優秀な人なんでしょ?」
「客観的見地から考えても、優秀だね」
見た目に寄らず。
律さんが少し前のめりになる。「どこで、森吾君がそういう部活に入ったことを聞いたの?」
「いや……たぶん仮入部期間の時に、『どこ入る?』みたいな会話の流れで教えてくれたんだと思います。その時に、自分は兄と比べて勉強もできない馬鹿だけどねって自虐してたのが記憶に残っていて」
華月は一学年八クラスあり、定期考査と模試の結果基づいてクラス分けがされ、その中で残念ながら悪い点数を獲得してしまったメンバーが揃ったのが、H組である。ちなみにお兄さんは三年A組という難関国公立志望のエリートだ。まったく羨ましい。
「普段は何を話してたの?」律さんが畳みかける。
「別に普通ですよ。宿題のこととか。スポーツのこととか」
「他に森吾君と仲良かった人っている」
いやあ、と石尾君は腕を組む。「誰とでも話すタイプだと思うけど、まだ学校始まったばっかりだし、爪を隠した状態だと思います。だからたぶん……オレが一番になるのかな」
一番、ね。恣意的なランク付けでとても気持ちが悪いが、立ち止まってもしょうがない。僕は核心を突くことにする。
「僕らこれから森吾君に直接会いに行こうと思っているんだ。でも、生憎家の場所を知らなくてね。石尾君は彼の住所を聞いたことはあるかい」
「あー、ないです」
「そうかい」
壁、崩れず。すでに石尾君への興味を、僕は失っていた。
〇
『左閣』の一人からヒアリングをしていた廿日市も、空振りに終わった。紅林は元来の無口で、なおかつプライベートについては一切口外していなかったそうだ。
「総長でさえ紅林の正体を知らなかったらしい」と廿日市はいう。「本当は女だったりして」と発したのは、あながち誇張表現に聞こえなかった。
被害者はどちらも、住所を教えるような気の置けない友人はいない。そう結論を出していいものなのか。そもそも、「友達だから住所知ってる」という前提もやや無理がある論理だ。例えば、犯人が被害者を家まで着けて場所を知ったとなれば、これまでの推理がすべて破綻する。
青沼や紅林の個人はともかくとして、属している団体への怨恨は両手で数えられる程度じゃないだろう。一人一人潰していく方法では、とても土曜日には間に合わない。
僕はなんだか辛くなってきた。掴めようもない雲を、必死でジャンプして掴もうとしてるような
ああ、そういえば、と思い出す。三原から頼まれたおつかいがあったんだ。
僕は隣の律さんに尋ねる。新聞のバックナンバーは部室にあるか、と。
否定された。なんと生徒会室にあるらしい。学年の終わりにひとまとめにして、渡したそうだ。
取りに行くか。そう腰を浮かしかけた時、律さんが声を上げた。
生徒会は、と。
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