13話 てるてる坊主⑤

 気がつくと、僕は客間に寝かされていた。

 隣には果穂さんが、僕の手を握ってちょこんと座っている。


「……あっ、目が覚めてよかったぁ!」

 そう言って、果穂かほさんは僕に抱きついてきた。


「うぉっ、ちょ……果穂さん。嬉しいけど、痛いよ」


「あっ、ごめんなさい」

 果穂さんは顔を赤らめながら、姿勢を整えた。


「…あれからどうなったんですか?」


「今ね、O県警の人たちがいっぱい来てるの。篤蔵さんの件は、他殺の線が濃厚らしくて。私はさっきまで事情聴取を受けてて、今は桃さんが経緯を説明してると思う。それと、副代表にも連絡を入れておいたの」


「……ごめん、果穂さん。僕……朋美ともみさんを、救えなかった……」


「えっ……灰原かいばらくん……朋美さんを見たの?」


「えっ?」

 会話が噛み合わず、思わず訊き返してしまう。


「朋美さんが……橋のところで首を吊っていて……」


「朋美さんが……? ……本当なの? でも、朋美さんは昨晩から行方不明のままだよ?」


「僕は確かに見たんだ!橋の欄干で首を吊っていた」

 

「灰原くん……近くの民家の塀に寄りかかるようにして、倒れてたんだよ」


「民家……? 昨晩は橋で朋美さんの遺体を引き上げたところまで、記憶があるんだけど……あっ、そうだ。高島たかしまって刑事も一緒にいたはず……」


「高島……さん? 私たちが見つけたときは灰原くんしか、いなかったけど……」


 そんなはずはない。

 昨晩の出来事が夢だったなんて、あり得ない――はずだ。


 僕は飛び起きて、一階へ駆け下りる。

 一階には、何人もの警察らしき人たちが現場検証をしていた。


 その横をすり抜け、民宿を飛び出す。


「あっ、おい、待て! アイツを追え!」


 背後から誰かの怒号が聞こえた。


 

 僕は、昨晩の記憶だけを頼りに、冷たい雨をかき分けるようにして走った。濡れたアスファルトの匂いが鼻につき、心臓の鼓動が耳の奥で響く。


「……あれだ!」


 赤い橋が見えてきた。

 そのまま中ほどまで駆ける――。


 本当だ。何もない。

 そこにあるはずの朋美さんの遺体は、なかった。


 そうだ!

僕は確信を得るため、欄干へ視線を向けた。

雨粒に濡れた鉄の手すりには、無数の擦れた痕。人がもがいた時にしかつかないような、深く、斜めに食い込む跡。――まるで何度も、誰かが首を吊られてきた証のように。



 これは……ロープの痕?

 やっぱり、ここに朋美さんが吊られていたんだ。

 縄の跡を見るに、欄干に何かを巻きつけたのは一度や二度じゃない。


 もしかして――集団自殺の遺体はすべて、この橋で首を吊っていたのでは?


「おい……貴様、待たんか……」


 考えを巡らせていると、息を切らしながら中年男性と数名の警察が近づいてきた。


「あなたは?」


「私は……O県警のかつらという者だ。お前が灰原かいばらだな? 昨晩、遺体を見て飛び出した後、どこにいた?」


「ここにいました。この橋で……朋美さんが首を吊っていたんです」


「何をバカなことを……このあたり一帯を調査したが、何もなかったぞ」


「この手すりの痕は?」

 僕は桂刑事に、手すりの傷を見せる。


「……これは、今までの犠牲者のものだ」


「僕は確かに、見たんです!」

 話が噛み合わず、つい語気を強めてしまう。


「……わかった。遺体を見て、少し混乱しているのだろう。話はまた改めて訊く。今は、少し休んでいなさい」


 そう言って、桂刑事たちは橋を後にした。


 僕はしばらく、橋の上で雨に打たれながら物思いに沈んでいた。

 腕時計を見ると、13時43分。


 このままじゃ、また次の犠牲者が出てしまう。

 朋美さんの遺体は、どこへ行った?

 高島刑事は? あれも幻だったのか?


 ――駄目だ。

頭の中がぐちゃぐちゃだ。浮かんでは消える疑念の断片が、思考をかき乱していく。分からない。何もかも分からない。



「こんにちは!」


 不意に、隣から快活な声が聞こえた。


 声の方を振り返ると、雨に濡れた髪を乱暴にかき上げるようにして、ショートカットの女性がこちらを見ていた。

擦れたジーンズに泥の跳ねたスニーカー。場違いなのに、妙に場に馴染んでいる。


「……どちらさま?」


「なになに、暗い顔して。美女を前に反応が薄すぎやしないかい?」


どこか人懐っこいが、言葉の節々に奇妙な距離感を感じる。

――なんだ、この人。


「美女というよりは野獣では?」


 正直、可愛らしい顔立ちではあるが、今は見知らぬ相手に構っている余裕はない。


「キミ、なかなか言うねえ。私はこういう者だよ」


 そう言って、彼女は片手で名刺を差し出してきた。

 そこには、**オカルトライター 那須乃なすのまい**の文字が。


「…胡散臭いですね」


「確かに、自分でもそう思うわ」


 そういって那須乃さんははにかんでみせる。


「それでね、キミに少し聞きたいことがあるんだけど……いいかな?」


「今、それどころじゃないんですよ」


「それは……榊󠄀《さかき》朋美ともみさんのことかな?」


 その名前に、僕はギョッとする。


「……どうして、それを?」


「私もね、数日前からこの事件を追っててさ。キミ、この村の人間じゃないよね? どうしてこのタイミングでここに来てるの?」


 このタイミング――つまり、集団自殺の件を指しているのだろう。


「お姉さん、オカルトライターって言ったよね? この村の伝承とか、詳しかったりする?」


「伝承って……てるてる坊主の人柱の話? ――まあ、一通りは調べたわよ」



「じゃあ、お姉さんの質問に答える代わりに、その伝承について教えてもらえない?」


「いいよ。でもまずは、キミがどうしてここに来たのか話して?」


 僕はこれまでの経緯と依頼内容を、簡潔に説明した。

 本来なら守秘義務があるのかもしれないが、依頼者はもう亡くなっている。そんなことを気にしている場合ではなかった。


 那須乃さんは、話を遮ることなく、メモを取りながら最後まで聞いてくれた。


「なるほどね」


「なるほどって……僕の話、信じてるんですか?」


「うん、別に全部を鵜呑みにしてるわけじゃないよ。でも、情報の整合性をとるには貴重な証言だった。それじゃ、次は私の番だね。伝承についてだったっけ?」


「あ、ああ……お願いします」


 予想とは違う反応に、少し戸惑いを覚えながらも、今は伝承の情報が欲しかった。


「このN村はね、もともともっと大きな集落だったの。今は過疎化で人も少なくなってるけどね。昔、この地は度重なる水害に苦しめられてたの。で、江戸時代、中国から伝わった“掃晴娘サオチンニャン”というしきたりが、“雨除けの儀式”として独自に解釈されて――百年に一度、梅雨を迎える年の“ある日”に、村の生娘きむすめを人柱に捧げていたそうよ」


「……その儀式が、今も続いてると?」


「それは分からないわ。文献では、明治初期には廃れたって話だけど……」


「でも、現代日本で、そんな迷信みたいな儀式を?」


「それがあながち迷信とも言い切れないのよ。儀式から百年の間は、雨による災害が起きていない。その一方で、儀式をやめた時期に降雨による災害が再発してることが分かったの。……もしも、その儀式に“本当の効果”があったとしたら? 多くの犠牲を防ぐために、少数を犠牲にする判断が下されていても、不思議じゃないと思わない?」


「確かにそうかもしれないけど…」

 ――偽善で否定することは、今の僕にはできなかった。


「あっ、もうこんな時間。有益な情報、ありがとね。じゃ、またねー」


「ちょっと、待ってください!」


 僕の声もむなしく、那須乃なすのさんは小走りに去っていった。

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