10話 てるてる坊主②
集合時間の五分前、O駅に到着すると、すでに
「少年! 女性に荷物を持たせるとは何事か!」
桃さんの快活な声が駅構内に響き渡る。
「ちょっと、桃さん! ここは人間の住む世界なんですから、もう少しお静かに……」
「なんだと、私が人外だと言いたいのか!」
桃さんは腕を振り回しながら怒ってみせる。
「ぷっ」 「ふふっ」
榊󠄀さんと果穂さんが同時に吹き出した。
本来であれば美女三人に囲まれ、ハーレム状態を喜ぶべきところだが、なぜか嫌な予感が拭えない。
僕らは電車に乗り込み、N村の最寄り駅を目指す。
僕と果穂さん、通路を挟んで桃さんと榊󠄀さんが並んで座った。
桃さんはすでに三つ目の駅弁に手を伸ばし、カップ焼酎を片手にご満悦だ。
あの食べ物、全部胸に吸収されてるんじゃ……などとくだらないことを考えながら、つい桃さんの胸元に目が行ってしまう。
すると、窓際に座る果穂さんが僕の肩を軽く叩いた。
「
「うん、大丈夫だよ」
そう言って、足を軽く上げてみせる。
「気になってたんだけど、としけんってこういった怪異絡みの依頼ってよくくるの?」
「うん、そうだよ。私も最近知ったんだけど、結構、としけんって“この界隈”では有名みたい」
この界隈ってどんな界隈だ?
怖くて触れられん。
「そういえば代表の
訊いてはまずかったかと一瞬ひやりとしたが、果穂さんはあっさりと頷いた。
「うん。代表の
「入学式って…僕が部室に行った日だよね?まだそんなに日が経ってないから行方不明って判断するのは少し早すぎる気もするけど」
「今まで兄が何も言わずに私のそばから離れることなんてなかったんです。絶対、何かあったに違いません」
果穂さんはそこで言い淀んだ。
「おい、そこの二人! なにをイチャついておるのかね!」
桃さんのテーブルの空のカップ焼酎が五本に増えており、隣の榊󠄀さんも苦笑いしている。
「うっぷ……吐きそう……」
突然、桃さんが口を押さえる。
「大丈夫ですか?」
果穂さんがすっと僕の前を通り抜け、桃さんの肩を支えて電車内のトイレへと付き添っていった。
「皆さん、いつもこんなに賑やかなんですか?」
榊󠄀さんは、相談に来たときとはうって変わって明るい表情を見せる。
「僕も春に入部したばかりなのでよく分かりませんけど、たぶん……桃さんがうるさいだけだと思います」
今回の依頼が怪異絡みなのかどうか、まだわからない。
異常者による猟奇殺人かもしれないし、集団自殺かもしれない。
真相を突き止めるなんて、本当に僕たち大学生にできるのだろうか……。
電車に揺られること一時間半、ようやく目的地に到着した。
駅を出ると、うだるような蒸し暑さと降りしきる雨が僕らを出迎える。
「うー、うっぷ……」
桃さんは酒よりも、乗り物酔いでグロッキーのようだ。
果穂さんが背中をさすっていると、雨音に紛れて「おーい」と手を振る中年男性の姿が見えた。
「おとん!」
榊󠄀さんも笑顔で手を振り返す。どうやら、事前に聞いていた迎えの車らしい。
N村は人口七百人足らずの小さな山村だ。
四方を山に囲まれた盆地で、鉄道すら通っていない。
最寄り駅からは、こうして車で向かう必要がある。
「いやあ、まさか本当にこんな田舎までお越しくださるとは。娘のために、すまないね。私は
篤蔵さんは帽子を取って丁寧に頭を下げた。
僕らも軽く挨拶を交わし、用意された白いバンに乗り込む。
榊󠄀さんの実家は民宿を営んでおり、滞在中はその客室を貸してくれるという。
「さっそくお伺いしますが、今回の自殺の件……朋美さんのお父様は、どうお考えですか?」
意外にも、桃さんが堅い口調で切り出した。
「ああ……小さな村ですからね。古い伝承と重なる部分もあって、皆おびえているんです」
「伝承……?」
「そうですね、どこから話せばいいものか……」
篤蔵さんは頭をかきながら、少し考え込むようにして口を開く。
「まだN村という名前すらなかった頃……このあたりでは、降り続く雨による災害を鎮めるため、“人柱”の風習がありました。若い娘に足までかかる白い布を被せ、橋に吊るしていたらしいです。
それも、雨が止むまで。毎日一人ずつ……」
「雨が止むまで、ですか……。確かに、今回の件と符合しますね」
僕の言葉に、篤蔵さんは無言で頷いた。
「白い布を被せるのって、何か意味があるんでしょうか?」
果穂さんの問いに、篤蔵さんは首を横に振る。
「私たちの世代では、もう詳しく知る者も少なくてね。うちの婆様が一番詳しいかと思います。民宿に着いたら、ご紹介しますよ」
その間も朋美さんは、一言も発することがなかった。
わらべ唄、伝承、集団自殺――
答えを出すには、分からないことだらけだ。
民宿に到着した頃には、空が茜色に染まっていた。
腕時計のデジタル表記は「18:00」を示している。
車を降りたそのとき――
不意に耳に飛び込んできたのは、どこかで聞き覚えのあるメロディーだった。
「これ……なんの歌ですかね?」
僕がそう問いかけると、朋美さんは耳を塞ぎ、その場にしゃがみ込む。
「大丈夫ですか?」
果穂さんが慌てて駆け寄る。
「……てるてる坊主」
桃さんが、ぽつりと呟いた。
そうか。確かにこれは――てるてる坊主の歌。
変わった時報だな。
ふと篤蔵さんの方へ目を向けると、彼は険しい顔で、娘を見つめていた。
――それは、娘を心配する父親の顔とは、少し違って見えた。
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