6話 メリーさん④
ピンク色の花柄の壁紙に、鼻をくすぐる甘い芳香剤の香り。極めつけは、部屋中に埋め尽くされた謎のゆるかわ系ぬいぐるみたち。
わたくし、
「ちょっと、汚い手でうちの“ぬい”たちに触らないでよ」
そう言って、新野先輩は僕の目の前の丸テーブルにお洒落なティーカップを並べ、紅茶を注ぐ。
そう、僕はいま――新野先輩の家にいるのだ。
「新野先輩、本当に飲んでいいんですか?」
「なによ、その気持ち悪い反応。嫌なら飲まなくていいわよ」
「いえ、謹んでいただきます!」
これは新野先輩が普段使っているティーカップ。
たとえ洗剤や漂白剤に浸けられ、綺麗さっぱり洗浄されていようが、彼女が使ったという事実は変わらない。
そう、これも立派な間接キッスなのだ。
「はぁー……どうしてあんたなんかを家に入れる羽目に……」
(――まだ泉副代表ですら入ったことないのに)
新野先輩は大きなため息と共に、聞き取れない声で何かを呟いた。
もちろん、僕と新野先輩が突然恋に落ちてお家デートをしているわけではない。
こうなったのには、ちゃんと訳がある。
まず、僕の自宅だと「としけん」の部室や他のサークルメンバーの家から距離があり、作戦実行に支障が出る可能性がある。
また、部室には桃さんが結界を張っており、驚くことにメリーさんからの着信が届かないとのこと。一時的に結界を解除する案もあったが、部室地下に眠る呪物が暴走する可能性があるらしく、リスクが大きい。
結局、サークルメンバーは部室で待機し、僕は部室から最も近い新野先輩の家で待機することになった。
僕にメリーさんからの着信が来たタイミングで、新野先輩がメンバーに連絡を入れ、部室と彼女の家の中間地点で作戦を決行する――という段取りだ。
部室から新野先輩宅までは、走って五分ほど。
部室裏手の木々を抜けると、意外にも彼女の住むアパートがあるのだ。
アパート前で待機する案もあったが、隣人への迷惑や作戦に必要な仕掛けの準備などを考慮し、部室裏手の森の中が現場に選ばれた。
僕は泉先輩から通達された作戦内容を脳内で
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■《メリーさんに関する共通ルール》
その一:標的に事前連絡がある(電話や声)
→ 位置情報を教えてくれる。
その二:標的以外には基本的に危害を加えない
→ 目撃情報でも被害例はほぼ皆無。ただし、そもそも二人以上いるシチュエーションでの実例が少ないから、絶対に安心とは言い切れない。
その三:活動時間は夜間〜日の出まで
→ 昨夜の果穂さんの証言、およびネットの噂と一致。
その四:走って逃げられる
→ 僕の実体験より。ただし、永遠には逃げられない。
その五:決して後ろを振り返るな
→ 伝承では“振り向いた瞬間=話が終わる”パターンが多い。
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……問題は、「いつ来るか」だ。
泉先輩の予想では――夜の0時から3時の間に来る可能性が高いらしい。
ちょうど“丑三つ時”とも呼ばれる時間帯で、怪異がもっとも活発になると言われる時間だ。
果穂さんとの睨めっこの件や、過去の伝承、ネットの噂などを総合しての予測とのこと。
現在、4月2日 午後5時17分。日の入りまで、あと1時間少々。
夜が来たらいつ連絡が来てもいいように警戒した方がいい。
作戦内容は頭に入っている――なんとかなるはず。
……恐怖と緊張で体が強張る。
「大丈夫。副代表がついてるから、安心なさい」
新野先輩が優しく微笑む。
彼女は、そう言い切れるほど泉先輩を信頼している。これまでも今回のように怪異と対峙してきたのだろうか。
「新野先輩もいますしね」
「うむ。先輩に任せとけ」
そう言って、新野先輩は自分の胸を軽く叩く。
「最後の
「そんな縁起の悪い言い方しないでくださいよ。でしたらお言葉に甘えて…新野先輩の手料理が食べたいです」
「……そんな恥ずかしいこと、よく大きな声で言えるわね」
正直、昨日からまともに食事をしていなかった。恐怖が空腹を覆い隠していたのだ。
新野先輩は作り置きしていたハンバーグを温め、サラダを並べてくれた。
「ご飯、どれぐらい食べる?」
「特盛りで!」
「あんた、この状況でよくそんなに食べられるわね」
そう言いながらも、お茶碗に大盛りでご飯をよそってくれた。
久しぶりのまともな食事に、勢いよく食らいつく。
「うまい! 美味しいですよ! 新野先輩!」
「ちょっと、声が大きいわよ。近所迷惑、考えなさい」
そう言いつつも、新野先輩はどこか嬉しそうだった。
「なんか、こうしてると……まるで夫婦みたいですね」
「なっ……! バカ、誰があんたなんかと……」
新野先輩は恥ずかしそうに顔を背ける。
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それから何事もなく、時刻は午前零時を回った。
僕は壁付けのベッドの上に座り、背を壁に預ける。
メリーさんに背後を取られないか、検証も兼ねての配置らしい。
新野先輩の部屋はぬいぐるみで埋め尽くされており、壁に直接寄りかかれるのはこのベッドの位置しかなかった。
新野先輩は大きなぬいぐるみに寄りかかり、うとうとしている。
眼鏡を外しており、素顔を初めて見た。
……新野先輩って、眼鏡を外すと可愛い系のアイドルみたいだ。顔も小さいし。
きっと、普通にしていれば――泉先輩と並んでもお似合いのカップルになると思う。
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