第5話 2000/5


-----------------[短文のコーナー]------------------------------------


[artificial..]


終わりの時は


はじまりよりも


さらに突然やってくる


ひとつの歴史が消え去るときに


ひとびとも また


歴史とともに消えてゆく



人工の香料のような


作られた 造作


プラスティックスのような


感触の 表情



いずれの中にも 真実は見えず


私は 過日をふりかえる



ノスタルジィとおもいつつ


やさしい時間は よみがえる



-----------------[長文のコーナー]------------------------------------


[city]


彼は、スロットルを床が抜けんばかり、と踏み込んだ。

コンパウンド・ゲージは跳ね上がり、フル・ブーストを得たFJ20は

バンカラな震動激しく凄まじい加速を見せる


....が。


不気味な物体は、ルーム・ミラーに貼りついたように。

エア・インテークは、まるでブラック・ホールの入り口のようだ。

レブ・リミットを超えそうになり、シフト・アップをやや強引に行う。


メタリック・クラッチが硬質な感触。

トルクが乗る回転数。


しかし、バックミラーの怪物は、へばりついたままだ。

スポーツ・シート背中との間が、空間をもったかのように実在感がない。

ゆっくりと、汗がしたたり落ちて行く.....。

ブーストも、とうに1kg/cm2を超えて、危険な領域だ....。

畜生!

どうして離せない!

ウッド・リム・ステアが汗で滑る.....。



.....ん?

ここは、...どこだ?

....そうか、...夢か。

嫌な夢だな。...と、



彼は目覚め、記憶を反芻し始めた....。



俺は、確か.....S12に乗っていて....



.....エンジン・ブロー。

.....キャリア・カーの偽警官にだまされて。

.....妙なところに連れてこられて。


「お前も、仲間じゃねぇのか?」


さっきまでの物腰をどこへやら。


キャリア・カーを運転していた男は、やくざさながらに。


彼はまったく、訳が分からない、といった風で。

コンクリートの壁を見ていた。


....こりゃ、手抜き工事だな..。

こんな状況でも、やはり職人というものは不思議なものだ....。



....キャリア・カーに乗せられて、こんな所に来ちまう、とはな。

警官だと思って、気を許したのが、まずかったな....。



...警官?


「お前、警官がこんなことして、ただで済むと思うなよ!

誘拐罪じゃねぇか!」


「...誘拐?ふ、おれたちは、『特高』なんだよ。

  なんなら公妨で引っ張るか?ん?」




......特高?


そんなものが、現代に存在していたのか?


S12は、我が耳を疑った。


....そうか、こいつらが『とんび』?か?

.....それならば、あのR33-Rとグルなのか?


彼の、持ち前の正義感が、また怒りを呼び起こして。



「このままで済むと思うなよ!」



「うるせえ奴だな、少し黙ってな。」




そういうと、何やら液体の染込んだ布切れを彼の顔に押し付けた...

拒否する間もなく、彼の全身から、緊張が解けていった...。


薄れ行く意識の中、彼は思う。

....誰かに、知らせなくては..。


ポケットの中の携帯電話、手探りで発信ボタンを押した...。


発信先は、さっき聞いたばかりの“あいつ”の家になっていた..。


見覚えのないコンクリート打ちっぱなしの壁。




......こりゃ、手抜きだな....。(苦笑.)





....ここは、どこだ?

彼は、耳をすましてあたりをうかがった。

騒音が少ない。かすかに、自動車のタイア・ノイズ。


おそらく、高速沿いのどこか、ガレージかなにかだろうか。


......鉄筋コンクリート。壁式SRCだから、あまり高層建築ではなさそうだ。

モルタル壁直塗りだから、あまり新しい建物じゃないな。

廃病院か、何かかもしれない。


......俺のマシンは?

キャリア・カーに載せてきたから、駐車場のどこかに停まっているかもしれない。

しかし、エンジンが動かないから、逃げるとすりゃ...


キャリア・カーごとかっぱらう、か。


彼は、ベッドから起き上がった。

窓際により、外の様子をうかがう。

深い、針葉樹の森林。鬱蒼とした。原生林?

..... ありゃ、ヒノキだな...。


彼の職人としての日常が、記憶ファイルとして活用されている......。


....とにかく、ここから出なくちゃな.....。


ドア・ノブを静かに回す。

安手のステンレスの感触が冷たく。


「....?」



ロックがかかってない。


意外に、あっさりとドアは開いた。


「....Lucky!」


細めに、静かにドアを開く。

廊下は薄暗く、人の気配は無い。


そっと、ゴム底靴に注意を払いつつ、彼は逃亡を試みた....。


フロアは、モルタルに樹脂塗装で、足音を忍ばせるには好都合。

すばやく、壁伝いに、かれは廊下を移動した。


多数の引き戸が無造作に続いている。

やはり、病院の跡のようだ。


ナース・ステーション。

処置室。

医局。

薬品の芳香、有機的な匂い。

病院、が染みついているかのようだ。


「そういや、前、医者の施主と喧嘩して......。」

.......金払うときになって、ごねやがって。

.......どうも、医者とか警官とかは偉そうで気にいらねぇ。


日常的な連想。

およそ、緊張感がないが。

まあ、実際にはこんなものだ。

ゴルゴ13も、腹減ったりするだろうしね。


医師の控え室らしい小部屋から、人の気配。


「!」



いきなり彼は、緊張に引きもどされた。


...しかし、なんで俺が、あんな変な連中に....。


スピード違反くらいで.....。





微かに漏れる光、話声...。


「.....。」

「.....。」



「やつら」の声だ。



彼は、会話の内容を聞き取ろう、としたが、無理だった。

コンクリート造りの建物に反響してしまっていて、発音源を辿ることも困難だ。

そっと、廊下をすり抜けて、階下に下る。



「...早いとこ、こんなとこから逃げだそう。奴等が気づかないうちに。」


1階に降りると、そこはだだっぴろい待ち合い所になっていた。


正面の玄関は気づかれやすいだろう。

....病院ならば、急患受付がある筈だ..。


回廊のような構造のこの建物の、裏側に回ると、

スロープのコンクリートが見える..。



...地下だ...!」

彼は、更に階下へと歩んだ。


不気味な静寂の病院の地下。

霊安室やら、機械室やら。

人の気配がないので、なおさら薄気味悪い。

ゴム底靴を滑らかに運び、彼は更に奥へとすすむ...と。


エレベータ・ホールの真ん前に、

開け放ちになった急患入り口のエントランス。


向かい側には....。2t積みのキャリア・カーに、S12!。


「おお、無事だったか...。」

静かに、しかし、はやる気持ちを抑えつつ。

彼はマシンの側に。


外見はなんでもない。放置してあったのだろう。



....このまま、かっぱらっちまおう....。



鍵のかかっていない、トラックのドアを開ける。

ラッチの外れる音がいきなりコンクリートの玄関に響き

彼はすこしどきりとした。


....しかし。

誰もやってこない。



「...なんだよ。逃げてくれって言わんばかりじゃないか。」


すばやく運転席に昇り、彼はプレ・ヒート・ノブを引いた。

イグニッション・キーはついたままだ。

大径の速度計に、グロー・インジケータがぼんやりと光る。


「...一発で、かかれよ....。」


....もし、始動に失敗すれば。

....とっつかっまって、元の木阿弥だ。



彼は、大きなクロム・メッキのキーを捻る。


リダクション・セルの音が響く!


「...南無参...。」




1秒、2秒...。スロットル・ペダルを軽く踏む。


轟音!

白煙とパティキュレイトを撒き散らし、ディーゼル・ユニットは起動した。


「それ、行け!」


クラッチをすばやく踏み込み、2速へ。

あっけなく、固い感触のクラッチは接続し、

猛然とコンクリート・スロープを駆け上がるキャリア・カー。


「..もう、いい加減、気づいた頃だろな。」


......?


追っ手は、来ない。


「..どうなってんだ?」


3rd、4thと、めまぐるしくシフトし、増速。

森林の中に、抜け出すキャリア・カー。

「ここまでくりゃ、もう大丈夫だろう。それにしても...。」

....変な連中だな。


階上の小部屋。

さっきの連中が、窓から。


「行っちまいますね...。」

「いいんだ。奴はシロだ。さっき、アミタールで解ったろう。

あいつは何も知らない。

残るは、もうひとりの、『奴』だ.....。」



麻酔面接を行った、偽?警官。「特高」と名乗って。

その、鉄面皮のような表情を僅かに歪ませ、そう呟いた。



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