いえす! はっぴーごーらっきー! ~責任だけは負いたくない! 勇者とボクッ娘(?)魔王の異世界出稼ぎ奮闘記~
宗方 望
第1話
「おそらきれい」
いま上を向こうと空は目に見えない。重い石造りの天井がいやに圧をかけてくる位だ。
けれど俺は覚えていた。
確かにこの日の空は、突き抜けるほどに青い空であったことを。
俺――
それもトラックにひかれたわけでもないし、手違いで死んでもいない。
病院の白く四角い天井を見つめながら家族に囲まれての大往生だったはずだ。年は覚えていないが。
なのに、しばらく使えた記憶も無い二本の脚で立っている。
息を吸うのもつらかったのに、軽々ため息がつけてしまう。
そしてどう見てもやんごとない方々が目の前にいらっしゃる。周りにいるのは、遠く見覚えのある、何らかのイベントぐらいでしかきょうび見ないような衣装の護衛、護衛、護衛。
安堵を伴う喜びと、警戒心を含んだピリピリ来る目線、空気感。
昭吾は現実から目をそらすように自分に言い聞かせた。
夢というには現実的すぎる。……なるほど、これが走馬燈というやつなのか。
「よくぞいらしてくれました。勇者様方!」
空への思いを引きはがし前を向く。
長く赤い絨毯の先、玉座までの短い階段の上、すこし高いところから金髪碧眼のザ・美少女お姫様が昭吾へ大輪の花のように笑いかけてきていた。
そんな彼女のきらきらした目に対して、困惑。ただただ、困惑。花どころか木のウロみたいな気持ちだ。つまり虚無。たぶん顔も。
もしこれがかの有名な走馬燈とか言うものだったとしても、周りにいた騎士の数だとか、鎧にある傷だとか補完されているのはさすがに細かすぎやしないだろうか。
それとも今の今まで死んだことなんか無いから知らなかったが、一般的にこういうものなんだろうか、走馬燈って。
あまりにも良い走馬燈の出来映えに驚きつつ、昭吾は懐かしむような心地でキョロキョロとあたりを見渡す。
「……いきなり勇者様と言われてもわからないですよね」
困惑が伝わったのかあたりを見渡すことしかしない昭吾に焦ったのか、お姫様がしょんぼりとしながら声をかける。
柔軟に対応してくれるんだな。走馬燈ってすごい。
「あッも、申し遅れました勇者様方! 私はこのトラウマッド王国の第二王女マリーと――」
ああごめん。知ってるよ。知ってる。もう良いから、人生のハイライトまで飛ばせないのかな、これ。念じれば行けるかな。
「勇者様方をお呼びした理由は二つとございません。率直に言いますと魔王の討伐を――」
念じてもだめだった。え? これもう一回過去の記憶をまるまる追体験しなくちゃ行けないのか? さすがに厳しいものがあるぞ、それは。
混乱は、目の前にいる奇跡的な美少女の鈴の音のような声でさえ上滑りさせて、思考の片隅へ消していく。
そして最大限回し続けた昭吾の頭に、姫のある一言がひっかかった。
ん……いや待てよ、勇者様
全身から血の気が引いてく音がする。それとともに冷えていく手先が昭吾への現実感を高めていく。
お願いだ待ってくれ。まるで現実みたいに良く出来た走馬燈だとしてもそれはさすがにおかしい。だって俺はあのとき
昭吾はよくない予感に身体を震わせながら、錆びついたように動かない首にぐっと力を入れて、それでも首だけではどうにも出来ず身体ごと顔を、振り切るように無理やりバッと隣へと向ける。
そして――隣にいるはずのない友を見てようやく理解した。
ひたすらにほほえみ、どこか遠くの方を見つめ現実逃避し続ける
それを見た昭吾の身体は自分の意思とは裏腹に弛緩し、ふっと軽い、笑みともつかない吐息と気の抜けた涙が勝手にこぼれる。
――ああ、そりゃ細かい出来なはずだよ。
恥も外聞も無く、皆様お上品に構える玉座の間、かつ最高権力者様王様貴族様皆々様の前で――これまた城中に響き渡るほど腹の底からの大声で、崩れ落ちるように昭吾はこう叫ぶのだった。
「――これ、やっぱり走馬燈とかじゃないのかよ!!」
今からでもなんとかただの走馬燈に切り替えてはもらえないのだろうか。一体全体何があったらこんなことになるんだ。
そんな思いを続けて口に出そうとした瞬間、なぜか首元に締められたかのような息苦しさを感じ……昭吾の意識は暗転した。
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